………………納得はできませんが、理解はいたしました
早くもただならぬ空気が漂い始めているような気がしてしまいましたの。
彼女の眉間のシワの寄り具合から察するに、まず間違いなくマイナス方向に話が進みそうに思われます……ッ!
乙女の第六感が静かに警笛を鳴らし始めておりますの。
「なるほどそうですか、貴女が今代の……ッ」
「え、ええ。50年に一度の勅令を受けて、同じく今代の勇者様であるエルスピカさんと、北の魔王城に向けて旅を続けている……えっと、こう見えて……聖女、ですの。まだまだペーぺーの見習いみたいなモノですけれども」
キッと睨み付けられてしまいましたゆえ、最後のほうは消え入るような、まさに誤魔化すような発声になってしまいました。
元々細くてキリッとしている目が、今は更に細く鋭くなっていらっしゃるんですもの。
まるで恨みや憤りをそのまま眼力に込めているかのようなお顔は、私をきゅっと黙らせるには充分すぎるほどの圧があるのでございます……っ!
ここまではっきりと、初対面で敵意を向けられてしまったのは初めてかもしれません。
ある意味では〝混血〟とバレたときよりも蔑み具合が酷い気がいたしますの。経験上っ。
戸惑う私を庇ってくださるかのように、先代様が前に出てくださいます。
「イザベラ。彼女は私の客人です。態度に気を付けなさい。まったく大人気ない」
「しかし……ッ!」
「貴女も何度言ったら分かるのですか。その時代の聖女とは常に神託によって選出されている存在なのです。ゆえに家柄や金銭など、人為的な策によって左右できるモノでもありません。
それとも貴女は女神様の選択を誤ちとみなすのですか?」
「……………………いえ」
イザベラさんは静かに目を逸らしなさいましたの。
まだ腑に落ちていないご様子でしたが、喉の奥辺りでぐっとその後のお言葉を飲み込まれたようなのでございます。
とっても大人な態度でしたの。
私と歳が近いとおっしゃっておりましたけれども、私なんかよりずっと大人に見えてしまいましたの。
先代聖女のアナスタシア様が、ゆっくりと諭すようにお話しくださいます。
「イザベラ。確かに貴女は非常に優秀な聖職者です。その歳で既に民からの信頼も厚い。しかしながら、その高すぎる自尊心は聖職者にとっては無用の長物なのですよ。そしてまた、単に優秀だからといってなれるほど……聖女という存在は軽くはないのです」
「しかしながら、実際に先代様は最高に優秀な聖職者でいらっしゃいますッ!」
わ、私もそう思いますのっ。
まだ一日しか接しておりませんが、アナスタシア様のご発言には一つ一つに重みがあるんですものっ。
各地でたくさんの人々を助けてきたという過去が、経験が、全て余すことなく血肉となられているような、そんな歳の功をヒシヒシと感じてしまうんですのっ。
しかしながら、先代様はピシャリと、静かに目を閉じながら首を横に振りなさいました。
「優秀だから聖女なのではありません。聖女に任命されたからこそ、私は常に清く正しく敬虔に生きようと心掛けてきただけに過ぎません」
ゆっくりと目をお開きなさいます。
「言ってしまえば、肩書きが私という人物を作ったとも言えますね。元来の私は、酷く矮小で臆病な人間なだけの人間ですよ」
「………………納得はできませんが、理解はいたしました。反省します」
「よろしい。そのまま心を落ち着けていなさい」
かなり多くの言葉を飲み込んだように見えましたが、やはり大人な対応をなさいました。
キョトンと見守ることしかできませんでしたの。
ほんのり気まずい空気に眉が寄ってしまいます。
……見かねたアナスタシア様が近寄ってきてくださいましたの。
「すみませんね。イザベラにはかつて、次代の聖女候補として必要以上に持ち上げられていた過去があるのです。……おそらく師である私のせいでもあるのでしょうが」
「いえ、あの、私のほうこそ何だかすみませんの。こうして謙遜するのもまた違うんでしょうけれども」
「気にしないでください。経緯がどうであれ貴女が今代の聖女であることに変わりはないのです」
発言には慎重にならざるを得ませんでしたの。
私は、私が聖女に選ばれてしまった理由を存じ上げているつもりですゆえに。
まるで生き写しのごとく、聖女様と容姿が似ているから……と、実際そのような旨を女神様から直接的に聞き仰せたことがあるのです。
でも、こんなことは口が裂けても言えるわけがございませんものね。
イザベラさんのこれまでの努力を、簡単に踏み躙ってしまう内容なんですもの……ッ!
幼き頃から能力に期待されて、今代の聖女になろうと日々頑張っていらした方に対して。
偶然に任命されてしまっただけの私は、いったい何とお声がけすればよろしいのか……。
でも、綺麗な言葉で中途半端に誤魔化すくらいなら、ちゃんと自分の言葉でお伝えすべきだとも思いましたの。
大きく深呼吸をしてから、今度はキチンと、そして堂々と発声してさしあげます。
「私リリアーナ・プラチナブロンドは、残念ながら目を見張るような聖職者ではありません。甘いモノには目がありませんし、たまーに不摂生をしちゃいますし基本的に欲深くて浅ましい最近の乙女筆頭ですけれども……で、でもっ」
「でも?」
「迷える方々を導くべき存在として、日々頑張っているつもりではありますの。それだけは自信を持って言えますの!」
聖女になってから体力だって着きましたし、フォークやナイフよりも重たいモノを持てるようになりましたし、最近は治癒魔法意外にも〝重さの異能〟を用いた形で、旅仲間のスピカさんやミントさんとも連携が取れるようになってきましたの。
旅始めの私よりはずっと成長できていると思うのです。
堂々と胸を張ってそう断言できますのッ!
むっふんと鼻を鳴らしてさしあげます。




