抜け道などあったものではありません……!
しょぼーんと落ち込んでいた姿から、私の心境と思考の両方を推察されてしまったのでございましょうか。
珍しく聖職者らしからぬ、ニヤリとした微笑みを浮かべていることに、今になって気が付きましたの。
アナスタシア様が理路整然とお続けなさいます。
「なるほど。さては私に道案内をさせようと企みましたね? また、それが叶わぬならばせめて地図だけでも、と。しかしながら諦められたご様子なのはいったい何故なのです?」
「うっへぇっ」
ズバリ一言一句、私の思考回路をドンピシャで当てちゃいましたの。
ホントにすごい人ですの。
余裕と冷静さの塊みたいなお人ですの。
「もしや先代様は読心術が使えるんでして?」
「別にそこまでのモノではございませんが。リリアーナさんは人より特段にお顔に感情が乗ってしまうタイプのようですからね。ありがたいことに、とっても読みやすいですよ」
「うぅー。そんな満面の笑みでからかわないでくださいましぃ。つい最近にスピカさんにも同じようなことを言われましたものー……」
むしろすごいを通り越して気持ち悪いくらいの読みと的中率ですの。
その肝っ玉さからギャンブラーなる職業が向いていたかもしれませんが、おあいにく私たちは清廉潔白な聖職者であり聖女なのですし。
宝の持ち腐れとまでは言いませんけれども。
お天気の日のお空のように青くて、けれども少しだけくすんでしまっているその瞳には。
まるで全てを見透せしているかのような、私にはない特別なチカラが宿っているような気がしてなりませんでしたの。
だからこそ余計に身体が強張ってしまうのです。
「よろしいですかリリアーナさん。ただでさえ我々ヒト族は己の本心を隠したがるものなのです。
そういう方々を一人でも多くお導きするため、日々固まろうとする心の氷をゆっくりと溶かして、内面そのものに寄り添ってさしあげる。それが聖職者の存在意義ではありませんか?」
「久しぶりの言葉の正論パンチですの……ッ! ごもっともすぎて頭が上がりませんの……」
私は長らく半幽閉的な生活を強いられておりましたゆえ、誰かの懺悔を優しく聞き届けたり、ありがたーい説法を施して導いてさしあげる経験に疎いのです。
むしろまったくと言っていいほど、聖女の聖女たる業務に精通しているわけではございません。
経験のないことには自信がないのも当たり前ですの。虚勢を張っても見破られてしまうだけですし。
やはりシュンとしてしまいます。
しかしながら、でしたの。
「とはいえ、貴女の不安に思う気持ちも分からないでもありません。幸い、明日に私の弟子がこの修道院に顔を出すことになっています。その者に道案内をさせましょう」
「ホントですのッ!?」
「ええ。今ここで嘘をつくメリットなどありはしませんでしょう?
弟子は貴女と同じくらいの歳の、生真面目で敬虔な修道女です。才も素質も充分なのですが、少しばかり自尊心が高すぎるのが欠点とも言えましょうか。貴女と接することで、いい刺激を受けてくださるとよいのですが……」
なるほど私と歳の近い修道女さんですか。
仲良くなれると嬉しいですわね。
先代様のアレやらコレやら、たくさんお聞きしてみたいですのっ。
私よりもずっと真面目な方みたいですから、治癒魔法以外の聖系魔法のコツを教えていただいてもよいかと思いますし。
明日が少しだけ楽しみになりましたわね。
おかげさまで不安さはだいぶ解消できた気がいたします。
どうもありがとうございますの。
ぺこりと綺麗な角度でお礼の意を伝えさせていただきます。
頭を上げ直したとき、何やら先代様は私の顔をじーっと見つめておりましたの。
視線から察するに……目を見てまして?
こくりと小首を傾げてみましたところ。
「それにしても、リリアーナさんの瞳はとても澄んでいらっしゃいますね。己の弱さも強みも、どちらも等しく受け入れられている、とても強くて逞しい瞳です。
貴女のことを見ていると、幼き日に見た、女神様のお姿を思い出してしまいますよ」
「ふぅむ? 女神様? ということは先代様の前には姿を現してくださらなかったんでして?」
「何を馬鹿なことを。女神様はお忙しく、そして常に平等なお方なのです。私のような一介の修道女を、聖女だからといって特別視なさるようなお方ではありません」
何だか私の知ってる女神様とはちがいますわね。
私のよく知る女神様は、まるで専属のお目付け役よろしく、事あるごとに茶々を入れてくるような、ある意味マメである意味暇なお方ですもの。
いや、私が歴代の聖女の中でも一際に手が掛かる存在だったからなのかもしれませんけれども……っ。
私の発言に気に触るところがあったのでございましょうか。
まだまだ説教じみたお顔でお続けなさいます。
「よろしいですか? 我々はただただお空の上に毎日祈りを捧げ、そして誠心誠意感謝をお伝えするのみなのです。聖女の法力はその少しばかりのお恵みでしかありません。でも、それだけで充分ではございませんか」
「確かにご加護はありがたいですけれども……」
おあいにく私の場合は、毎月のようにお空の上から降りてきては、本当に四六時中監視しているような日があったりしますゆえにぃ……。
皆様もご存知のとおり、唯一女神様の加護が効かなくなってしまう〝真夜の日〟ですの。
あの日だけは間違いなく例外で、断じて過保護なのではなく、明確な意思をもって私の行動を制限しに来ていると思うのです。
きっと私が気を抜いてハメを外して不埒な間違いを起こさぬように、ジィッと見張っているに決まっておりますの……っ!
抜け道などあったものではありません……!
もしかしたら、この私だけのエピソードをお聞かせしたら、アナスタシア様は悔しがってくださるかもしれません。
……けれども、何故なのでしょう。
お伝えしないほうがよいかなって思いましたの。
自慢とも感嘆とも言えない中途半端なこの現実は、彼女の清廉な信仰心に一生拭えない泥を塗ってしまうような、そんな下卑た行為になってしまうかとしれない、と危惧できたのです。
と、言いますのも。
「……ただ、私のわがままをお赦しいただけるのであれば。この目が完全に見えなくなる前に、もう一度だけそのご尊顔を拝ませていただければ、と。そう思ってはいたりするのですよ」
「ふぅむ。女神様のお顔を、ですか……」
今は言わないほうがよいと判断できたのは。
もうすっかり暗くなってしまった窓の外を、どこか遠くを見つめるような目で、そして微かに憂いの帯びた顔で眺めていらっしゃったからですの。




