私もかつて聖女と呼ば――はぇぁッ!?
年季の入った表扉をギィと鳴らしながら。
奥から現れ出てくださったのは。
「おやおや、こんな寂れた場所に来客とは珍しいこともありますねぇ。どちらからのお客様なのでしょ――あら」
「ふぅむっ!? まさかの女性の方でしたのっ」
なんとビックリ。私の予想に反して、姿を表したのは何ともお優しそうなご高齢の修道女さんだったのです。
お顔のシワの具合から察するに、お歳はおそらく70か、もしかしたら80近いのかもしれません。
けれどもそれよりも全然若く見えてしまうのは、彼女の身に纏っている気品溢れるオーラのせいなのでしょうか。
腰を曲げることなくスラリと優雅に立っていらっしゃるお姿は、まさに淑女の鑑だと思えてしまいましたの。
若い頃は相当な美人さんだったのでしょう。
そう確信できるほど、私のアホ毛アンテナが尊敬の念をビビビと飛ばしてしまっているのです。
「はぇー……」
本当に一目見ただけで、見惚れてしまうレベルのベテラン修道女さんだと思いますのッ!
綺麗な青い目が特徴的で、そのお声にも確かな艶があって、何より意志も強そうで。
つい言葉を失ってしまいましたが、はっと我に返って自己紹介に移らせていただきますの。
「あ、あのっ。リリアーナ・プラチナブロンドと申しますのっ。私は各地を旅している修道女なんですけれども、今日は道に迷ってしまいましてっ。こ、こちらで休ませていただけませんでしょうかっ」
緊張して早口になってしまいました。
イケメンさんでもないのに何故なのでしょう?
彼女の態度としても決して高圧的なわけではなく、むしろかなり柔らかいほうだと思うのですが、彼女の眼差しにはどこか凄みを感じてしまうのでございます。
眼前の老修道女様はしばらく目をぱちくりとしていらっしゃいましたけれども。
しかしながら、フッと息を吐いてから私の頭の先からつま先までを軽く一瞥なさいますと、すぐさまくすりと微笑みをお零しなさいましたの。
「ああ、なるほど。貴女が噂のリリアーナさんでしたか。お目にかかれて光栄なことです。ふふふ」
「はぇっ? 私のことご存知なんでして?」
「それはもちろん。今代の聖女様なのでしょう? 立ち話もなんですし、どうぞ中へお入りなさいな。まったく運命というのも数奇なものですね」
「あ、ありがとうございますのっ……!」
自分の名前が名刺代わりに使えるとは、私も有名になってしまいましたかしら。
去り際に何か気になることを呟かれていたようですが、サラッと踵を返した彼女の促されて、私も教会の中に足を踏み入れさせていただきましたの。
キョロキョロと周りを見渡せていただきましたが、外観のボロさとは異なって、中はわりと小綺麗めで手入れも行き届いているようです。
よくある礼拝堂の造りをしておりますの。
ずらっと並べられた木製の長椅子に、窓に埋め込まれた綺麗な紋様のステンドグラス。
最奥の祭壇には抽象化された女神様の像がドドンと飾られております。
似ていると言われたら似ておりますけれども、何と言いますか、むふふ。
この世の美人さんを無作為に100人集めて、全員の特徴を混ぜ混ぜしてから、改めて100人で均等に割った結果のような、これまた抽象的な美人さんのお姿をしているんですのよね。
まぁでも像なんてそんなもんだと思いますの。
この像を作った方も女神様のお姿を見ながら造形したわけではありませんでしょうし、ぶっちゃけたお話、私をモデルに成形いただいたほうがずっと女神様に似せられると思いますし。
礼拝堂には横になるのに丁度よさそうなベンチチェアが沢山並んでおりましたけれども、さすがにここで寝泊まりするわけにはいかないのでしょう。
建物の奥側に用意されていた聖職者控え室まで通してくださいましたの。
そちらには簡易的なベッドが何台か組まれておりました。
しかしながら、コレ。
わりと珍しい設置風景だと思いましたの。
まるで普段から宿泊用に設けられているかのようなのです。
私の訝しみの目に気が付かれたのでしょうか。
「ときどき訪れてくるのですよ。貴女のような根無し草さんがね。ましてこの神聖都市セイクリットは住民以外への当たりが強い風土柄ですから、こうして普段から雨風を凌げる場所を提供しているということです」
老修道女さんは壁側に置かれたロッキングチェアにゆっくりと腰を下ろしなさいました。
私も彼女に促されるままに、一番手前のベッドに腰掛けさせていただきます。
ふわふわとは程遠い肌触りでしたが、何もないよりもずっとマシですの。
ありがたやありがたや、でしてよ。
けれども、それにしても、ですの。
ここまでとっても小慣れたご案内でしたの。
更にはベッドの数を見ても思うことがあるのです。
「もしかして、いつも無償で貸し出しされている感じでして?」
「ええ。残念ながら食事までは出せませんけれどね。そこまでの余裕はこの教会にはありませんから。貴女も外の様子をご覧になられたでしょう?」
「しょ、正直に申しましてオンボロでしたの」
「補助金では到底足りていないのです」
謎の笑顔の圧に押されては、こっくりと真顔で頷くことしかできませんでしたの。
お金に余裕があったら即刻リフォームを試みていそうな物言いですこと。
口が裂けても声には出しませんけれども。
彼女はまた私のほうをじぃーっと見つめて、それから、ハッキリとしたお声でお話し始めてくださいました。
どこかそのご表情には含みのある微笑みが見え隠れしているように感じてしまいます。
「さて、改めましてリリアーナさん。私の名前はアナスタシア・ブルーベルといいます。以後どうぞお見知り置きを」
「こ、これはどうもご丁寧に、ですの」
「うふふふ。これも女神様の思し召しなのでしょうか。奇遇なことに、私もかつて聖女と呼ばれていた時期があったりするのですよ。もう50年も昔のお話になりますが」
「ふぅむ? 何ですって? 私もかつて聖女と呼ば――はぇぁッ!?」
もちろん勘違いしてほしくありませんけれども。
〝聖女〟とはおいそれと各人が好き勝手に語っていい身分ではございません。
とっても由緒正しいモノであり、神託に応じて大々的に任命される役職名なのでございます!
だと言いますのに、この方には聖女と呼ばれた時期があって、更には50年前というキーワード……!
ま、間違いありませんのッ!
「ってことは、まままさか先代様ぁッ!?」
「ご明察。おっしゃる通り、その先代様当人です。懐かしいですね。もうそのような時期になりましたか」
まさに驚天動地の極みですの。
迷い込んだ先の寂れた教会にて。
私ったら本当に偶然に、先代聖女様にお会いしてしまったようなのでございます……ッ!!!




