分かってますの分かってますの〜
爽やかに去るシロンさんの背中を見送りつつ、完全にそのお姿が見えなくなってから、私たちはスタタッとお隣のお店を吟味し始めましたの。
次のこちらはちょっとした工務店でしたの。
革鎧のお手入れセットやら、刃研ぎ石やら、その他にも旅の助けになりそうな品物を豊富に取り扱っているようなのです。
スピカさんなんてもう、入店早々、くりっくりのお目々をこれでもかというくらいに輝かせて、棚のアイテムたちを順々にお手にとっては品質を確かめて、値段を見てはうーむと唸る動作を延々と繰り返していらっしゃいましたの。
旅の必需品を買いに来たわけではありますけれども、かと言って潤沢な資金があるわけではございませんゆえ、キチンと考えねばなりません。
ふぅむ。あらまぁ。スピカさんったら完全に足に根が張っちゃってますわね。押しても引いても動かなそうですの。
おそらくこのご様子ではお店の端から端までをズィーっとご確認なさるおつもりでしょうし、それこそ次のお店に移れるまで、相応に時間がかかりそうな気がいたします。
私も眺めている分には楽しいのですが、何か自分用に今すぐ購入しなければモノがあるかと問われますと、いや別にそういうわけでも……と。
ぶっちゃけますと。
現状維持でも特に不便はないんですのよね。
食欲と色欲が満たされていれば、他の欲はわりかし我慢できるほうなのです。
ええそうですの。
しいて言わせていただけるならば、旅の必需品よりも今の娯楽品のほうが足りておりませんのっ!
私はお洒落な修道服がほしいのです。
おまけに小腹も空いているのですっ。
武具ではお腹がいっぱいになれませんものね。
まして鎧や剣の類が甘いはずもなく、むしろ染み込んだ汗のせいでほんのりと塩味を感じてしまいそうですの。
思わず眉間にシワが寄りかけましたけれども。
こほんと咳払いをして改めさせていただきます。
いよーし、私、決めましたのっ。
たまには独りでお散歩してみたいと思いますのっ!
ともなりますと、まずは先立つモノが必要になりますわよね?
スタタとスピカさんに駆け寄って、視界に堂々と映り込んでから、そのまま両手をグッと突き出してさしあげます。
そのままニコニコ顔で要求してさしあげますの。
「うん? どしたのリリアちゃん。手なんて突き出してさ」
「えへっ。ちょっとお散歩してきますの。だからお小遣いくださいましっ」
お財布管理は基本的にスピカさんがしてくださっておりますゆえ、私はスカンピンなのでございます。
このままでは道中の屋台で何も買えませんからね。
しばらくうーんと悩んでいらっしゃったスピカさんでしたが、私の意図を汲んでくださったのか、お腰の鞄の中からお財布を取り出してくださいました。
そうして手渡されたのは一枚のお札――ではなく、硬貨でしたの。
……けち。
「はい。無駄遣いしないこと」
「いやいやもう一声ですのっ! あっちのお店から何だか良い香りがするんですのっ! きっと焼き菓子のお店にちがいありませんのっ! 種類だって豊富にあるはずですのっ!」
さすがに硬貨一枚では一つくらいしか買えません。
その後も暇つぶしを継続するなら少々心細い額だと思いますけれどもっ!
私の必死の訴えが伝わったのでしょうか。
「……はぁ。仕方ないなぁ。はしゃぎすぎて迷子にならないでね」
ふっふんっ。
まさかそんなお子さまみたいなことっ。
スピカさんも私の意図を理解してくださったのか、もう数枚ほど追加してくださいましたの。
これだけあればお洒落なカフェに立ち寄って優雅に紅茶をいただく、なーんてのもできそうですわねぇ。
むふふ、乙女の夢が更に広がっちゃいますの。
むふふふぅ……っ。
「ありがとうございますのっ。それではまたあとで〜ですの〜っ」
「あんまり遠くまで行っちゃダメだよ?」
「分かってますの分かってますの〜」
ヒラリと手を振りながら工務店を後にいたします。
最後にリリアちゃんは酷い方向音痴なんだから、という注意喚起の言葉も私の右耳から入ってきましたけれども、テンションの高まる私には到底刺さることもなく、すーっと左耳のほうに抜けていきましたの。
ふっふんっ。
それ行けいざ行け神聖都市観光でしてよーっ。
楽しみでぇすのぉ〜っ。
――――――
――――
――
―
夢中になって歩き回ること、半刻ほど。
はっと我に返って周りを見渡したとき。
私、大変なことに気付いてしまいましたの。
「ふぅむぅ……あっるぇー……? スピカさぁーん……? そろそろ工務店にも飽きてきたのではありませんことー? どこにいらっしゃいますのー?」
まったくもう。私がどんな甘味をおやつにするべきか、数多のお店を巡り巡って一つずつ吟味していたといいますのに。
きっとそのうちすぐに心配になって後を追って、私のお散歩行脚に合流してくださると予想しておりましたのにっ。
振り返っても全然見当たらないんですものっ!
スピカさんのスの字もないですの。
もちろん、私自らがお散歩してきますのと言った手前、薄情とまでは言えませんけれ――
いえ、嘘ですの。すみませんの。
無駄に虚栄を張りましたの。
スピカさんは絶対に悪くありませんの。
この事態は、まず間違いなく私が軽快に独り歩きしてしまったせいなのでございます。
結論を言わせていただきましょうか。
「……ここはいったいどこなんでして……?」
私、ただいま絶賛迷子中なのでございます……ッ!