これも勇者の血筋が成せる技なのでしょうか
お腹のお肉を服の上から摘みつつ、困り眉のまま食後のホットティーで胃を休ませていた、そんなときでございました。
「あ、そうだよシロンくん。ダイエットのお手伝いってわけじゃないんだけどさ。あとで私たちの稽古に付き合ってくれないかな? こんなに平和そうな街にいると腕が鈍っちゃいそうで」
はぇっ。いきなりそんなお約束っ。
「ふぇぁっ? 私たち、ですのッ!? えっと、その……ほら、私の〝チカラ〟はあまり街中では使わないほうが」
「ああ。それもそっか。じゃあ今回は私だけでいいや」
ふ、ふぅむ。危なかったですのぉー。
ホッと内心、胸を撫でおろしておきます。
敬遠する理由は多々ありますが、私の〝重さの異能〟は範囲内であれば誰にでも効果が及んでしまうモノですからね。
下手をしたら異能に恐れをなした警備兵が飛んできてしまうかもしれません。お屋敷内にいらっしゃる叔母様にもマイナスな影響を及ぼす可能性があるのです。
ゆえに今回は見に回らせてくださいまし。
私、神聖都市の中では、極力ただの聖女として振る舞っておきたいんですの。
……あー、えっと、それにほら。
一番の理由はアレでしてよ。
私、キツい運動は回避したいのでございます。
まして食後になんて絶対ムリですのッ!
スピカさんとしては何ともないんでしょうけれども。
彼女のストイックな修行に付き合わされてしまっては、自分自身に何度治癒魔法を施さなければならないか、分かったものではありませんからね。
実際、大森林の中では、スピカさんは主にミントさんと稽古に励んでいらっしゃいましたの。
体術だけでなく剣技のほうも磨いていたようです。
さすがに危ないので真剣ではなく木製の模擬刀を用いて稽古を行なっていたらしいのですが、それでもいつも、お二人は切り傷だらけになって帰ってきておりましたっけ。
そしてたまーに、この私も巻き込まれておりましたゆえに……。
この柔肌に擦り傷やら切り傷やら何とやら……。
「どうかな? シロンくん」
凹む私を他所に、スピカさんが楽しそうに彼にお尋ねなさいます。
もしダメと言われても拗ねたりはしませんの。
ただ私が諦念の溜め息を吐くだけですの。
美女二人からある意味での期待の目を向けられていたシロンさんは、先ほどと何も変わらない爽やかな微笑みを頬に浮かべてくださいました。
私の懸念を知ってか知らずか、とっても満足げで自信ありげなお顔で、このようにお答えくださったのでございます。
「僕としても、今代の勇者である姉さんの実力をこの手で確かめておきたいなって思ってたんだ。もちろんOKだよ」
ああ、空気の読める殿方で素晴らしいですの。
「やったっ。それじゃあこの後ヨロシクねっ」
そしてフィジカルお化けのスピカさんも嬉しそうで何よりですの。
このご様子ですと、お外へのウィンドウショッピングはだいぶ後になってしまいそうですわねぇ。
もしかしたらミントさんのほうが先に帰ってきてしまうかもしれません。
ふふふふ。やれやれ、ですの。
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さて。場所は移り変わりまして、屋敷のお庭にて。
「あっはははッ! さっすがシロンくんは男の子だねッ! 私の連撃をッ! こうもいとも容易くッ! いなしてくるなんてさッ!」
「姉さんこそッ! どこでこんなの覚えてきたんだってッ! 言いたくなる動きしてるよッ!」
先ほどから私の耳にはガキンバキンという木と木のぶつかり合う音が絶えず聞こえてきております。
ほんの短かな食休みの後、スピカさんとシロンさんは早速お庭に出て、それぞれ模擬刀を手にしてバチバチと火花を散らし始めなさいましたの。
お二人とも人間離れした剣捌きを交互にご披露なさっておりまして、私のよわよわな動体視力では華麗なる剣撃の半分ほども追えませんでした。
もはや何で音だけが聞こえてくるのかと疑問に思ってしまうほどの速さなんですのよね。
これも勇者の血筋が成せる技なのでしょうか。
それともこのお二人がトンデモなく才能に満ち溢れているのでしょうか……?
剣才のない私などに分かるわけもございませんが、何にせよイイ勝負にしているのは間違いないと思うのでございます。
けれども、何と言えばよろしいのでしょうか……?
お二人ともまだ本気を出していらっしゃるようにも見えませんの。
あくまでスポーツの一環として、身体を動かすことをメインにしていらっしゃるかのような……?
単なる剣技の見せ合いと言いますか、お互いにお互いを牽制し合っていると言いますか。
ちょっとした疑問が生まれてしまいました。
このお二人が本気の本気でぶつかり合ったらどちらがお強いんでしょうね。例えばお互いに真剣を握った状態で、とかとか何とか……!
無論、コレは神のみぞ知る事象ですの。
とっても聖職者っぽい表現ですわよね。
むふふふふふ。
「ッ! はぁぁぁッ!!」
「なんのッ!!」
「あっはは本当に凄いやッ! まーた防がれちゃったッ! 次はもっともーっと速い攻撃、試してみちゃうからんだねーッ!」
「望むところだよ、スピカ姉さんッ!」
もはやホントに声と音だけで、姿が消えたのかと錯覚してしまいます。
ホントに人間離れした動きでして……っ!
勇者の血筋、恐るべき、ですの……っ!
「はぁ。とにもかくにも、体力バカが二人に増えてしまっては、私はもう付き合いきれませんでしてよ」
お二人が楽しそうで何よりなんですけれども。
平和主義で淑女筆頭な私は、せいぜいお庭の花でも愛でさせていただきましょうか。




