一緒にふわふわ成分を堪能しましょうよ
どうやら私たちは招かざる客のようでしたの。
しかしながら、スピカさんの叔母様にも彼女なりの見栄と体裁があったのでございましょう。
フンと鼻を鳴らして煌びやかなドレスを翻らせると「アナタ方の好きになさい」という言葉だけを残して奥の部屋のほうへ去っていかれたのです。
初めは意味が分からずにお屋敷のエントランスでキョトンとしてしまいましたけれども。
すぐにシロンさんが補足をしてくださいました。
「察するに、旅の疲れを癒すくらいはしてもいいってことだろうね。母さんったら素直じゃないんだから。客間に案内するよ、着いてきて」
「あ、ありがとう……っ!」
内心オドオドしておりましたけれども、そのお言葉が聞けてかなりホッといたしましたわよね。
どうやら私たちがしばらく滞在すること自体は許してくださったようなのです。
あの叔母様とはあまり仲良くはなれなさそうですが、せめてプラマイゼロくらいの関係値にまでは戻しておきたくは思いますの。
下手に後から根も葉もないマイナスな噂を広められて、私の輝かしい聖女人生によからぬ影響が出てしまっては困りますからね……。
それにほら、もう一つ理由がありますの。
もしも私がシロンさんと婚姻関係を結ぶことになったら、叔母様は姑さんになるわけですわよね……!?
今のうちから黄金色のお菓子でも貢いでおきましょうかしら。
ふぅむ。コレは困ってしまいましたわね。
邸宅持ちのお金持ち相手に雀の涙程度のお小遣いでどうにかなるとも思えませんし。
とはいえ私も、いつまでも借りてきた猫を演じ続けていられるほど器用なタイプではありません。
彼女の存在が目の上のたんこぶだとは言いたくありませんけれども……っ。
殿方ならまだしも、淑女の気難しい御心をキャッチできるような技術は持ち合わせておりませんし……ッ!
と、ここで、今日はまだまだ話し足りなかったのか、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、ミントさんがまたいつものケラケラと小馬鹿にしたご様子でお口をお開きなさいました。
「いやー、しっかし驚いたわよ。あの叔母様とやら、まさかザコ聖女じゃなくてザコ勇者のほうをとにかく毛嫌いしてたみたいじゃないの。正直横で笑っちゃってたわ。バレてないかしら」
「ふぅむ? そうでしたか?」
「やっぱり節穴じゃないの。あんたの赤目」
むぅ。私にはどっちもどっちな感じに思えましたけれども。
どのみち私にもマイナスの感情が向けられていたのは事実なのですし。
でも、毛嫌いの差なんてありましたでしょうか。まして万人から好かれるタイプのスピカさんが嫌われているだなんて信じられませんの。
「あっはは……。その理由もなんとなくは分かるんだよね。多分、勇者に選ばれたのがシロンくんじゃなくて、私のほうだったから、だと思うんだ」
「はっはーん。ナルホドそういうコトか。合点がいったわ」
「でも、スピカさんのほうが直系のお家柄なのでしょう? むしろ王都にお住まいなのもスピカさんなのですし、至極真っ当の抜擢だと思いますけれども」
「王様や貴族の家督とはちがって、別に勇者には継承権第何位〜みたいな決まりがあるわけじゃないからね。もちろん適性検査みたいなのはやってるよ。何故だか私のほうが選ばれちゃった」
へにゃっとした苦笑いをしたまま、スピカさんが何故だか申し訳なさそうにお続けなさいます。
「私もさ、〝女が勇者だってぇー?〟だとか〝あんまり勇者っぽくないよな〟とか、陰では結構言われてるんだ。そういう人を見返したくて、自分なりにがむしゃらに頑張ったつもりなんだけど」
「だったら尚更恨まれる筋合いはないではございませんかっ。もっと胸張ってくださいましっ。というよりこの私を見てみてくださいましっ!」
それならば私のほうがずっと謎の聖女任命ではございませんか。
能力やら適正やらはひとまず置いといて、一番の理由は〝容姿〟だったんでしてよ?
女神様に最も近い美貌を持っていたからというそんな理由だけで、今もこうして多大な加護を受けてしまっているんでしてよ!?
……まして、混血のヒト族が、ですの。
それゆえに、私が陰で何を言われていたかなどもよく存じ上げているつもりです。
そしてまた、そんな陰口を気にすることに有益性なんて一つもないってことも、よくよく理解しておりますのっ。
私たちは私たちの善性に従って、やるべきことをヤるだけなのでございます。
「堂々と振る舞ってさしあげましょうよ。どこかの誰かが何を言おうと、私たちは今代の勇者と聖女なんですもの。王と女神が認めているのです。今更怖いモノなんてありまして?」
「あっはは。そうだね。リリアちゃんの言う通りだ」
「アタシはザコ聖女のノー天気さが羨ましいわよ、まったく」
ふっふんっ。ストレスと夜更かしは乙女のお肌の天敵ですものね。
でも実際そうですの。私たちが悪いわけではないのです。ゆえに開き直るとか、そういう次元のお話でもありません。
嫉妬や反感など、気にするだけ無駄ですの。
余計に疲れてしまうだけのナンセンスですの。
「とにかくですの。何はともあれ、こうして素敵な拠点も得られたわけですしっ。疲れた身体を癒すのは睡眠が一番効果的ですの。ちょっとお早いですが、今日はもう就寝しておきませんこと?」
森中のテント暮らしとも、そしてボロ宿の煎餅布団ともオサラバできたのです。
おあいにくソファは二つしかございませんが、ギュッとくっ付けて隙間を無くせば三人でも寝られるはずですの。
一緒にふわふわ成分を堪能しましょうよ。
そう思って、貧弱ながらもこの細腕でぐぃぃぃとソファーを押し寄せてみようとした、そのときでございましたの。
ミントさんがぼそりとお呟きなさったのです。
「アタシは床で寝るわ。寝袋もあることだし。ソファはあんたら二人で使いなさいよ」
「で、でもっ」
「せいぜい奴隷は奴隷らしく振る舞うだけよ。下手に間柄を疑われて叔母に通報でもされたら、アンタらだって面倒でしょう?」
「ふむぅ……」
まさか朝方に客間の扉をブチ開けて、乙女三人の秘密の花園を晒すようなご行為を淑女の叔母様が行うとは思いませんけれども。
確かに念には念を入れておいたほうがよいとも思ってしまいましたの。
「……では、すみませんの、ミントさん」
「なーに。何度でも言うけど屋根があるだけマシってもんよ。ざ〜こなアンタらとちがってアタシの身体はヤワじゃないし」
気丈に胸を張るお姿は、その自信ゆえか、はたまた私たちを安心させるためのものか。
今はミントさんの姉御気質に甘えさせていただくことしかできない、非力で情けない私なのでございました。




