いやはやレッツ玉の輿っ
そこからまた更に歩き続けること半刻ほど。
私の足が棒はおろか細い木の枝と化すか否かといった、まさにギリギリのタイミングのことでございましたの。
とあるお家の前でスピカさんが立ち止まりなさったのです。そのお顔にはどこか安堵に満ちた表情が現れ始めておりました。
「よかった。無事に来れたよ。いやー懐かしいな、全然変わってないや」
「ふゎっはぁあぁーん。つっかれましたのー。森の中よりずーっと足にも腰にも負荷が掛かるんですものー……どれどれ、ですのぉ……」
私もゼェハァと重い息を吐きながら、そして膝に手を置きながら、その家の姿を瞳に映させていただきます。
一目見て、唖然としてしまいましたの。
「はぇぁっ……すっごいお家ですこと……!」
それはもう、このセレブ街で目にしたどの家よりも大きいのではないかと思えるほど、それはそれはご立派な邸宅が目の前に建っておりましたの。
神聖都市の基本カラーである〝白〟を基調とした外観ゆえ、全体としてはとっても落ち着いた感じにまとまっているのですが、まず驚くべきはその大きさなのでございます。
「元はお爺ちゃんの別荘だったからね。私も小さい頃はよく遊びに来てたんだ。今はタリアスター家の人が住んでるんだよ」
小柄なスピカさんが更に小さく見えましたの。
ゆうに三階建て……いえ、四階建てはありましょうか。縦だけでなく奥行きもそれなりにありそうですゆえ、部屋数につきましては予想もできません。
しかもお庭もすっごい広いんですの。
もはや庭園と呼んでもよいかもしれません。
綺麗に切り添えられた低木垣を始め、橙色の果実を実らせた果樹園に、何面にも築かれた色とりどりの花壇など。
そもそも私たちのすぐ目の前の玄関自体が両開き門扉になっておりますゆえ、これだけでもかなり格式高いお家なのだと思えてしまいますの。
敷地の外周を取り囲むように設置されている白の木柵が、より一層の高級感を引き立たせているんですのよね。
いやはやホントに感嘆の一言ですの。
こんな豪邸に、ミントさんの従兄弟さんがお住まいなんですのっ!?
えっと、何でしたっけ。
スピカさんの、パールスターではなく……。
「タリアスター家、とおっしゃいましたわよね。スピカさんと同じ苗字ではないんですの?」
「そうだよ。私のお父さんが本家を受け継いだ分、妹の叔母さんが分家になったから、なのかな。詳しい経緯は私もよく知らないけど」
ふぅむ。貴族社会はシチ面倒くさそうわね。
そもそも勇者の血統が上流階級側なのかは不明ですが、少なくとも平々凡々の庶民家庭よりは裕福な暮らしができているはずですの。
なるほど、こういう由緒正しきお家に嫁ぐと、そのうちにはお家柄問題とやらに巻き込まれてしまうかもしれないわけですわね。
かなり悩ましいところですの。
裕福でも不自由な貴族生活をとるか、貧乏でもしがらみのない自由な人生をとるか。
と、取らぬ狸のナンとやらですけれどもっ。
「そんなことより、こんなところで突っ立ってる必要あるかしら? 中に入るなら入る、人を呼ぶなら呼ぶ。ぼーっとしてると日が暮れちゃうわよ」
「確かにそれもそうだね」
私の興奮する様子に痺れを切らしたのか、ミントさんがボソリと呟きを漏らしなさいましたの。
その視線の先を追ってみるに、どうやら両開きの門扉の端っこに、金属製の呼び鈴が括り付けられてあるようなのです。
ほんのりと魔法の要素を感じましたの。
おそらくは遠隔通信の一種かと思われます。
こちらを鳴らすことで、敷地の内側に来訪の通知を送ることができるのでございましょう。
なかなかに便利ですわね。魔法の呼び鈴。
「さぁ二人とも。心の準備はいいかな?」
「アタシは今晩の寝床が手に入るなら何でも構わないわ」
「すー……はー……ふぅむっ! 私も大丈夫ですのっ。おっけですのっ。ウェルカムばっちこい、一目惚れする準備はできておりましてよっ」
いやはやレッツ玉の輿っ。
こちらのお家に嫁ぐことさえできれば、後の余生は広いお庭で優雅にティータイムを嗜んだり、私専用のお部屋で自由に寛いだりすることができちゃう気がするのです。
しかも、スピカさんと親戚関係にもなれちゃうわけですわよね。
ホントに一石二鳥もいいとこですのっ。
スピカさんが呼び鈴を指先で軽く弾くと、思ったよりずっと大きな音量で、周囲一帯にカラーンコローンという乾いた鈴の音が響き渡っていきます。
音に合わせてぺこりと一礼までしている辺り、スピカさんはホントに礼儀正しくてお可愛らしい方ですわよね。
しばらく待っておりますと、やがて門扉の錠の外れる音が聞こえてまいりましたの。
扉がゆっくりと開かれていきます。
いざ、従兄弟さんとやらのご尊顔を拝んでさしあげましょうか。
わくわく、わくわく、ですのっ。
来たれ優男オーラのイケメンさんっ。




