マジでヤベェですわよ、と
宿から宿へと転々としているうちに。
恐れていた夜になってしまいましたの。
幸か不幸か、それとも不幸中の幸いか。
「アレから何度、門前払いをされてしまったことやら。途中から数えるのをやめましたわよね」
「屋根があるだけマシ……って考えてイイんだよね。素泊まりで朝食も付いてないプランだけどさ」
「勇者と聖女に対してこの仕打ちとは、神聖都市勢のお里が知れますの!」
「むしろお里がここなんだけどね」
壁の内側の、ホントにホントの端っこの方に、やけに古びたお宿がポツンと一軒建っておりましたの。
最初は建物自体が傾いているのかと思いましたけれども、別にそういうわけでもないらしく、ただ傾いているように見えるだけのデザインでしたの。
まーた、ややこしいことを……!
店主は腰の曲がった老婆様でございました。
私たちの身分とこれまでの境遇をお伝えしたところ、それはお気の毒に、と特別に泊めてくださったのでございます。
聞くところによれば、この店主様は先代の聖女様と勇者様に大変お世話になったのだとか。
そろそろ五十年が経とうとしておりますが、彼女は次世代の私たちをもてなす形で、そのときの恩義を返そうと思ってくださっていたらしいのです。
「とはいえ、神聖都市の初日がこんなボロ屋とはね」
ようやく気を抜けるようになったのか、ミントさんは私のお隣で、頭を隠していたフードを外して、背中の蝙蝠羽をパタパタとなさっていらっしゃいますの。
腕をぐーっと伸ばして凝りをほぐしてから、ボフンとベッドに倒れ込みなさいましたの。
「んもう。最悪野宿でいいとおっしゃっていたのはどこのどなたでして〜?」
「ちょっと! 狭いんだからアンタまで横にならないでよ」
はぁ〜っ。ホントに久しぶりの、ベッドの感覚ですの〜。思わず眠気に吸い込まれてしまいそうですの〜。
「私は床で寝ろと〜? ふっふんっ。三人で泊まれるお部屋でも、ベッドはお一つしかありませんもの〜っ」
さすがにシングルサイズのベッドで三人横並びは無理ですが、幸いにもセミダブルくらいのモノが設置されておりましたの。
詰めれば全員で寝られるはずです。
若干ごわごわで埃っぽい肌触りも、テントの直床に比べたら楽園モノでしてよー。
鮨詰め空間には慣れておりますでしょう?
住めば都とはこのことですの。
「とはいえ、よ。こんな都市の端っこを拠点にしてたら、アンタらの観光だって思うように進まないでしょ? アタシはアタシのチカラがあるからわりとすぐだけどさ。……足枷のアタシが言うもんじゃないか」
まーだ引け目を感じていらっしゃるのでしょうか。
ベッドの上で寝返りを打って、申し訳なさそうに枕に突っ伏しなさいましたの。
貴女お独りで行動されるのは別に構いませんけれども。
拠点と連絡手段が確立していない今はまだ、一緒に行動していたほうがイイと思いますの。
お互いの居場所が分からなくては匿ってさしあげることもできませんゆえに。
「ほら、旅は道連れと言いますでしょう? ご心配なさらずとも、最後までお付き合いいたしましてよ」
「べ、別に心配なんてしてないわよ」
「まったく素直じゃありませんこと〜」
ベッドから起き上がって、縁に座るスピカさんのお隣に腰かけ直します。
「そういう私も、ミントさんのおっしゃることももっともだと思っておりますの。このお宿はあくまで一時的な拠点であって、明日はもっと別の場所を探しませんと、ね」
私たちもこの滞在の最中に〝反・魔王派〟連中を探し出さねばなりません。
この都市の中ではアコナさんのようなエルフ族には襲われなくて済みますが、代わりに今度は同じヒト族の方々が出てくるはずなのです。
さすがに懲らしめて解散させるまでの義務も余裕も私たちにはありませんが、せめてこの旅を邪魔されないように、上手いこと牽制をしておかなければならないとは思うのです。
ほらほら、こちらに手を出したら……!
マジでヤベェですわよ、と。
うふふ、この言い方だとどちらが悪者か分かりませんわね。
どのみちもう少し中央側に近付く必要があるかと思われます。
と、ここでスピカさんがボソリとお呟きなさいましたの。
「泊まれそうな場所。心当たりがあると言えばあるし、ないと言えばないんだけどね」
「ふぅむ?」
「ほら、この前話した従兄弟のお家。ただあんまり期待しないほうがいいかなぁって。ご多分に洩れず、彼らも神聖都市に住んでるからね。
とは言っても和平の勇者の血筋だから、そこまで極端な思想は持ってないと思うんだけど……」
なるほどその手がありましたか。
見知らぬ他人にすがるよりはまだ取りつく島がありそうな気がいたします。
私も従兄弟さんとやらに会ってみたいですしっ。
「スピカさんさえよろしければ、あたってみるのはアリだと思いますの。ミントさんもそれでよろしくて?」
「アタシは何でも構わないわよ」
ぃよーし、決まりですのっ。
明日はスピカさんの従兄弟さんのお宅を訪ねてみましょうかっ!