ザーっと見てきてあげるから寄越しなさい
爽やかな風も、穏やかな陽光も、今の私たちを褒め讃えてくださっているかのようです。
とにかく気持ちのいい疲労感でしたの。
このままスヤスヤと眠ってしまいたい気分でしたが、もう少し森から離れた場所でテントを張って、念には念を入れて結界魔法も展開しておかねばなりません。
まぁでも、それも後でいいですわよね。
私たちは勝ったんですもの。
もう少し勝利の余韻に浸らせてくださいまし。
「……はふぅ。それにしてもですの。ふふっ」
広い大地に寝そべっているうちに、誰からともなく、クスクスと笑い声があがり始めました。
いえ、主に私が発端だったような気もいたします。
微笑みが溢れて止まらない私に釣られるようにしてスピカさんが、それからまもなくしてミントさんも八重歯も見せてくつくつと笑い始めましたの。
思い返してみれば、ですの。
「ミントさんと昼夜を共にするようになってから、まだそんなに時が経っていないといいますのに、まるで数年来のお友達のように接しちゃっておりますわよね。私たち」
初めはあくまで目的地までの一時同行程度でしたのに、今では一緒に旅をしているのが当たり前みたいな空気になっておりますの。
同じ釜の飯を食べたり、同じテントの中で寄り添い合って眠ったからなのかもしれません。
目的が果たされて、彼女がいなくなってしまったら寂しさを感じてしまう気がいたしますの。
それくらい、ミントさんは私にとって大切な存在になられていらっしゃるのでございます……!
「私もっ! 背中預けるのにこんなに安心できる人いないよねって、最近ずっと思ってたんだっ!」
「それは私では力不足ってことですのー!?」
「あっははっ。前線の真っ只中に立つリリアちゃんなんて、それこそ想像できないけどね!」
興奮を抑えきれないのか、スタッと身体を起こして、スピカさんがケラケラと笑っておりましたの。
おっしゃる通り、さすがの私も真隣で一緒に戦うことはできませんから、きっと上手いこと連携して戦える相方さんができて嬉しいのでございましょう。
素人の私から見ても息ぴったりだと思いましたの。
お二人のコンビネーションはとにかく安定感がありますもの。
「まったく。アンタらがざ〜こで能天気すぎる分、アタシが気ぃ遣ってやってんのよ。少しは感謝してほしいわね」
「ふっふっふんっ。それでは肩でもお揉みいたしましょうか?」
「非力なアンタに揉めるかしら。つーかアタシのこと、年寄りか何かだと思ってるんなら軽ぅく一発ブン殴るわよ」
その言い方だと全然軽そうに思えませんの。
小柄なミントさんの拳であっても相当なダメージを受けてしまうに決まっております。
私の耐久性も考慮いたしますと、デコピンくらいで許していただきたいですわね。
とはいえ、やや呆れ顔ながらもミントさんもかなり柔らかめに微笑んでくださっておりますゆえ、私たちに対して人並み以上の安心感は抱いてくださっているのでしょう。
ある種の仲間意識と言ってしまっても過言ではないかもしれません。
「とにかく、よ。これからのアタシらの動線を整理しておきましょう。
正確な位置は分からないけど。まぁ十中八九アタシが向かうべき方角には進めているはずよ」
「森の中よりは目印になりそうなモノ、いっぱいありそうなんだけどね」
長らくヒト族の住居どころか、文化的な建造物そのモノを目にしておりませんゆえ、神聖都市に近付けているのであれば、きっと辺境の民家や教会などの外景は見えてくるはずと思います。
あ、そうですの。
「頭上を遮る木々もなくなったことですし、ここはお一つパーっとお空に飛び上がっていただいて、周囲をご確認していただくってのはいかがでして?」
今の私には無理ですが、魔族のミントさんならできますわよね?
お背中の翼は飾りじゃないんですもの。
「まぁそれもそうね。っつーわけでザコ勇者。アンタ確か広域地図とか持ってたでしょ。ザーっと見てきてあげるから寄越しなさい」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
スピカさんがお腰のカバンをガサゴソと漁りなさいます。
王都で最初にもらいましたわよね。
私が上と下を反対にして読んでたあの地図ですの。
旅の最中に結構頻繁に目を通しておりましたゆえ、最近は端のほうがボロ付き始めておりましたの。
買い直すのも高くつきますので、ほとんど読めなくなるまで使い倒すつもりなのでございます。
思えば長らく旅を続けてきたものですの……!
まだ折り返し地点にも辿り着けておりませんけれどもっ。
地図を受け取ったミントさんが立ち上がってグッと地面を蹴ったかと思えば、そのお背中の黒い翼を羽ばたかせながらフワリと上昇なさいました。
螺旋を描くようにしてグングンと高くまで昇っていきます。
……いいなぁ、と思ってしまいました。
私も次の真夜の日には広いお空を自由に飛んでみても構いませんでしょうか。
せっかく翼があるのですからね。
お空の上ってとっても気持ちがイイんですの。
また幼少の頃が懐かしく思えてしまいました。




