長かったですの……本当に……!
額の汗を拭いつつ、改めて彼女と対峙いたします。
あとの説得は私の運と眼力頼りとなってしまいましょう。
重さの負荷から解放されたアコナさんが、膝に手を置きながらも静かに立ち上がります。
彼女の糸目がほんの少しだけ開かれて、私のことをじーっと観察しているようです。
「な、なんですの?」
「……アナタのそのチカラ、聖女由来のモノではありませんね」
「ッ!? それが何か問題でして!? このチカラを有する私が聖女に抜擢されただけのお話ですの。使えるモノは何でも使うんですのっ!」
聖女のチカラでなくて何が悪いというのです。
女神様はこの〝重さの異能〟を野蛮なチカラと軽蔑していらっしゃいましたが、別に私は生まれ持った血や能力に貴賤はないと考えておりますの。
まして、これからは好きに使いますわよ、と女神様ご本人に使用する許可まで取ったのです。
部外者にとやかく言われる筋合いはありません。
私の回答を受けてほんの少しだけアコナさんの頬がニヤリと歪んだように見えましたが、次に瞬きをする頃にはまた元のご表情に戻っておりました。
何やらイヤな寒気がいたしましたが、具体的な何かを感じ取れたわけではござません。
「……ふふふ〜……分かりました。面白いことも知れましたし。今日のところは退散してさしあげましょうか」
「マジですのッ!?」
「ええ。ただし私はまだ全てを諦めたわけではありません。せいぜい女神のお膝元で、束の間の休息をお楽しみいただければという感じですかねぇ〜」
もう一度、アコナさんがニコリと笑いましたの。
大森林の中で何度も見たことのあるような優しげなモノではなく、ありったけのイヤミをグツグツと煮詰めたような、とにかく邪悪な笑みでございました。
口振りから察するに何かを企んでいるようですが、彼女の表情から全てを読み取れるわけもなく。
「ならば、さっさと私たちの目の前から消えてくださいまし」
「あら、私はそうは思いませんけど〜?」
「私はそう思いますの! 正直、アナタには二度と会いたくないですの。……誰かに対してこんな汚い感情を抱いたのは、生まれて初めての経験でしてよ」
もはや悪態を吐くことしかできなかったのです。
そして嫌悪を隠せない自分自身に腹が立ちますの。
コレは至極真っ当な感情だから、と自分に言い聞かせることくらいしかできません。
急激な疲労で震えつつある足を気合いで止めながら、必死に睨み返します。
彼女は特に何も言い返してきませんでしたの。
ただニタニタと微笑みながら一歩ずつ後ろに下がっていくだけだったのです。
とにかくその姿をじっと目で追い続けます。
安全が確認できるまで気は抜けませんの。
……彼女は、信用できませんからね。
やがて、アコナさんの姿は後ろの大森林の木々に紛れ溶けるかように消えていきました。
スピカさんの俊撃の範囲内からも出て、ミントさんの瞬間移動でも一瞬のタイムラグが発生するような距離まで離れたのを空気で確認した後。
ようやく彼女の気配が完全に消え失せましたの。
「……コレ、勝ったってことでイイんですわよ、ね……?」
「ま、撃破っつーよりは撃退って感じだけどね」
「やっぱり強かったなぁアコナさん……」
いつの間にかフラフラと立ち上がっていらっしゃったお二人が、更に足元のおぼつかない私の身体を手で支えてくださいます。
それからお互いの顔を見合って、皆でふぅーっと安堵の溜め息を吐いてしまいました。
けれども、もう体力の限界ですの。
両サイドから支えられているというのに、それでもストンと尻餅を突いてしまいます。
あちゃーっという声も聞こえきました。
我ながら非力で情けなくなりますわね。
大森林で少しはたくましくなれたとは思いますが、お二人とはそもそもの筋肉量がちがうのです。
付け焼き刃のチカラではどうしようもありませんの。
頼れる味方がいてくださって本当にありがたいですの……!
「ふぅむー……っ。お二人とも、お怪我はありませんでして? 治癒魔法をかけてさしあげますの」
「バーカ。そういうアンタが一番ボロボロじゃないの。たかが異能を発動したくらいで」
「だって仕方がありませんでしょう。ああでもしないとビビっていただけませんでしたから」
私が〝重さの異能〟を発動できる旨を伝えてしまったことが何に影響してくるのか、今はまだ分かりませんけれども……。
含みのある顔が今も脳裏に残っております。
本当に心底気持ち悪くなる笑みでしたの。
私の切り札を明かすにはまだ早かったのでしょうか?
でも、異能でビビらせないと打開できないと思われましたゆえ……。
「まぁ、とりあえず結果オーライってことでいいんじゃない? こうして無事に大森林を抜けられたわけだしね」
「疲労困憊もいいとこだけどさっ」
ミントさんも草原に腰を下ろして、それに釣られてスピカさんもバッターンと大の字に寝っ転がりましたの。
ようやく緊張の糸が解けたのでしょう。
その頬には確かな安堵の色がございました。
このタイミングを付け狙われてしまうのが一番怖いのですが、幸いにも周囲には気配を感じられませんし。
私も草原に寝そべって大空を見上げてみます。
鬱蒼としていた木々はなくなって、今はただ広々とした青い空に、もくもくとした白い雲が浮かんでおりました。
出られたんですのね。あの大森林から。
長かったですの……本当に……!




