はい、イイお返事ですの
肩をトンと叩いてさしあげますと、ようやく。
『…………あり、がとう……』
穏やかな心の声が聞こえてまいりました。
そうして深いフードの向こう側に、初めて柔らかい微笑みを見せてくださるようになりましたの。
あまり慣れていないのかまだまだぎこちないモノでしたが、先ほどまでの人形のような無機質なご表情に比べれば、ずっと親しみの持てる笑顔でしたわね。
いやはや、よかったですの。
私すっごくイイ仕事をいたしましたの!
身体の内側から溢れてくる倦怠感も、今だけは心地の良いモノに思えてきてしまいます……!
「さて擬態生物さん。自由になられた矢先のことで恐れ入りますけれども。勝手にまとめさせていただきますが、アナタはこの護符に操られていた、という認識で相違はございませんわよね?」
「…………難しい言葉……よく、分からないけど……多分、そう」
ふぅむ。難しかったですか。すみませんの。
やっぱりこの子、言葉遣いの通りに幼いみたいです。
それとも人と意思疎通をしたことがあまりないのか……どのみち、彼女から詳細な情報を得ることは厳しいかと判断いたします。
一応、試してはみますけれども。
「ゆっくりでいいですの。どんなご情報でも構いませんの。アナタの覚えていることを教えてくださいまし」
私の問いかけに、彼女は先ほどと変わらぬ白修道服のまま、ボソリボソリと単語を呟くように続けてくださいましたの。
『……えっとね……。勝手に動いて、勝手に喋り始めた身体を……ずっと、遠くから……見ていたの。私は……ずっとずっと、暗いところに閉じ込められてて……』
「では、お札を貼った方はお分かりになりまして?」
返答の代わりに、彼女は静かに首を横にお振りなさいました。
ふぅむ。やっぱり難しそうです。
ご回答が抽象的すぎてまったく分かりませんの。
ともなれば、手掛かりになるのはこの護符だけってことになりますわよね。
本当は今すぐにでも破り棄ててさしあげたいですが、後で調べたいことも多々ございます。
丁重に折りたたんで懐にしまっておきました。
「おっけですの。分かりましたの。ともかく、アナタはもうこれで自由の身になりましたゆえ。アナタの好きに生きていいのです」
『……好きに……? ……いい、の……?』
「ええ。この私が保証してさしあげましてよっ。ささ、また悪い人に捕まってしまう前に早くお逃げくださいまし。自由行動はその後からスタートですのっ」
本音を言えば、こんな精神的に幼い子を独りにさせてしまうのは大変忍びないのですが、私たちがこれから向かうのはヒト族至上主義の街なのです。
無垢な魔物娘さんには過酷すぎる環境でしょう。
まして満足に意思疎通のできない状態ではヒトの街で生きていくことは難しいでしょうから……。
大森林の中で暮らしていただいたほうがまだ安全なほうかと思われます。
元より擬態生物は隠れることに特化した魔物ですの。きっと上手に生き抜いてくださるはずですの!
どうやら私の言葉を正しくご理解いただけたのか、彼女はこっくりと頷きを返してくださいました。
ゆっくりと踵を返して、森に向かって小走りになられます。
ええ、その調子ですの。
どうか逞しく生きてくださいまし!
ふふふ。
見た目はずっと大人の修道院さんのままでしたが、彼女と心で会話をしたせいなのか、あの子の後ろ姿にかつての私を思い出してしまいましたの。
大自然に揉まれながらも、何にも縛られることなく、自由に生きていた幼少期の自分自身を……!
こんな堅苦しい修道服に袖を通すこともなく、それこそ半裸同然で野山を駆け回っておりましたゆえ。
……ふぅむ? 修道服……?
「あ、ちょっと待ってくださいましっ」
そうですのっ。
肝心なことをお伝え忘れておりました。
幸いなことに私の呼びかけが届いたのか、立ち止まって振り返っては、その小首を傾げてくださいます。
「大森林ではそのお姿は目立ってしまうと思われますの。今のうちに別のお姿に変身されたほうがよろしいかと思いますけれども」
『……うーん……』
ほら、すばしっこい子キツネとか防御力の高いカメとか、森の中でも生き抜いていけそうなモノがよろしいかと思われます。
それともアレですの?
そのお姿、実は気に入られておりまして?
無理強いをしたいわけではありません。
しばらくの間、フードの向こう側にある無垢な瞳が私を一心に見つめておりました。
始めは私が何を言っているのか分からない、といったご様子に見えましたの。
しかしながら、少しだけ俯きながらも彼女なりに結論に至ってくださったようでして、シュバっと首をお上げなさったのでございます。
その勢いでフードがめくれて、初めてそのご尊顔を眺めることができましたの。
「はぇっ……? わた、くし……?」
なんと、私と同じ顔をしてましたのっ!
おそらくこの一瞬で擬態なさったのでございましょう。さすがの才能と言えますわね。
同時に彼女の心の声が伝わってきたのです。
『……一緒だと、おっきいままで変わらないかもだから……えっと……こんな……感じ……?』
疑問符口調のお声と共に、みるみる彼女の身体が小さくなっていきます。
やがては三分の一くらいの背丈になってしまいました。
幼き頃の私に本当にそっくりでしたの。
つい先ほど脳裏に浮かべたばかりの姿がすぐ目の前に!
ふふふっ。
もしやアナタ、読心術もできたりしますの?
それとも単なる偶然でして?
実物を目にして余計に懐かしく感じてしまいます。
ちなみに彼女は半裸ではなかったですの。
キチンと小さな修道服を着ておりましたの。
だからコンプライアンス的にもセーフですのっ!
「んもう。お好きになさいまし。でも、危なくなったらちゃんとその場に適した姿に変身するんでしてよ?」
『…………うんっ……!』
はい、イイお返事ですの。
さぁ、準備がお済みになられたのでしたら、今は一目散に走ってくださいまし。
ここはまだ戦場のド真ん中ですゆえに。
また巻き込まれてしまわないようにっ!
アナタと出会ったこと、私は忘れませんでしてよ。
彼女の後ろ姿が森の中に消えるまで見届けました。
それから改めて、私のお仲間さんに解決のご報告をしてさしあげるのでございますっ!




