こんなの、祝詞ではなく呪詛ですの
――擬態生物。
基本的には臆病な性格で、群れを成す生物の中に混ざることで身を守ったり、安定して食物を得たりする習性がある魔物だそうです。
生まれたときから擬態する能力に長けておりまして、姿形や声色はもちろん、中には対象の身体能力まで似せることができる個体もいるのだとか。
誰も本来の姿を見たことがないという冗談めいた言い伝えまで残っているくらいですの。
つまりは文字通りの擬態の達人種ということです!
……ふぅむ。だから私の真実化魔法でも元来の姿にまでは戻らなかったのでございましょう。
彼女が怯えた声で語りかけてきましたの。
『……お姉さんは、人間……なの……? でも、ちょっとだけ……ちがう……気もする』
「あら、お察しのよろしいこと。私、基本的にはヒト族なんですけれども、先祖に魔族の方がいらっしゃるようでして。薄い混血ではありますの」
ちなむと道具や宝箱に化けるのはもっと攻撃性の高い近種だと言われております。
擬態箱と呼ばれる種ですわね。
あちらは洞窟の奥などの暗い場所を生息域としておりまして、その貪欲な捕食性から街のギルドでも何度か討伐対象として挙がっていたのを見かけましたの。
逃げ足の速さが非常に厄介らしいのです!
とはいえこちらの単なる擬態生物種であれば、ほとんどが温厚な草食動物に化けるばかりで、ヒト族に害を成したり、ヒト族そのものに化ける例はかなり稀だとも聞いておりますけれども……。
珍しいこともあるものですわね。
いつもならこの程度の反応で話を終えていたはずです。
今回ばかりは捨ておけないのでございます!
「話してくださってありがとうございました。私はリリアーナ・プラチナブロンドと申しますの。聖女として各地を巡り歩いている者ですの」
『……リリ……? プラ……?』
「ご気軽にリリアと呼んでくださいましっ。仲のよろしい方は皆様そう呼んでくださいます。アナタは、特別出血大サービスでしてよ?」
ニコッと微笑みを向けたのち、茶目っ気を含んだウィンクを飛ばしてさしあげます。
『……リリ……ア……』
ええ、そうですの。愛称はリリアちゃんですの。
薄い金髪がチャーミングな美人さんですの!
本当はすぐにでも本題の方に戻っておきたかったのですが、少しばかり打ち解けておいてからでも遅くはないと思います。
ましてお話相手が臆病な性格の擬態生物さんとくれば尚更ですものね。
この子がどうしてアコナさんと行動を共にしているのか、きちんと聞き出さなければいけないと思うのです。
もう少し心を開いてもらう必要がありそうですわね。
あくまで精神世界の中ではありますが、彼女の横にちょこんと腰を下ろして、そして同じ目線の高さになってお話を続けさせていただきます。
ほら、見下ろされたままでは怖いでしょう?
私も経験があるから分かるんですのっ。
「それで、お札はどちらに貼ってありまして?」
『……背中……。自分だと……手が……届かなくて……。触ると、ビリビリ痛くて……全然剥がせそうにないの……』
「ふぅむ。かなり強制力のあるお札とお見受けいたしますの。厄介ですわね」
単純に剥がすだけではダメそうです。
キチンとした手順を踏んで、術式を解除してさしあげる必要がありますわね。
けれどもご安心をば。どうか豪華客船にでも乗った気持ちでお任せくださいまし。
私、封印解除の術は聖女教育課程の最中に履修済みでしてよ。
治癒魔法の応用方法に、呪いを解いたり魔法鍵を開けたりする行為もあったりするのでございます。
別に手先が器用なわけではありませんが、小賢しさについては幼い頃から人一倍に優れておりましたゆえ、わりとコツを掴むのは早かったみたいですの。
今回だってきっとチョチョイのチョイでしてよ!
「今がどのようなご様子なのか、ちょっと近くで見てみてもよろしくて?」
『…………うん…………いい、よ』
「ありがとうございますのっ」
どうやら無事に心を開いてくださったようです。
ここから先は手ずからのオペが必要になりますの。
心と心の会話だけでは解決することができませんゆえ。
ふっと大きく深呼吸をして、精神世界から現実世界へと帰ってまいります。
途端に外界の音や色や匂いが五感に流れ込んできましたの。
数多の情報に思わずウッとパンクしそうになってしまいましたが、気合いで耐え抜きます。
そうして前方の修道服さんに向けて少しずつ歩みを進めて、彼女を警戒させないようにゆっくりとした動作で、後ろ側に回らせていただきましたの。
「修道服、めくらせていただきますわね」
一応彼女に口頭での確認は取ってみましたが、こちらの現実世界では回答は返ってこず、未だに微動だにもなさいませんでしたの。
やはり自由意志による行動は何らかの制限が課せられてしまっていると考えて間違いはありませんでしょう。
相当な強制力のある護符とお見受けいたしますの。
正直、違法レベルのシロモノです。
彼女の分厚い修道服のスカート部分に手をかけて、ゆっくりとめくるように持ち上げます。
まるでいかがわしいことを始めるかのようでちょっぴり心が躍ってしまったのですが、聖女としての責務を思い出して、平常心を取り戻します……!
急いでお背中のほうを確認いたします。
私の目に飛び込んできたモノとは……!?
「……ふぅむ。なんと虫唾が走るほど精巧な護符ですこと。ある種の気持ち悪さまで覚えてしまいますの」
……正直、反吐が出ますわね。
こんなの、祝詞ではなく呪詛ですの。




