………………け……て…………
スピカさんがイの一番に駆け出しなさいますッ!
私が戦線に復帰できたことで、防御側よりも攻撃側に比率を振れるようになったのでございましょう。
心なしか剣振りの速さも増しているような気がいたします。
打って変わって素手参加のミントさんは相変わらず不利な局面ですが、アコナさんの舶刀の範囲にはギリギリに入らないかつ、頻繁に瞬間転移を駆使して、常に死角に潜り込もうと画策なさっているようですの。
慣れてきたのか、お二人のコンビネーションもなかなかのモノですわね。
……ちょーっと妬けちゃいますけれども。
ぅぉっほん。私の治癒が必要とされるときまでは、アコナさんはお二人にお任せしたく思いますの。
私は私の役割を果たすのでございます。
戦って打ち勝つだけが聖女じゃないのです。
そもそも私の武器は拳ではありませんしっ。
「もし、そちらの白い修道服のお方。ここは一つ、同じ修道女として、お話し合いで解決を試みませんこと?」
有り余るほどの治癒と慈愛と根性が生命線ですの。
別に言葉の扱いに長けているとも思ってはおりませんが、殴る蹴るなどの実力行使よりはずっと慣れ親しんできたつもりです。
まずはお相手に警戒されないように、一歩ずつゆっくりと近付いてさしあげます。
まして戦闘力に関してはこの白修道服の人のほうが私よりもずっと上かと思われますゆえに。
私はアコナさんの真似事なんてできませんの。
真正面から戦ったらまず負けちゃうはずですの。
尚更に戦闘は避けねばならないのです……!
「こっほん。そのご格好、女神教のご信徒様で合っていらっしゃいますわよね? ほら見てくださいまし。私もアナタと同じ、女神様を敬拝している者ですの」
その場でくるりと一回転して、着ている衣服を見せてさしあげます。
私のモノは長旅用にカスタマイズされた専用衣装ですゆえに、一般的な修道服と比べるとかなりの差異があるのですが、それでも要所要所にはアクセントとしての女神教のシンボルマークが刻まれているのです。
その道の人なら一目見ただけでも分かると思いますのっ。
これ以上の敵意を持たれないように、私にできる精一杯の微笑みをもって接してさしあげます。
私本来の可憐さと健気さをもってお相手の懐に潜り込むのです……!
これで心を開いてくださらなかった方は、経験上あんまり記憶の中にいらっしゃらないんですけれども……っ。
しかしながら、先方からは何の反応も返ってきませんでしたの。
先ほどから変わらぬ棒立ちで、もはやヒトの気配さえ感じられない、人形のようなご態度をずっと続けていらっしゃるのでございます。
真実化魔法を発動した際に、エルフ族の長耳が収まっていく姿を確認しておりますから、きっと正体はヒト族だと思ったのですけれども……。
この様子ではそれすらも疑わしいのです。
ここまで無反応でいられるものなんですの?
いったいどんな過酷な修行を積めば、このような鉄面皮を得られるのでしょうか……。
むしほ己の心を殺してまで成し遂げねばならない崇高な目的って何なんですの……!?
ほんのちょっぴりと怖くなってしまいます。
「でも、困りましたわね……。お話が成り立たないのであれば、私としては完全にお手上げでして――ふぅむ?」
あら、今のは?
頭のベールの内側のアホ毛がビビッと反応してしまいましたの。
もちろんあちらの態度には少しも変化は表れておりません。
やはり人形のように直立なさったままです。
それでも私は何かを感じ取ってしまったのです。
おそらく、これは白修道服さんの〝心〟の機微ではありませんこと?
ほら、覚えていらっしゃいまして?
私には聖女としての治癒魔法の他に、魔族の血が流れているがゆえの〝重さの異能〟と、それ以外にもう一つ特技があるのでございます。
私が幼少の頃に身に付けた〝言語を持たない生物とも心で会話できる〟能力ですの……ッ!
旅の初めにもゴブリンさんとお話してみせたでしょう?
耳を澄ませれば言葉が聞こえてくるのです。
そして今、何故かは分かりませんが、目の前の白修道服さんが何やら念話で訴えかけてきているような気がしてしまったのでございます……ッ!!!
ふぅむ。しかしながら念が弱すぎてうまく感じ取ることができません。
……であれば、分かりましたの。
だって仕方がありませんものね。
ここは戦場のド真ん中ですが、無防備に目を閉じて、とにかく己の心を落ち着けてさしあげます。
視覚による情報を極力シャットアウトすることで、内なる感覚をより鋭くするのでございます……ッ!
さて、ここからは感覚世界のお話をいたしますの。
脳内イメージとして補完してくださいまし。
ただいま私の頭の中には真っ暗な空間がひたすらに広がっているような状況です。
ちょうど白修道服さんがいる辺りで、微かな光の玉が光ったり消えかけたりを繰り返しているのです。
実際に歩み寄るわけではございませんが、遠くからゆっくりと腕を伸ばして、その光を優しく抱きしめてさしあげますの。
怯えないで聞いてくださいまし。
私は別に、好きでアナタを傷付けたいわけではありませんのよ、と。
本当にお話し合いで解決できるのであれば。
私は絶対にそちらのほうを選びたいですの、と。
じっくり優しく何度も語りかけてさしあげます。
すると、どうでしょう。
私の思いが通じたのでしょうか……?
何やら小さな声が聞こえてまいりましたの。
『………………け……て…………』
段々と鮮明になってまいります。
それは、消え入りそうな。
幼い女の子のような声でしたの。
『…………たす、け……て……』
な、何ですって!?
助けて、ですって!?
予測外の単語に動揺を隠せませんでしたのっ……!




