フン。誰よあの女。いけ好かないヤツね
私の横を風が通り抜けていきました。
もちろんスピカさんですの。
このスピードに全特化した独特な戦闘スタイルは、王都内でも右に出る者がいなかったことでしょう。
……ええ、きっとおそらく!
半幽閉状態だった私には知る由もなく!
まもなくして茂みの向こう側から、激しいガキィイィィンッ! という金属音が聞こえてまいりました。
スピカさんご愛用の小剣と、隠れている敵さんの武器とがぶつかり合ったのだと思われます。
あのスピカさんの音速の攻撃を防ぐとは、いったいどんな手練れなのでございましょう!?
しばらくギリギリという摩擦音が聞こえてきておりましたが、やがて、ふわりとバク転からの宙返りをしながらスピカさんが戻ってきなさいましたの。
その額には微かに朝が滲んでいらっしゃいます。
「いやぁ、頭の片隅で予想はしてたんだけどね。あっはは……正直言って、かなり手厳しい相手かも」
「どなたなんですの……!?」
「残念ながら、リリアちゃんもよく知ってる人」
「知っている人ッ!?」
スピカさんが茂みのほうに刃を向けました。
それからすぐに、ガサゴソという草の間を掻き分ける音と共に……!
茂みからとある人物が姿を現しましたの。
そのお耳はエルフ族特有の長耳なのですが、一方でお身体のほうは種族に似合わず、とてもボンキュッボンな扇情的ボディをお持ちでいらっしゃいます。
そして何より印象的なのは、眩いほどの白髪を三つ編みにした特徴的な髪型でしょうか。
私、糸目で微笑む彼女のお顔をよく覚えております。
その頬に貼り付かせた笑みの向こう側には、聖母のような憐れみがあるにも関わらず、どこか冷酷さのようなモノも秘められているような気がして……思わず背筋に冷たいモノが走ってしまいますの。
そうですの。このお人は……ッ!
「ごきげんよう、勇者のエルスピカさん。そして聖女のリリアーナさん。お久しぶりですねぇ〜。お二人ともお元気なようで〜」
「「アコナさん……!」」
そ、そうですのっ! アコナさんですのっ!
この広い大森林で、一番最初に生き残る術を教えてくださった、あのエルフ族のアコナさんでしたのッ!
彼女の手には湾曲した小刀――こちらは舶刀と呼ばれるシロモノでしょうか――が握られておりまして、今まさに陽光を妖しく反射させております。
その刃を見てうっとりとしている姿が、また心底気持ち悪いのでございます……!
「ん? ああコレ、気になっちゃいますか〜? ついこの間、お友達にもらったんですよ〜。ほら、まず間違いなくド田舎の大森林では手に入らない素敵な得物でしょう? 嬉しくてつい試し斬りしちゃいました〜」
「なっ。もしや、その剣で看守さんを!?」
「ん〜? あー、そんなこともありましたねぇ。つい今の今までに忘れてましたのに〜」
て、訂正させていただければと思いますの。
貼り付いた微笑みなどという可愛らしいものではなく、言ってしまえば、彼女は今まさに邪悪そのモノなお顔をしていらっしゃるのでございます。
悪を悪と思っていなさそうな、酷く無垢な顔。
言わば無邪気という名の極悪ですの。
同族を平気で斬り刻めるような、そんなお人だったとは思ってもおりませんでしたけれども。
もはや怖さを通り越して吐き気が込み上げてきてしまいます。
「ふふふふ〜。まぁ、そんなことはどーでもいいではありませんか〜?」
「どどどどーでもよくないですのッ!」
アコナさんがクスクスと笑いながら、その切先を見つめております。
見た目は終始にこやかなお顔のはずですのに、その瞳は少しも笑っているように思えません。
「それにしても、酷いじゃないですか〜。せっかく分かりやすい道案内の地図まで渡してあげたのに、途中の集落に寄ってくれないなんてぇ〜」
ニヤリ、と。最後に口元が歪んだのが嫌でも目に映り込んでまいりました。
そのお姿を見て、改めて道中の集落には罠が敷かれていたのだと再認識いたします。
……迂回を選んで大正解でしたわね。
この森の出口にまで無事に辿り着けたこと自体がかなりの幸運だったのかもしれません。
おそらく面識のないであろうミントさんも、ただならぬ気配を感じ取ってくださったのか、警戒のご表情をしていらっしゃいます。
心なしかだいぶ前傾姿勢ですの。
いつでも蹴りを放てそうな勢いなのです。
刃物相手には分が悪いでしょうけれども。
「フン。誰よあの女。いけ好かないヤツね」
「……大森林での生き方を教えてくださった方ですの。えっと、スピカさん、日頃のお手合わせで勝ったことは?」
「あんまり言いたくないけど、数えたら片手もいらないくらいかな。ほら、底が知れない人っていうか、わりといっつも手加減してくれてたみたいだから」
警戒のためにジリジリと後退りなさるスピカさんの肩を両手で受け止めてさしあげつつ、横目でミントさんともアイコンタクトを試みます。
さすがに阿吽の呼吸とまではいきませんが、長らく同じ屋根の下で寝泊まりしてまいりましたゆえ、お顔を見れば考えていることを何となくは掴むことができますの。
えっと、あのお顔はおそらく……はぁ!?
マジですの!? あの人と戦え、と!?
「フン。どのみち今すぐ逃げ出したところで、目的地に着くまでに追いつかれるのが関の山よ。だったらヤツに追ってくること自体を諦めさせたほうが早いわ。
とりあえずエルフ族のホームからは出られたんだもの。さすがに平地ならアタシらに利があるはず」
「み、ミントさんとスピカさんがチカラを合わせれば、倒せない敵はいないですものねっ」
「何言ってんのよ。アンタも一緒に戦うのよ」
はぇ? あっるぇぇえー? ですの。
ももももしかして、今回の私はいつものような足手まといムーブをさせてもらえませんの!?
この頬を、緊張の汗が流れていきますの……!




