油断大敵、好事魔多し、勝って兜の緒を締めよ
ある意味では逆転の秘策を思い付いてしまったのかもしれないのです。
お二人に共有してみない手はございません。
「ねぇねぇミントさんスピカさんっ」
スキップを続けながらルンルン気分でお声がけしてみます。
あまりにハイテンションすぎて被っていたフードが外れてしまったくらいですの。
ふふっ。振り返りざまのミントさんの顔たるや。
「……何よアンタ気持ち悪いわね。頭の触覚ピコピコ震わせちゃって」
「んなっ。触覚じゃないですの! 超絶キュートなアホ毛ですの! そしてそんなコトはどーでもよくッ!」
「なになに? どしたのどしたの?」
私の必死な姿に、何事かとスピカさんも駆け寄ってきてくださいました。
鬱蒼と茂る森の中の獣道ではございますが、ギリギリ三人並んで歩けるだけの横幅はありますの。
周囲への注意は継続しつつも、ひそひそと小声で続きを話してさしあげます。
「……うぉっほん。はてさて、つかぬことお伺いいたしますけれども。この旅の最中にお二人が安心できるときとは――もといつい気が緩んでしまうときとは、具体的にはどんなときが思い浮ばれまして?」
もしも私が刺客であったのならば、お相手がふと見せた隙こそを的確に狙いたいと思うはずなのです。
普段から周囲を警戒しているのであれば尚更のことでしょう。
ゆえに滅多に警戒心を緩めないお二人の気緩みシーンこそが、今後に狙われてしまう死角になり得るかと思ったのでございます。
むしろその一点読みで来るかもしれません。
確信に似た乙女の直勘とも言えますの。
「何よソレ。唐突な質問ね。それこそエルフ族の集落でアンケート取ってきたらよかったじゃないの」
「お二人のご意見がほしいのですっ。ほらほら、直近ですと、いつになりそうでして?」
「変なヤツ。……まぁいいけど」
私の必死の訴えが伝わったのか、お二人ともそうねぇ、と声を漏らしながら腕を組んで考え始めなさいます。
何かを思い当たることが見つかったように、スンと足を止めたミントさんがポツリと呟いてくださいましたの。
「しいて言うならセイクリットに入れたときか、もしくは……この大森林から出れたとき、かしらね。ジメジメにも薄暗いのにも心底飽き飽きしてきたところだし」
「あー、私もだいたい同じかも。あとはお風呂に入れたときとか! リリアちゃんの浄化魔法で事足りてはいるんだけど、それでもやっぱり、ね」
「なるほどなるほど、ふぅむ……」
お二人のご意見もごもっともだと思いました。
確かに何も考えていなければ、私もウンと気を緩めてしまう状況かもしれません。
……いや、むしろ間違いなく安心感や達成感やその他諸々のせいで、ふにゃあっと力を抜いてしまうと思いますの。
とはいえ、さすがに神聖都市セイクリットに入ってから、街中で堂々と襲われるようなことはありませんでしょうから……。
ともなると今一番に警戒すべきは、この大森林を出られるか出られたか、というタイミングになりますでしょうか。
慎始敬終という言葉を思い出してしまいましたの。
「ご意見ありがとうございますの。たとえお二人が両手を上げて喜ばれていたとしても、この私だけは気を張り続けておくようにいたしますわね。疲れちゃいそうですけれども」
「やっぱ気持ち悪いわねぇ。まーたよく分からないこと思ってそうだこと。アンタが一番手放しで喜びそうなものなのに」
「私もそう思いますのっ。でも、ここまで順調すぎるほど歩みを進められているのが……不気味に思えて仕方ないのでございます」
「……へぇ」
驚いたかのような、感心したかのような、まさにいわゆる感嘆ドストレートなお声をミントさんはお漏らしなさいましたの。
「ま、その警戒心は誉めてやってもいいわ。アンタもようやく戦う側の基本が分かってきたじゃないの」
そして何故だかよく分からない方向性で褒められてしまいましたの。
一瞬、条件反射でデヘヘヘという微笑みが零れてきてしまいそうになりましたが、ハッと思い返して呑み込ませていただきました。
こういう油断をつけ狙ってくるかもしれないのです。今のうちに癖を付けておきませんとね。
やっぱり気を張りすぎて疲れてしまいそうですが、お二方はそんな緊張の中で、ずっとこの森を進んでくださっているのでございましょう。
全ては最後のタイミングにかかっていそうなのです。
〝重さの異能〟も治癒魔法も、この森に足を踏み入れた当初に比べれば、どちらもかなり気軽に扱えるようにはなれたと思いますの。
今の私の手に掛かれば、ちょっとやそっとの困難などは障壁にもなり得ません。
しかしながら。
油断大敵、好事魔多し、勝って兜の緒を締めよ。
修道院時代に読み漁っていた書物に書かれていた、ありがた〜い教えを思い出しておきます。
気持ちよく大森林を踏破できたな、と後で思えるためにも、何事も終わりよければ全てヨシという状況にしてみせなければなりませんわよね。
今一度グッと拳を握り締めさせていただきます。
頼もしいお二人に支えられながらも、私だって成長した自分をお見せしてさしあげたいのでございます……!
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