星の名を持つ血族
一抹の不安を胸に抱きながらも、私とミントさんの二人で女神様に迫ってさしあげます。
物理的ではなく精神的に圧を掛けてみますの。
片や誠心誠意の一礼を、片やうるうるお目々の泣き落としを見せつけて、女神様の中に眠る良心に直接訴えかけるのでございます……!
安全な旅を送りたいという点においては、敵を知るのはとても理に適っておりますでしょうし。
私たちの敵=女神様の敵と言っても過言ではないはずなのです。
間違ったことは言っていないつもりですの。
むしろどちらもWIN-WINだと思いますけれども!
再三にも渡るゴリ押しが功を奏したのでございましょうか。
女神様は大きめの溜め息を、あえて私たちに聞かせるように吐き漏らしなさいましたの。
ようやく素直にお口を開いてくださるようです。
「分かりました。アナタ方の言葉で言い表すならば、出血大サービスというモノに値する内容でしょう。……ただし、後悔しても知りませんよ」
「いやっほい! 私たちの作戦勝ちですの!」
「後悔だろうが爽快だろうが、この際何でもいいわよ。アタシの敵を絞り込めるトッテオキなら、ね」
痺れを切らさなかった甲斐がありましたの〜。
ゴクリと息を呑んで回答をお待ちいたします。
一瞬、女神様と目が合いましたの。
そしてすぐにスピカさんのほうを見つめなさいましたの。
始めはその意図が分かりませんでしたけれども、女神様は静かに、それこそ後ろめたさを全力で示すかのように目を瞑りながら、ボソリと一言だけお呟きなさったのでございます。
「……星の名を持つ血族。そのうちの一人に、アナタ方と思想を相反する者がいます」
「星の名を、持つ血族……?」
聞きなれない言葉に私がつい復唱してしまったのと、ほぼ同時のタイミングでございましたっ!
「な、そんなッ!?」
私の真隣から一際大きな驚き声が聞こえてきましたの。
声をあげたのはもちろん私でもミントさんでも、まして話者である女神様でもありません。
つい今の今まで私たちのことを静かにニコニコと見守ってくださっていたはずのスピカさんが、この狭いテントの中で思わず立ち上がってしまうくらいに驚いていらっしゃったのでございますッ!
星の名を持つ血族。
私にとっては聞き慣れない響きでも、彼女にとっては大きく覚えのある言葉なのでございましょう。
「スピカさん? 何かご存知なんでして?」
「いきなり血相変えてどうしたのよアンタ」
「だって、だってだって……」
その拳は微かに震えておりました。
おそらく、不安と戸惑いと怒りがちょうど三等分くらいな、そんな複雑な感情が見え隠れしております。
スピカさんが絞り出すように続きをお話しくださいます。
「勇者の血縁者ってね。代々、名字に星の名前を入れるのが慣わしになってるんだよ。ほら、私の本名もエルスピカ・パールスターでしょ?」
「ふぅむ、確かに……!」
私が普段お呼びしているスピカさんというのはあくまで短縮的なあだ名であって、公的な場ではエルスピカ・パールスターのフルネームで呼ばれていらっしゃいます。
特にパールスター家は、先代勇者様を始めとする複数の勇者を世にご排出なさった、名家中の名家として知られておりますの。
世間知らずの私でも知っていたくらいですから。
けれども、他にも◯◯スターと名のつくお家がある感じなんですの……?
王都の中では聞いたことありませんけれども。
面識があったのはスピカさんただお一人だけですし。
「私はお爺ちゃんの直系の血筋だから、もちろん同じモノを受け継いでるんだけどさ。他の人はそうじゃないんだ」
「ふぅむ。直系の概念があるということは、当然、分家の方々もいるってことですわよね?」
「うん。その通り。私に兄弟はいないけど、分家の……それこそ爺ちゃんの姉弟のお孫さんとか、お母さんの兄弟の娘息子とか…… つまりは従兄弟や再従兄弟ってのは結構いたりするんだよね。会ったことない人も何人かいるくらい」
「さすが名家のお生まれ……複雑そうですの」
家系図で見てみたかったですわね。
きっと枝分かれが複数に及んで、それはそれは大きな縦列図を形成していることでしょう。
どこまでの血縁が◯◯スターの名を名乗れるのかは定かではありませんが、きっと不慮の事故等で万が一に名字が途絶えてしまっても、すぐに他のスターに本家を移せるように、と。
一族で工夫をしあった結果なのかもしれません。
「でも、まさか勇者の身内に〝反・魔王派〟の重鎮が潜んでいるだなんて。ニワカには信じられませんけれども」
「正直、私からすれば酷い親不孝――いや、お爺ちゃん不孝もいいトコだと思うんだ。五十年前にやっとの思いで先々代から引き継いだ世界平和を、今、自分の代で壊そうとしてるってわけでしょ? 信じられないよ」
「でも、女神様は嘘を吐きませんの……!」
チラリと女神様のお顔を確認してみると、何を当たり前なことを、という呆れを含んだ目で見られてしまいました。
「もちろん、分かってはいるよ。私だって女神様を疑ったところで意味ないって思ってるし、納得するしかないんだろうけどさ……ちょっとまだ整理が追いつかないかなぁ」
「フン。アタシとしちゃあ誰でも関係ないわよ。向こうがその気なら、こっちも出るとこ出るわよってだけ。とりあえず警戒すべき相手が分かってホッとしたわ」
空気を読まないミントさんがドストレートに言い放ちなさいます。
少しくらい気を遣ってさしあげてもよろしいかと思うんですけれども……っ。
正直、天涯孤独な私としては身内という言葉にはあまり親近感はございませんの。
しかしながら、生まれたときから周囲の方々に愛されて育ってきたスピカさんのご立場を考えれば、身内に反社会的な存在がいるというのは、それだけでも相当なストレスになり得ると思うのです。
心の疲労も癒してさしあげるのが私の役目なのですけれども、毎度毎度的確にフォローの言葉を差し向けてさしあげられるほど、私の語彙力は高くありません……。
ある意味では身内の不幸よりも悲しい出来事なのかもしれませんものね。
「……せめてスピカさんが会ったことのない、気心の知らない他人同然のような方が、私たちの敵であるといいですわね」
「そう、だね。いや、そうであってほしいよ。お爺ちゃんの形見の小剣を身内になんて向けたくないもの」
「とにかく、心中、お察しいたしますの……」
こんなありきたりの安っぽい言葉を投げかけてさしあげることしかできませんでしたの。
どうか不甲斐ない私を許してくださいまし。
せめて胸いっぱいの祈りを捧げておきますゆえに。




