邪なチカラを多用するからです
それからそれから、また幾日かが経ちまして。
常に周りを警戒していたことが功を奏したのか、それともただの偶然だったのか、とにかく私たちは無事に旅を続けられておりますの。
土岩の集落からかなりの距離を進むことができましたゆえ、もうそろそろ森の出口の気配を感じ始めてもよろしいのではございませんでしょうか。
地面もどことなく踏み固められた獣道のようになってまいりましたし、周りの木々もイイ感じに疎らになってきておりますし。
きっと大森林踏破までもう少しですわね。
けれども、ですの。
「ふわぁ……ぁふ……。でも今日はお休みの日ですの……っ」
別に足腰に限界が訪れてしまったのではありません。
月に一度訪れるあの日だからでございます。
そうですの。本日は〝真夜の日〟です。
おそらく今日が大森林の中で経験する最後の〝真夜の日〟かと思われます。
魔族の身体になっておりますゆえ、普段のヒトの身体と比べればかなり丈夫になっているはずなのですけれども……っ。
「リリアちゃん。具合のほうはどう?」
「……今日は、一段と重い感じですの……。少々修行がキツすぎたのではございませんこと……?」
過去イチに酷いと言いたくなるほど熱を出してしまいましたの。気怠さで腕も上がりませんの。
吐息の熱を自分でも感じてしまうくらいにシンドいのでございます。
朝目覚めたときからずっと調子が上がらなくて、まるで長風呂に入ってのぼせてしまったときの感覚がずっと残ってしまっているようなのです。
というわけで私が身動きを取れない状況ですゆえに、今日は三人ともしっかりと身体を休めておこうというお話になりましたの……!
「なっさけないわねぇ。アレくらい平然とこなしてみせなさいよ。アンタにも誇り高き魔族の血が流れてるんでしょう?」
「別に、ほんの数%だけですけれども……っ」
「一滴でも流れてりゃ一緒よ。角も尻尾も魔族のソレなんだから」
私の尻尾をミョンミョンと引っ張って弄ぶミントさんが、今まさに手持ち無沙汰感を露わになさっていらっしゃいます。
だって仕方ないではありませんか。
シンドいのはシンドいのでございます。
お昼を過ぎた今でもほんのりと視界が薄らいで、おまけに思考もままならずに、ただただぼ〜っとしてしまうんですの……!
この気怠さはきっと、数日前にミントさんに散々にシゴかれてしまった反動なのでございましょう。
「……ふぅむぅ……今日の症状はやたらとヒッドいんですの……未だに一歩も動けそうにありませんの……」
テントの中で力なく横たわって、ただただ上を見上げさせていただきます。
本当は大の字になって寝そべりたかったのですが、ただでさえ三人川の字になって寝るのがギリギリの広さだといいますのに、本日は更にもうお一方、テントの中にご降臨されておりますゆえ。
「邪なチカラを多用するからです。その身を以って反省なさい。貴女という方はそもそも――」
女神様の膨れっ面が目に映り込んでおります。
私を直接監視するために、本日はお空の上からわざわざ地上にまで降臨しなさっていらっしゃいますの。
その御身は絶えずキラキラと発光しておりますから夜も灯りいらずなのですが、お昼の今は無駄に眩しいだけなんですの。
「うっへぇ……女神様のガミガミお説教が一番頭に響いちゃうんですの……。おまけに眩しすぎてまともに目も開けられませんの……。もう少しばかり光量を落としてはくださいませんこと……?」
「まったく仕方がありませんね。本来であれば真っ向から突っぱねてさしあげていたところでしょうが、本当にお身体がお辛いようですから。今回だけの特別ですよ」
「むふふーっ……女神様が今日もツンデレで何よりですこと……」
「ハァ。どうやらまた裁きの雷を落とされたいようですね」
口ではお叱り感をお示しなさいつつも、本当に少しだけ発光度合いを落としてくださいました。
かなり目に優しくなりましたの。
これで心安らかに眠れるはずです。
寝返りを打った際に私の頭から生えた巻き角がどなたかのお膝に突き刺さってしまわないかヒヤヒヤといたしますが、幸いにもまだ苦情は来ておりませんし、多分大丈夫ですの。
といいますか、スピカさんが朝起きたときからずーっと表面を撫で続けていらっしゃいますゆえ、きっと刺さる心配はないのでございましょう。
よくもまぁ飽きずに続けられますこと……。
スピカさんは本当にモノ好きですわよね。
こんなにも不恰好で醜い姿を、え? なんで? 最高に可愛いよ? などと平然とおっしゃってくださるんですもの。
「ともかく、よ。このザコ聖女が動けないみたいだから、今日は時間がたっぷりあるわけよ。
っつーわけで女神。今日はアンタに色々と詰めさせてもらうから覚悟してちょうだい」
「ふん。何故、この高貴なる私がアナタのような小娘ごときに話さねばならないのです?」
「これからぶつける質問内容が、女神教に大きく関わっているからよ。信仰対象であるアンタが、まさか知らぬ存ぜぬとは言わないでしょう?」
よく分かりませんが、ミントさんが女神様を挑発なさっていらっしゃいますの。
「……先日も伝えたかと思いますが、別に私自らが民々を先導しているわけではありません。
彼らはただ彼らの思想に基づいて自ずと行動しているだけに過ぎないのです。私はその顛末を見届けるのみ。お分かりですか?」
「フン。このザコ聖女には好き勝手介入してくるくせに」
んもう。私の理解し得ない次元で喧嘩をおっ始めないでくださいまし。
お二人のいがみあいの声が頭に響くんですの。
あー……絶賛体調不良の極みでしてよ……っ。




