お漬け物とか、になるのかな?
「アタシが思うに、なんだけどさ」
事の特秘性をお身体で示すかのように、ミントさんはただでさえ小柄なその身をより小さく屈めながら、小声でお話しなさいましたの。
必然的に私もスピカさんも顔を寄せて聞くしかありません。
もはや吐息がかかりそうなくらい近いのです。
「神聖都市に近い集落には、そりゃあモチロン神聖都市の連中の息がかかった――つまりは〝反〟魔王派のエルフ族がいる可能性も高いわけよ。
この集落に向けて既に何人か送られてきていてもおかしくはないと思うの。いわゆる工作員ってヤツね」
「「工作員……ッ!?」」
聞くだけならカッコいい響きですけれども!
ヤバい香りがプンプンいたしますの!
工作員ってアレですわよね。現地にこっそり忍び込んで、ご自身らの都合のいいように暗躍なさる方々のことですわよね。
有る意味では勇者や聖女といった表舞台にいる私たちとは正反対のご職業だと思いますの。
探したところで見つかるとも思えませんし、明らかに厄介そうですの……!
「ヤツらは否が応でもアンタらの足止めを謀りたいはずよ。少しでもこの大森林で時間を稼いで、休戦協定の延長を行わせない意図でしょうね。
下手したら、足止め以上の行為も考えているかもしれないわ」
「と、おっしゃいますと?」
「実際に怪我させたり、無理矢理に拘束を試みたり。もっと酷いことをされる可能性だって捨て切れないんじゃない? アンタらも見た目は美人なほうだから」
「むっふふ。褒めても何も出ませんでしてよ」
「能天気なアンタがホント羨ましいわ」
まさか相手が勇者様と知って喧嘩をふっかけてくる輩がいるとは思えませんが、そのための工作員だと言っても過言ではございませんでしょう。
杞憂と言って笑い飛ばせたらどんなに楽でしょうか。
実際にありそうだから余計に怖いのです……!
こっそり身震いをしておりますと、その様子に気付いてくださったのか、ミントさんが落ち着いた声色で続けてくださいました。
「一つ言えるとしたら、大森林から出ればエルフ族の勢力圏からも外れることになるわ。そしたら周りも女神教の主流派が多くなってくるだろうから、少数派閥の連中も手を出しにくくなるはず……」
「ふぅむ。ある意味では神聖都市に逃げ込む形になる感じですわね。ついに私の肩書きが役に立つときが来ましたのッ!」
「……ま、そうとも言えるかもね。皮肉だけど」
正直に申し上げますと、私の扱いにつきましては王都では全然よろしくなかったと思いますゆえにっ。
王都は所詮、王都でしかありませんの。
そこで一番偉いのは王様なのでございます。
けれども考えても見てくださいまし。
宗教が主となる神聖都市では、いったい誰が偉いと言うのです!?
ふっふっふんっ。そんなもちろん、女神様に愛された者に決まっておりますの!
女神教の総本山で、この今代の聖女様がチヤホヤされないわけがございませんでしょう!?
私としてもそろそろ、キャー見てみて聖女様よぉ〜、手を振ってぇ〜聖女様ぁ〜と道ゆく人々に羨望の眼差しを向けていただきたいのです。
いわゆる承認欲求の限界ってヤツですわね。
さすがに真夜の日には出歩けませんが、堂々と胸を張って外を歩ける日も近いのでございます。
つまりは今日このときからが、大森林で過ごすラストスパートということでしょうか。
……より一層引き締めませんと、ね。
「というわけでザックリ手短な感じにはなっちゃったけど、アタシが寄り道をしないで直接森の出口に向かいたい理由、少しは分かってもらえたかしら」
ミントさんの問いかけに、私もスピカさんもほぼ同じタイミングで頷き合いましたの。
大丈夫ですの。相違はございませんの。
三人の認識を合致できたかと思います。
「こっほん。そうと決まればこの集落への滞在は最低限に留めておきましょうか。必要な物資を集め終えましたら、できる限り早めに出発できればと思いますのっ!」
「すんなり集まるとイイんだけどなぁ……。あんまり大きな声じゃ言えないけど、このサビれ具合だもんね……。あのキノコ亀モグラが原因だったとしても、さ」
「それは言わない約束ですのっ。目下の目標は保存食でしょうか。岩と土しかないこの集落の特産品と言いますと」
「お漬け物とか、になるのかな?」
つい主食がほしくなってしまいそうな響きですこと。
でも、あまりにしょっぱいものばかり口にしていると喉が渇きそうですの。
土がメインともなりますと、あとはお芋や根菜系が挙げられるのでしょうか。
私、乾燥キノコには飽き飽きしておりましたゆえ、お芋ならお肉でなくともお腹いっぱい楽しく食べられそうな気がいたします!
幸いにも集落の方々とは本日のマッサージ営業によって少しは仲良くなれたでしょうから、物々交換を駆使してご迷惑にならない範囲で、なるべく早めにかき集めたいと思います。
比較的安全な屋根の下で過ごす最後の滞在となりますゆえ……ある意味では本当の過酷なサバイバルが始まる前兆とも言える状況ですの。
念には念を入れて多めに集めておきましょう。
とは言え私は悪食の聖女ですの。
たとえ魔物のちょーっと臭みの残るお肉であっても、個性的な味の一つとしてペロリと美味しくいただけてしまいますっ。
なんだかんだで食には困らないかと思いますので、可能な限りお肌の美容品や髪のお手入れ品などを集めてまいりましてよーっ。
「アンタ本当に危機感抱けてる? ニヤけてるけど」
「ギクッですの」
「ハァ。言っとくけど異能の訓練は引き続きやっていくからね。下手にバテてもらっちゃ困るのよ」
「わ、分かってますの〜っ」
ここ数日はキノコ洞窟の浄化のために特訓を免除してもらっておりましたゆえ、腕が鈍っているかもしれません。
異能の発動には魔力を消費いたしませんが、私の気力と体力が保ちませんゆえに。
この大森林に滞在している間に、ある程度自由自在に異能を使いこなせるようになることがお師匠様と取り決めた約束なのでございます。
……べ、別に忘れていたわけではありませんの。
ちょーっと考えないようにしていただけですの。