できないモノはできないのでございます!
地図を手渡されたのもさることながら、この大森林の中で人工物である紙をお持ちだなんて、正直驚きの極みでしたの。
エルフ族の記録媒体としては、太古からある石板をはじめ、木の皮を乾燥させたモノや茎を織って形作られた編草板のほうが圧倒的に主流だと思っておりましたゆえに。
私としては紙のほうがずっと親しみが深くて読みやすくてありがたいのですけれども。
でも、えっと、困りましたわねぇ……。
「……ふぅむふむ、なるほどなるほど」
とりあえず適当にソレっぽいことを言って誤魔化しておきました。
私、地図だけは本当に苦手なんですの。
方向音痴を大いに自覚しておりますからね。
二回に一回は上下を間違えたまま読んでしまいますし、そもそものお話、現在地がどこなのかさえも把握できていないタイプの重症患者なのでございます。
まして、ただでさえ慣れ親しんでいないエルフ族の文字など、スラスラと読めるはずがございませんの……!
「ややっ。いや……ふぅ、むぅ……」
ちんぷんかんぷんもイイところですの。
一応必死に推察してみますけれども……っ!
おそらく紙の右下の、たくさんの黒点が描かれている箇所がこの集落の位置を示しているのだと勝手に仮定いたしまして。
どうやらわりと近くに別の集落があるかもしれませんの。
えっと、そうなりますと、黒点の横の大きな白丸が私たちの通ってきたキノコ洞窟を表しているはずですから、つまりはこの集落を出てから右方に進めば、つまりは北側に進めば……ふぅむ?
いやいや待ってくださいまし。
そもそも北って上のことでしたっけ?
それとも進行方向によって変わったりするモノですの?
ただいま、私の頭の中で方位磁針がグルグルと忙しなく回っております。
しかも全然止まる気配がございませんのっ。
「ザコ聖女。無い知恵絞って固まってないで、さっさとこっちに渡しなさい」
「リリアちゃんって無駄に博識なとこあるわりに、苦手なモノはとことん苦手だよね」
「ぐぬぬぬぬぬぅ……図星で何も言えませんの」
しゃーないではありませんかっ。
できないモノはできないのでございます!
要領が悪いと切り捨てられてしまえばそれまでなのですけれども。
それでも何と言いますか、こう……自分の中でまだ感覚として身に付いていない物事に対しては、頭も身体も共に理解が追いつかない感じがもどかしいだけなのでございます。
コツを掴めば後はノリでなんとかなりますの。
ともかく今は不貞腐れてもあまり意味はありませんゆえに、唇をムッと結びながらもミントさんに手渡してさしあげましたの。
お隣のスピカさんも横から覗き込むようにして描かれている内容を確認なさっていらっしゃいます。
「へぇ。なかなかのラッキーアイテムじゃない」
「何か分かったんですの!?」
「近道ってわけでもないけど、森の出口までの道のりがザックリと載ってるみたいよ。コレをホントに信じるならば、だけど」
「はぇー……!」
「見た感じは神聖都市側の出口っぽいから、方角さえ見失わなければイケるんじゃないかしら」
さすがは亀の甲より何とやらのミントさんですわね。
私も修道院時代にそこそこの書籍を読み漁っていた自覚はありますが、さすがにこの文字は読めませんでしたもの。
「でも、どうしてこの地図を私たちに? さすがにピンポイントすぎるのではありませんこと?」
「そんなの、集落の長から事前に話を聞いていたか、あるいは……」
「「あるいは?」」
「丁重に仕組まれた〝罠〟とかね」
「こ、怖いこと言わないでくださいましっ」
極東の国には言霊なる言葉があると聞いたことがありますの。
何でも、口に出した言葉がいずれは現実のモノとなってしまうとか……!
地味に不安になった私を他所に、ミントさんが堂々とした態度でお口を開きなさいます。
「コレ、もらってもいい感じ?」
即刻訂正いたしますの。
堂々とではなく図々しい態度で、の間違いでしたの。
唐突に問いを向けられてしまったエルフ族の男性さんでしたが、彼も特に悪意は感じられない無味なご表情で、コクリとお一つだけ頷きをお返しくださいました。
「そう。それじゃあ遠慮なく」
ペコリと頭も下げずに、ポイっとスピカさんに向けて地図を投げ渡す始末でしたの。
さすが、気随気儘なミントさんですわね。
「ソレ、後で見返すからしまっといて」
「あ、うん」
「用が済んだならさっさと宿に戻るわよ。次の経由地を決めましょ。神聖都市に直で向かうにはもう少しだけ距離があるようだから」
振り返りもせずに、ミントさんはスタスタと住居洞窟の出口へと歩き始めてしまいましたの。
彼女の代わりにぺこりとお淑やかな会釈を見せてさしあげたのち、急いでそのお背中を追わせていただきます……!
ああもう! この旅の最中に誰かを振り回すのは、どちらかと言えば私の役目でしたのにぃーっ!




