まさかの地図ではありませんこと……!?
――翌日。
早速ながら私たちは行動に移りましたの。
エルフ族の生活習慣に合わせて、我ながらかなり早起きをさせていただきました。
集落内の各家々を巡り歩いては、乙女の慈悲深さをそのまま振り撒くかのように、中にいらしたエルフ族さん方に対して治癒魔法を施し回ってさしあげたのでございます。
壁一面が淡い緑色に包まれるほどの、至極圧倒的な善光を披露してみましたの。
なかなかにウケはよかったですわね。
ただでさえ薄暗い洞穴式の住居ですゆえに、私の治癒の光はいつも以上に神々しく輝いているように見えたことでしょう。
いいですのいいですのっ。
もっと私めを褒め称え崇め奉りくださいましっ。
チヤホヤされると嬉しいのでございます!
「ザコ聖女はいいのよ。問題はアタシらよ。見てるだけっての、結構気まずいんだけど」
「あっはは……分かる。だよね」
できる限り目立たないように、それこそ土壁に溶け込むように空間の端っこのほうに佇んでいらっしゃるお二人が、何やら愚痴をこぼし始めていらっしゃいましたの。
別に私は地獄耳ではないつもりですが、〝リリア〟や〝聖女〟という単語にはつい反応してしまうのでございます。
リラックスした表情で木皮筵に横たわるエルフ族さんのお背中に指圧マッサージを続けてさしあげつつ、会話に横入りさせていただきます。
「そういうミントさんだって、アナタ身体補助魔法を扱えるのではありませんことー? 少しはご奉仕業を手伝ってくださってもよろしいのではありませんでしてー?」
「何度でも言うけど、魔法は得意か苦手かでいうなら圧倒的に苦手なほうなの。しかもアタシの身体補助はあくまで一時的なモノでしかないわ。あのときは金になるから使っただけ」
「その点、リリアちゃんの治癒魔法はいつでもどこでもかけたらかけただけ効くもんねぇ。いいなぁスゴいなぁ」
へっへーん、ですの。
全部女神様のおかげなんですけれども。
物心ついた頃から治癒魔法の才はありましたが、人よりほんの少しばかり上手く扱えただけで、決して秀でているわけではありませんの。
だからこうして少しでも癒しのチカラをお相手様に感じていただきたく、魔法以外にも身体マッサージの技術を身に付けたり、人体の構造を学んで外科的治療のほうも学んでみたり、と。
日夜勉学に励んでいるのでございます。
戦えない私なりの誠意の見せ方ですの。
「効果時間が終わったら逆にものっそい疲労感が襲いかかってくるヤツだけど、それでもいいならアタシも力を貸してあげるわよ」
「あっはは。それだと逆に印象悪くなっちゃうんじゃないかなぁ」
「アタシもそう思ってる。ってなわけだから静観を続けさせてもらうわね」
「ぐぬぬぬぅ……まぁ、いいですの。私も好きで施術を行っておりますゆえにっ」
お咎め無しに殿方のお体に触れられるんですもの。誰が文句を垂らすものですか。
うへへへへ、へへへ。
エルフ族の皆様はほとんどが細身の引き締まったお身体をお持ちですゆえに、実はそこまで抱き締め甲斐はないのですけれども。
それでも細さの向こう側には確かなお筋肉を感じられますので、そのカタさに触れるたびに無性に興奮してしまうんですの。
むふふふふふふふ。
……大変名残惜しいですけれども、この方の施術もそろそろ終わってしまいますの。
強張っていた背中の筋肉もだいぶほぐれましたし、しばらく治癒魔法を併用しておりましたゆえ、溜まっていたお疲れもだいぶ解消させられたのではございませんでしょうか。
「はい、終わりましたの。お身体の調子はいかほどでして?」
リラックスしたその背中に問いかけてさしあげます。
明確な言葉自体は返ってきませんでしたが、代わりにグッドなハンドサインを見せてくださいましたの。
ご満足いただけたようでよかったですわね。
こちらも治癒冥利に尽きるというものです。
「ふぅむ。となりますと、こちらのお家で集落内の一通りの家々は巡れた感じになりますでしょうかね。
結局、神聖都市へ向かう近道の情報は得られませんでしたか……」
「ダメで元々、急がば回れ。旅は道連れ世は情けってね」
「ふむぅ。この際ですからミントさんが空高くまで飛び上がって、その都度周囲を見渡してきていただければよろしいのではありませんこと?」
「ハァ? 前も後ろも右も左も一面の緑なこの場所で、いったい何を道標にしろって言うのよ」
「……それも確かに、ですの」
やはり愚直に足を駆使するほうが結果的に早くなるんでしょうかね。
そもそものお話、今現在の私たちは大森林を何%ほど踏破し終えたのでございましょうか。
少なくとも四回は先祖返りを迎えましたの。
さすがに森の中に永住してさしあげるつもりはございませんが、かといってずーっと緑と茶色の景色を見続けていると飽きが来てしまうのでございます。
と、思っておりました矢先のこと。
「あら?」
先ほどまで床に寝転がっていらした男性エルフ族さんが静かに身体を起こして、洞窟住居の奥のほうへと消えてしまいましたの……!
初めは終わったのならばさっさと帰れという合図かとも思ったのですが、どうやら違いましたの。
筒状に巻かれた古紙を持って戻ってきなさったからですの。
そのまま無言で手渡してきなさいましたので、私も小さな会釈と共に受け取ってさしあげます。
慎重に、そして丁寧に中を開いて確認してみます。
こ、こちらは……!
まさかの地図ではありませんこと……!?




