だからアタシは初めから言ってたじゃない
思ったとおり、洞穴の奥には腰の曲がった老エルフ族が静かに座っていらっしゃいましたの。
彼と目線を合わせるために私たちも腰を下ろさせていただきまして、それから一通り旅の目的を話してさしあげました。
スピカさんが先代勇者様のお孫さんであることをお伝えしたときは、何だか懐かしそうに目を細めていらっしゃいましたわね。
察するにこちらの集落のご長老様も、かつての勇者パーティと面識があるようですの。
本当にお顔の広い方だったようですわね。
スピカさんのお爺様って。
そうなってくるとお供の先代聖女様のことも気になってまいりましたの。
どのような方だったのでございましょう……?
「ふぅむ。まぁそれはそれといたしまして。ついこの間のお話をさせていただきますわね」
何だかんだで話はわりと和やかに弾みまして、話題は先日のキノコ洞窟についてに移りました。
彼らとしても亀モグラの占領にはほとほと手を焼いていたようなのですが、どうやらエルフ族にはヤツに対抗できる手段を持ち得ていなかったらしく、泣く泣く洞窟を放棄せざるをえなかったようなのでございます。
内部が荒れていたことにも納得がいきましたの。
「あの厄介な亀モグ――こっほん。魔物はいきなり湧いて出てきた感じなんですの? どこからやってきたとかは全くご存知ない感じでして?」
続いての私たちの問いに、フゴフゴとご長老様が答えてくださいました。
あの魔物がいつ現れたのか、さすがに詳細までは分からないらしいのですが、ふと思い返してみられたところ……なんと。
その次に発せられたお言葉に、私は正直耳を疑ってしまいましたの。
集落の長たる彼、曰く……!
「何ですって!? ちょうど女神教の使者が、集落を訪問しに来た直後くらい、ですって……?」
正確には、女神教に入信した他集落のエルフ族がこの集落の挨拶回りにやってきた辺りから、とのことでしたのっ。
私たちの中のモヤモヤがまた一つ、イヤな形で繋がってしまったのでございます。
ほら、思い出してみてくださいまし。
あの亀モグラのお腹には女神教の祝詞が刻まれた〝護符〟がくっ付いておりましたわよね。
移動の最中に偶然に貼り付いただけなのか、それとも人為的なモノだったのか……。
まさか信徒が貴重な護符を落とすはずもありませんし……ともなりますとやっぱりコレって……っ!
「つかぬことをお尋ねいたしますが、この地に参られた女神教の信徒方は、どのような目的で赴かれたのか分かりませんこと? いわゆる布教のため? それとも精霊信仰への理解を深めるためですの?」
次なる私の問いかけに対しては、ご長老のご回答としては前者のようでございました。
……私もそうだと思いましたの。
でなければ、広くて危険なこの大森林になんて足を踏み入れたくないと思いますもの。
しかしながら、エルフ族の主流は女神教ではなく精霊信仰であることについても、さすがに総本山の神聖都市には伝わっているかと思われますの。
箱入り聖女である私が無知だっただけでっ。
周知の事実であるはずなのでございます。
わざわざ異教の地に教戒しに来るとは、よほど熱心な宣教師が先導していらっしゃったのか、あるいは何か別の意図があったのか……。
「ねぇ、どう思う? リリアちゃんミントさん」
真面目なお顔のスピカさんが、私たちにだけ聞こえるくらいの声量で尋ねてきなさいました。
すかさずミントさんにアイコンタクトを送ってみますと、即座に溜め息が返ってきましたの。
「だからアタシは初めから言ってたじゃない。女神教の中にはマジでヤバい思想の一派があんのよ。
自分らの思いどおりにならない地域には、実力行使でネチネチ攻めていくような、そんな高圧的で面倒くさくて陰湿極まりない連中よ。今回の件に関しても十中八九、クロだと思うわ」
「わ、私にはやっぱり信じがたいお話ですけれども……でも、物的証拠も言的証拠も揃ってしまった以上、さすがに有力視せざるを得ませんわよね……」
「これはもう、現地に行ってみて、実際に確かめてみないといけなくなっちゃったね」
今現在、私たちが大森林をどれくらい踏破できているのかは分かりませんけれども、早急に神聖都市に出向いたほうがよさそうな気がいたします。
これ以上、足踏みをしている暇はなさそうなのですけれども。
「あの、その信徒の方々がどちらの方角からやってきたのかはご存知ではありませんでして?」
こちらの質問がドストレートにビンゴを射抜きましたの。
なななんと、信徒の言動を不審に思われたエルフ族さんの中に、コッソリと彼らの跡をつけていた方がいらっしゃるとのことなのです!
その方に道案内していただければ、大幅な近道を得られるも同然なのではございませんでして!?
「ズバリ単刀直入にお尋ねさせていただきますのっ! そのご情報をご提供いただけませんこと?」
私たちは亀モグラの退治に一役買いましたの。
つまりは、この集落様に対してはお一つ貸しがあるといっても過言ではないと思われるのでございます!
かといって、それを理由にグイグイと強気に行ってしまっては、私たちに対しての心象が一気に悪くなってしまうことでしょう。
まして私は疑いの掛かっている女神教の代表たる聖女ですの。
私の迂闊な発言に疑念を抱かれて、一気に拒絶されてしまう可能性だってないわけでもないのです。
対処法は思い付いておりましてよ。
「……こっほん。そこでお二人へのご提案なのですけれども。ここはお一つ、この集落のためにもう一肌脱いでおいたほうがよろしいかもしれませんの」
「アンタまだ働くっての? ホントお人好しね」
「むっふっふっ。私に考えがあるのでございます」
別に私は人々の心を掌握する術に長けているわけではございませんが、自慢の前向きさと誠意を駆使すれば、きっとこの集落の方々も私たちに対して良い印象を抱いてくださると確信しているのです。
まして亀モグラの退治を行ったことによって、最初からアドバンテージがあるようなモノでしょう?
聖女のチカラは癒しのチカラですの。
あのキノコ洞窟が使えなかったせいで、きっと集落の皆さま方は長らく気苦労をされていたり、必要以上に疲弊を余儀なくされていらっしゃったはず。
きっと癒しを求めていると思われます。
ならば私の治癒魔法が火を噴きましてよ。
題して〝全〟集落の民〝総〟癒し計画ですのッ!
いや、逆に分かりにくくなっちゃいましたわね。
つまりはこの集落の家々を巡って、皆様それぞれに治癒魔法を施してさしあげて、信頼を勝ち得てみようという……!
至極真っ当かつ至極単純なお話なんでしてよ!




