情報が得られるかどうかは交渉の腕次第だと思うわね
そもそも、育ちの良さで比べるならスピカさんはその最上位に位置していらっしゃるのではありませんこと?
持ち前の社交性やお人柄の良さは、完全に勇者の血筋にお生まれになったがゆえに身に付いたモノかと思われますけれどもっ。
きっと幼い頃からたくさんの人に愛されて育ってきたのでございましょう。
羨ましくないかと問われたら嘘になりますの。
本当に小指ほどの忖度も無しに、それこそ聖女の私なんかよりもよっほど清く正しく美しくを体現なさった振る舞いをなさっているのです。
言わば善意とやる気の塊みたいなお人ですもの。
末恐ろしい限りでしてよ、まったくもう。
そんな貴女に並び立とうと、私だって毎日必死に生きておりましてよ……!
多少の脱ぎ散らかしくらい大目に見てくださいまし。
しかしながら、ふぅむ。
育ってきた環境によって人格に影響が出てくるというのは、確かに私もそう思いますの。
「案外ミントさんも、スピカさんと同じような〝イイところのお生まれ〟なのかもしれませんでしてよ?」
「イイところって言うと、例えばどんな?」
「……と、言っては見たものの、勇者と同格レベルのお家なんてあるんでしょうかね。そもそも私、魔族の貴賎事情を知りませんし。
姓でも分かれば推察も行えましょうが、ミントさんについてはお名前と異能くらいしか知らないですの」
「確かに」
思い返してみれば、彼女からは名字やミドルネームについては打ち明けていただいておりません。
私の〝プラチナブロンド〟のように、見た目や通称がそのまま新しく姓として紐付いた例もあれば、スピカさんの〝パールスター〟のように、度々に勇者を排出なさっている名家的な姓もありますけれども。
魔族にも、そういった下の名前以外で人物を特定するような文化はあるのでございましょうか?
ちなみに無いのであればこのお話は終わりですの。
これ以上枝葉を広げられませんもの。
「そっか、姓か……。言われてみれば私も聞いたことないかも」
スピカさんが小首を傾げながらもお続けなさいます。
「っていうか魔族にも家や名字の概念ってあるのかな――」
「――そりゃあモチロンあるに決まってるわよ。つーかむしろ、魔族の保守派の連中こそ血筋と家柄に縛られてんのが常なのよ」
「あ、噂をすればのミントさんおかえり」
「ハイただいま。何? アタシの話題?」
ええ、そうですの。
ミントさんのお話をしておりましたの。
ナイスなタイミングにお戻りになりましたわね。
振り返って見てみれば、焚き火を挟むようにして談笑していた私たちの背後に、口をへの字に結んだミントさんがすんと立っていらっしゃったのです。
「ったく。イヤなこと思い出させないでちょうだい。ホント、長命種に有るまじき面倒くささなのよ。己の人生にずーっとくっ付いてくるんだもの」
「孤児の私には想像もできませんのー」
音も気配もなく忍び寄るとはさすがミントさんなのです。全然気が付きませんでしたの。
彼女は極自然な動作で私たちの間に腰掛けなさいます。
乙女とは思えないほど堂々とあぐらをかいていらっしゃいますの。
残念ながらミントさんは彼女の尻尾と同じようなすべすべ系の黒タイツをご愛用なさっておりますゆえに、お股のパンがチラりなどはしませんけれども。
お手に持っていた枯れ木をポイっと焚べて、改めて私たちの顔を一瞥なさいました。
「ま、アタシの話はひとまず置いといて、よ。早速だけど散歩の結果報告をさせてもらおうかしら」
「ほい来た待ってましたのっ」
適当に話を逸らされてしまったような気もいたしますが、彼女のおっしゃるとおり、今回の寄り道の本質は各々の出自についてではなく、私たちの向かう旅路が今どの方向に続いているか、なのでございます。
わざわざ死と隣り合わせのキノコ洞窟を潜り抜けてきたんですからね。
それ相応の対価を得られませんと。
洞窟の出口付近には何があったのでしょうか。
やや期待に満ち溢れた目でミントさんを見つめてさしあげましたところ。
「とりあえず、ここからそう遠くない場所にエルフ族の集落を見つけられたわ。見張りの姿は特に見当たらなかったんだけど、チラホラと明かりは点いてたみたいだし、誰かしらは住んでるんじゃないかしら」
「そっかよかったぁ。これで集落の中がモヌケのカラだったらショックで寝込んじゃってたよ」
「ですのですのっ。住人の方に、次の集落への道順を教えてもらえるといいですわね」
「ついでに神聖都市セイクリットまでの近道もね。道に迷ってる時間ももったいないからさ」
どうか骨折り損のくたびれ儲けだけは勘弁してくださいまし。
行きはヨイヨイ帰りは怖い、なんて言葉もこの世には存在しておりますが、せっかく苦労してここまで足を運んできたのです。
せめて大森林の後半くらいはヨイヨイを体験させていただいてもバチは当たらないかと思いますけれども。
「アタシが思うに、情報が得られるかどうかは交渉の腕次第だと思うわね。少なくとも今のアタシらは、エルフ族に対して良い揺すり武器を握ってるわけでしょ?」
「ネタですの?」
「そう。洞窟を占領していた毒キノコ亀モグラを討伐してやったっていう、今一番ホットなネタよ」
「「ッ!」」
二人して息を呑んでしまいました。
ミントさんのターンはまだまだ続きます。
「とはいえ今選べる選択肢は二つよ。今ある武器を片手にさっさと目先の集落に足を運んでみるか、それとも先にキチンと洞窟内を綺麗さっぱりに浄化しておいて、更に恩を売る材料を得ておくべきか」
「それなら私は断然後者を推させていたたきますのっ」
あくまで勇者パーティのお調子者役としてではなく、人々を正しき道に導く聖女としての意見を率直に述べさせていただければと思います。
真面目なお話をいたしますけれども、どうかリラックスしたままでお聞きくださいまし。




