あのキノコ亀モグラのお腹にさ、こんなモノがくっ付いてたんだよね
それからしばらく、私たちはジッと動かずに隅のほうで休んでおりましたの。
その間ずっと、両手を駆使してお二人に癒しの光を照射し続けていたのでございます。
おかげさまで私もフラフラ寸前ですの。
こんなところで倒れるわけにいきませんけれども。
「……おっけ、だいぶ楽になったかも。やっぱりリリアちゃんの魔法はスゴいや」
「洞窟から出たら内も外もまるっと洗浄魔法を施してさしあげますゆえに。それと、回復するには栄養をたくさん摂ることも大事なんですからねっ」
「あっはは……当分の間はキノコ料理は遠慮したいかな。正直、今は見るのも勘弁かも」
「そんなご冗談を吐けるなら大丈夫そうですわね」
でも、スピカさんもミントさんも大事には至らなくて本当によかった、ですの……!
治療の間も一応はチラチラと振り向いて亀モグラを気にしてみましたが、あれから一度もピクリとも動く気配はありませんでした。
本当の本当に倒せたのでございましょう。
いやはやご苦労様でございました。
お二人をウンと労ってさしあげたい気分です。
洞窟から出たらご馳走パーティを開きますの!
せっかくですからお肉も解禁しちゃいますの!
今回ばかりはさすがの女神様も許してくださるとは思いますけれども、何にせよまずはお肉の調達から考えねばなりませ……いえ、ふぅむ。
……もしかしたらトンデモないご提案なのかもしれませんけれどもー。
あの亀モグラって実は美味しく食べられたりとかは――あ、いえ、嘘ですのさすがに冗談でしてよ。
ただでさえあの亀は殺人眠りキノコの胞子を扱う魔物なのです。
未知の毒とか持っていたらイヤですし。
確かめようにも身を以って体験するしかないのです。
おそらくアレは大森林の固有種でしょうから、研究もあまり進んでいないにちがいありませんの。
ともなりますと、ふぅむ……。
ここは一つ、ギルドの方々に鑑定を依頼しておくというのも優良な手ではありませんでして……?
いや、嘘ですの。
やっぱりこちらも無しの捨て案ですの。
あの巨体を運んで森の中を進むというのは悪手でしかありませんでしょう?
さすがに収納鞄にも入りませんし。
まぁ、仕方ありませんわね。
ここに置いていくしかありませんか。
周りもキチンと浄化しておいて、殺人キノコの菌床にもなり得ないようにいたしましょう。
聖職者らしくキチンと弔ってさしあげますの。
ともなりますと、やはり、まだまだ気を失うわけにはいきませんわね。
やらねばならぬことが山積みなんですの。
まったくもうっ。忙しい限りでっ。
「あっと。それはそうと、なんだけどさ」
「……ふぅむ?」
私が独り物思いに耽っておりました、その刹那のことでございました。
お隣で三角座りをしたまま休んでいらっしゃるスピカさんが、ある意味今日一番に神妙な面持ちで、ゴソゴソと腰の辺りを漁り始めたのでございます。
どうやら何かを取り出そうとなさっているようですの。
「実はさ。あのキノコ亀モグラのお腹にさ、こんなモノがくっ付いてたんだよね。ちょっと気になったから途中で剥がしてみたんだ」
彼女がご掲示なさったのは、一枚のボロボロの紙切れでございましたの。
元から年季が入っているモノのようですが、戦闘の最中に剣撃の餌食になったのか、端のほうはもうビリビリに破れ裂けてしまっております。
手に取って確認してみますと、掠れてところどころが読めなくなっていましたが、文章も刻まれているようでしたの。
私、こちらの品に関しては修道院時代に幾度となく携わってまいりました。
実際に自ら作った経験さえもございます。
「こちらはいわゆる〝護符〟の類いかと思われますの」
「護符?」
「ええ。見たところ女神教の祝詞が刻まれているようですし。だいぶ簡素で粗雑な造りですけれども」
字面を追ってみた限りでは、女神様への敬意が感じられない、あくまで実直な文章の羅列でしたの。
ただ純粋に効果だけを追い求めたような……ふぅむ。
ある種の気持ち悪ささえ感じてしまうのです。
「あー、やっぱりそういう感じのヤツ? もしかしたらリリアちゃんなら分かるかなぁって思ってさ。そっかぁビンゴだったかぁ」
刻まれた記号と祝詞の内容から判断するに、効果は極めて薄いモノでしょうが、こんな紙切れ一枚でも聖なる力を宿すキッカケにはなると思われますの。
しかしながら護符は基本的には魔除けやお守りに使われる程度の役割でしかありません。
正直、今はもうその場で詠唱して結界魔法を付与する形のほうが一般的になってきておりますゆえに。
術式をモノの形に留めておく必要性がほとんど無くなってきているんですのよね。
作成コストに効果が見合わないのでございます。
念のために裏面も確認してみましたが、特に制作者の名前等は刻まれておりませんでした。
女神教の布教活動の一環で、街の家々を巡って護符をお配りすることも何度かありましたが、そういうときは決まって修道院名を入れることが決まりになっておりましたの。
出所をキチンと管理しておかないと、悪徳な転売に利用されたりする可能性もありますからね。
ともなりますと、この護符はいわゆるモグリか非正規のものということに他なりませんの……っ!
「でも、何故にこんな護符が、亀モグラのお腹なんかに……?」
「そうそう。そこが謎なんだよねぇ」
もしや私の浄化魔法が亀本体には効かなかったのは、この護符の存在が大きく影響していたのではございませんでしょうか。
浄化魔法も女神教の護符も、チカラの出所としては全て同じ〝女神さまへの祈り〟を起源とするモノですの。
ゆえに聖なる魔法では、聖なる加護を受けているモノを浄化することはできないのでございます……!
ふぅむ、なるほど、ですの。
我ながら妙に納得してしまいましたの。
いやいや、しかしながら、でーすのっ!
一方で新たな疑問が生まれてしまったのもまた事実なのでございます。
自然と小首を傾げてしまいます。
「……ハァ。どこにあったってアタシは構わないけど。偶然貼り付いていただけなのか。それとも人為的に貼られてあったのか。問題にすべきはそこじゃないのかしら」
腑抜けた私たちに喝を入れるかのように、ミントさんも会話に参加してくださいましたの。
「そっか、そっちの線も考えられるのか」
「魔物のお腹に、わざわざ女神教の護符を……?」
例え、万が一にもそうであったとして。
誰が何故にそんな奇怪なことを行うんですの?
あんな殺人キノコの繁殖胞子を撒き散らすだけの亀モグラに聖なる力への耐性を持たせてしまうだなんて、そんな愚の骨頂に至るメリットがあるのでしょうか。
ついつい無言になってしまいましたが、そんな私を見かねてなのでしょうか、ミントさんが更に続けてくださいましたの。