ぐぎゅるるるぅぅ、と
洞穴は少しずつ地下へとくだる形になっておりました。
どうやらやんわりと螺旋の軌道を描いているらしく、既に後ろを振り返っても外の明るさが分からないくらいの地点にまで潜りましたの。
まだまだ先が続いていそうな気はいたしますが、果たしてここまで長い一本道にするメリットはあったのでしょうか。
落盤など起きてしまえばそれそこ一貫の終わりでしょうし、もしくは他にも同じような出入り口がいくつか存在していて、ここはハズレの入り口だったのかも……?
もう少し奥のほうにまで行ってみたら分かりますかしら。
しかしながら、道すがら気付いたこともございますの。
「あの、何だか最初のほうよりも道幅が広くなってきたような気がしませんこと……?」
微かなボソボソ声で話しかけてさしあげます。
縦幅的に屈まなければならないのは相変わらずではございますが、横幅についてはだいぶ余裕が出てまいりましたの。
この調子であれば私ご自慢のお胸やお尻がつっかえる心配もありませんでしょう。
壁の精巧さもそうですが、地面のほうも綺麗に踏み固められているようでして、入り口のほうよりもだいぶ歩きやすくなっているのでございます。
「あー、やっぱりリリアちゃんもそう思う? これくらいのスペースがあれば戦闘になっても何とかなるかもね」
なるほど確かに貴女は短剣使いですものね。
狭い場所では長物使いは圧倒的に不利でしたの。
武器も何も持ってない私には関係のないお話ですけれども。
刃物を扱うのは言わずもがな、拳で殴るというのも乙女的ではありませんし。
聖女はお祈りこそがお仕事であり役目なのでございます。
「それとさ。ちょっとの間だけでいいから頭の上の光弱めてみてもらってもいい? もし調節が大変そうなら消しちゃっても構わないくらい」
「ふぅむ? 別にそれくらいお安いご用ですけれども」
ご心配なさらずと光量の調整くらいは容易にできますの。
でも、既に入り口からはかなり遠ざかっておりますゆえに、この灯りを消したら完全な真っ暗闇になってしまいましてよ?
それでもよろしくて?
私、さすがに何も見えなくなるのは怖いですの。
あと危険すぎますの。ここは魔物の巣なのですから。
以上の理由から光を弱めるのはあくまでうっすらとお互いの顔が認識できるか否か、程度にまで留めさせていただきます。
指を左右に振って、光に向けてお祈りいたしますの。
それではこんな感じでいかがでして?
曇天時の夕空よりも暗くなりましてよ。
辛うじてそこにスピカさんがいらっしゃるのが分かるくらいの明るさです。顔色やご表情については全く分かりませんの。
いえ、正確には。
そうしたはずでしたのに、見えてしまいましたの。
「ありがと。っていうのもね。気のせいじゃなかったらさ……ほら、奥のほうが微妙に明るくなってない?」
「むむ。言われてみれば確かに」
ホントにやんわりとでしたが、向かう先の壁から壁を反射して、光球とはまた異なる別の光がこちら側へと届いているみたいなんですの。
まさかこんな地下深くに都合よく光を発するモノが自生しているわけもありませんし。
ということは、ですの。
「もしかしたら終点が近いのかもしれないよ。それに、奥に私たち以外の灯りが存在してるってことは」
「そこに何者かが居るかもしれないってことですわね」
「ご明察」
私の回答に、表情こそはよく見えませんでしたが、微かな影の動きでスピカさんが頷いたのが確認できました。
それではここから先は暗すぎず、かといって明るすぎもせず、そんな絶妙な光度の中で精密かつ隠密な行動を心掛ける必要がありますわよね。
再び指先をクイっと動かして光球を調節いたします。
そうしてスピカさんの頭上に貼り付けた光球を、あくまで私たちの周囲だけを、強いていうなら足元だけを照らし出せる程度の神がかり的な具合にしてさしあげました。
光魔法は私の十八番ですからね。
見くびってもらっちゃ困りますの。
「……よし。それじゃ気を引き締めて行こうか」
「おっけですの。ゴールは近いですのっ」
スピカさんがより一層に足音を立てずに歩き始めなさいました。いわゆる抜き足差し足忍び足というモノです。
彼女はれっきとした勇者様ではございますが、盗賊や狩人のような隠密役的な技能も身に付けていらっしゃるのでしょう。
むしろ一通りの基本剣術や体術を身に付けていらっしゃるといっても過言ではないはずです。
ホントに抜け目ないですわよね。スピカさん。
だからこそ私、安心して背中もお腹も預けられますの。
むしろお腹を預けすぎてお腹が空いてきましたの。
そういえば今日はかなりの早起きをしたことですし。
昨日の夜ご飯など、おかわり分も含めてとっくの昔に消化し終えておりますしっ。
意識をし始めてしまっては、もう止められません。
――それはもう、ぐぎゅるるるぅぅ、と。
途端にお腹の虫が騒ぎ始めたのでございます。
「……リリアちゃん? 頼むから静かにね。こんな狭い通路の中じゃあ何十倍にも反響しちゃうから。この洞穴の探索終わったら休憩にするから、それまでは我慢してよね……っ」
「うぅっ。せめて朝ごはんを食べてくればこんな何もない場所で危惧も杞憂もせずに済んだものを……あ、ごめんなさいまし。また鳴っちゃいますの。全然止む気がしませんの」
ふぅむぅ。あっちゃー。
完全に通路に響き渡っちゃっておりますわね。
さすがの私でも恥ずかしいのです。
もしこの音が洞穴の持ち主にまで届いてしまって、私たちの侵入がバレてしまったりなんて、まさかそんなことは……。
あら……? それにしても、何なのでしょうか。
遠くから微かに聞こえてくるこの慌ただしげな音は。
まるで複数人の足音が徐々に近付いてきているような……?