いやいや待ち待ち、おっとっと、ですの
「はじめに、我々が同行するのはここを出てから次の集落へ到着するまでの間だけだ。大森林の端から端までを付き添うわけではない」
「はえっ!?」
限定的ってそういう意味ですの!?
それって問題を先延ばしにするのとほぼ同義なのではございませんことっ!?
もちろんここで足止めを喰らうよりは少しでも前に進めるだけありがたいですけれども。
向かう先の集落でも私たちに協力していただける方が見つからなかったらどういたしましょう。
ある意味ではもっと厳しい条件で、森のど真ん中に放置されるのも等しい状態になってしまいませんでして!?
で、でも……。
吉と出るか凶と出るかはそのときになってみないと分からないわけですしぃ。
今ここで怖気付いてしまってはそれこそ時間だけが無駄に経ってしまうに等しいわけですしぃ。
ほんのり口を結んだまま、白髪のエルフ族さんを見つめてさしあげますと、何かを思い付いたように平手にポンと拳を打ちつけなさいましたの。
顔色から察するに、別に妙案というわけでなさそうです。
むしろ追加の情報を補足する感じでしたの。
「あとは〜そうですねぇ〜。最低限の衣食住の面倒は見てあげますけど〜、掛かった費用は全てアナタ方持ちで、という細かな条件もあったりします〜」
「うぅ……まぁ、旅費も含めてお支払いするのは雇う側の常識ですものね」
「もちろん別に法外な額を請求する気はありませんのでご安心を〜。ヒト族のお金って、そもそも大森林の中だとほとんど使い道がないのでぇ〜。その代わりに食糧の調達とかもガッツリ手伝ってもらいますよ〜?」
ふ、ふぅむぅ。
要約すると道案内の代金以外にも諸々の対価が必要になるってことですわよね。
けれども森の中での上手な過ごし方を教わるチャンスでもありますの。
ちょっとお高めの護衛役兼お世話役をお雇いするようなモノと考えれば分かりやすいでしょうか。
戦闘力については何の文句もないのです。
野生生物に襲われても何とかしてくださるはずですの。
実際、私たちの森の中でのサバイバル技術は、所詮付け焼き刃に毛が生えたようなモノでしかありませんし。
お金で目先の安全と未来の安心を買えると思えば、案外そこまで高い買い物でもないのかもしれません。
今後に待ち受けているであろう長い長い野宿の日々を思えば、むしろかなりの好条件な気がしてきませんこと……っ!?
いやいや待ち待ち、おっとっと、ですの。
これは私だけで決めていいコトではありません。
私とスピカさんの両者で決めるべき大切な事案なんですの。
ついつい二つ返事でよろしくお願いいたしますと言いそうになってしまいましたが、すんでのところで言葉を呑み込んでおきます。
そのままスピカさんに軽くアイコンタクトを向けてさしあげましたの。
わりとすぐに気付いてくださいました。
「幸いにも、今の私たちはお金にそこそこ余裕があるよね。潤沢にあるわけでもないんだけどさ。
始めのうちから贅沢に使いすぎて、大森林のド真ん中で一文無しにでもなっちゃったらそれこそホントのサバイバルが始まっちゃうだろうし。
……かといって森に入ってからまだ間もない今に、イチから手探りで進んでいこうとするのも、かなり効率が悪いよなぁ……って思うよ」
「同感ですの。まったく異論はありませんの」
「……エルフ族さん方の金銭感覚に委ねるのは結構怖いんだけどさ。正直、今はお世話になっておいたほうが何かとメリットが大きいかなって」
「おっけですの。私はスピカさんのご意見を全面的に尊重いたしますの」
どのみち重度の方向音痴を煩う私には、スピカさんにご迷惑をお掛けする未来しかないのでございます。
ただの街中で迷えるような人間が、どうして森の中でまっすぐに歩けるというのでございましょうか。
叶うならリスクは少ないほうがいいですの。
私は、お金で安全と安心を買いたいですの。
実際に言葉にはいたしませんが、とんでもなくミントさん様々な状況になってしまいましたわね。
彼女から嘘護衛の報奨金をいただけていなかったら、今はもっとずっと金銭不足に頭を抱えていたかもしれません。
お金があるからこそ、未来を選べるのです。
それにトレディアの街で武器を新調しなかったのも大きな転機になったかと思います。
やはり手元にお金があって困ることはありませんの。
今回、しみじみと痛感いたしましてよ……っ!
お互いの意思確認を終えましたの。
改めてスピカさんと目を合わせて、そしてほぼ二人同時に頷かせていただきます。
文言は既に決まっておりますのっ!
「「是非ともよろしくお願いいたしますっ!」」
ぺこりと綺麗な一礼を見せてさしあげます。
今ここに、女性エルフ族さんお二人の雇用契約が成立したのでございますっ!
で、ではっ。とりあえず夜逃げされないように今のうちに前金をお支払いしておくべきでしょうか?
それとも今直接お渡ししたら邪魔になってしまいまして?
完遂時に上乗せしておけばいいんですのっ!?
ふぅむ。
勝手が分からないからかなり大変ですの。
もっと街中で勉強しておけばよかったですわね。
それどころか聖道教育のイチ課程に含めたほうがいいまであると断言できちゃうかもしれません。
単にお空の女神様にお祈りを込めるだけでなく、もっとこう……世の中の修道院は人々に生きていくための術を教説していったほうがよろしいとさえ思ってしまいましたの。
困ったときの神頼みだけでは、本当にどうしようもないときに、文字通りどうしようもできなくなってしまいますでしょう!?
……ああ、なるほど。
そんな迷える民々を導いてさしあげるのも聖女のお役目ってことなのでしょうか。
日々、成長と試練の繰り返しですものわね。
苦悩とストレスの向こう側に境地はありますの。
……ふぅむ。まったく。
女神様の好きそうなシナリオですこと。
結局は彼女の手のひらの上ってことですの。
きっとお空から私のことをご監視なさりつつ、ククッとほくそ笑まれていらっしゃるんでしょうねっ。




