チョウ・チン……コゥ……えっと
近くから見る穴の中はホントに暗闇に近くて、鬱蒼とした森の中よりも更に暗くて不気味で、ついつい臆してしまいそうになってしまいます。
任務や慈善活動の一環でなければ絶対に足を踏み入れないようなトコロですの。
女神危うきに何とやら、という言葉も言いますし。
基本的に自信満々な私だって、恐れや不安といった当たり前の負の感情は有しているのでございます。
無謀なコトと挑戦的なコトは全くの別物ですの。クレバー担当の聖女でいきたいんですのっ。
「ま、しゃーなしですわね。さすがに真っ暗闇の中を突き進むわけにもまいりませんし、先導の灯り役は私が努めてさしあげましてよ。ほいっとな」
人差し指で宙に円を描いていきます。
ついでに女神様への祈りも込めますの。
どうかアナタのご加護によって、私たちの未来に明るい導きをお与えくださいまし、と。
簡易な祈りでおっけーなのでございます。
気分で文言を変えたりもいたします。
女神様に伝わればよろしいのです。あくまで魔法を行使する際の、記号的なモノでしかありませんし。
私の指になぞられたその空間が次第にじんわりとした光を帯びていって、やがてはピカピカした光球に変化いたします。
目の前にふよふよと浮かんでおりますの。
こちら、私の念じ具合によって多少は右に左にと移動させることも可能です。
さすがに身体から離しすぎると制御不能になって霧散してしまいますけれども。
もちろんカッコいい詠唱を伴ったほうが大きさも輝度も高くできるのですが、このじんわり発光程度が手軽で使い勝手がよろしいのでございます。
とりあえず私の頭の上に乗っけておきます。
そういえばこんなお魚いらっしゃいましたよね。
チョウ・チン……コゥ……えっと、あれ、何でしたっけ。ド忘れしてしまいましたの。
というわけで周囲を明るく照らす用の光球を魔法によって生成させていただきました。
柔らかな光に照らされる私の姿を見て、早速ながらスピカさんが感嘆の息をお零しなさいます。
ふっふんっ。
神々しさにひれ伏しなさいまし。
「ホント魔法って便利だよね。松明とか蝋燭立てとか持ち歩く必要無いんだもの。いいなぁ」
「光とは道の導きを表すモノ……この辺りは特に女神様の専売特許ですからね。
でも、すべての人が皆平等にこの光を扱えたら、もっと暮らしも豊かになると思いますの。
どうして女神様は魔法に対して才能や適性を求められたのでございましょう。甚だ疑問でしかありません」
「うーん。信仰心の度合いとか?」
「そうであればスピカさんだって扱えてもいいと思いましてよ? 敬虔な信徒さんですもの」
言ってしまえばどこの誰よりも女神様の存在を信じていらっしゃいますものね。
むしろ生臭聖女な私なんかよりもずっと純度の高い祈りを込められているかと思います。
女神様の考えていることは分かりません。
美人で包容力があって慈愛に満ち溢れている……聖典の中にはそんな美辞で麗句な説明が刻まれていたかと思います。
側から見ていれば同じ女性として憧れてしまうのも無理はありませんでしょう。
聖女である私は自分の見た目に絶対的な自信を持っておりますゆえにっ、全然気にも留めておりませんけれどもっ。
「それじゃ中に進みますわね。イヤな予感を感じたときは、私の股の間を潜って、出来るだけ背中を擦り付けながら素早く入れ替わってくださいまし」
「おっけ分かったよ――ってそれ、私のほうに光球をくっ付けて、リリアちゃんが後ろを歩くだけで済むよね!?」
「ふっ。さすがは賢いスピカさんですわね。真理に気付いてしまいましたか。よろしいですの。そこまで仰るのならその通りにして差し上げてもよろしくってよ」
残念ですの。辱め作戦失敗ですの。
素直にスピカさんの頭の上に光球を紐付けてさしあげます。
……うっ。身長差のせいでダイレクトに眩しい光が目に突き刺さりますわね。
詠唱無し版にしておいて正解でした。
これ以上のモノでは光が強すぎて逆に歩けなくなっていたはずです。
ごくりと息を呑み込み直しまして、列になって洞穴のほうに足を踏み入れてまいります。
さすがのスピカさんも差し足抜き足忍び足な進み方ですの。小さいはずの足音が一つ一つ壁に反響し合って、独特な重厚感を響かせております。
どうやら入り口からすぐの辺りは木の洞的な空間だったのですが、進んでいくうちにだんだんと土混じりになってきましたの。
明らかに自然に発生した穴ではございません。
よーく目を凝らして見てみれば、壁の表面が細かく塗り固められているのでございます。
「……何だかその道の匠の仕事を感じますの。丹精と熱意が込められておりますの。決して、ヤッツケ仕事で行われた処置ではないような……」
恐る恐る壁面に触れてみると、ビックリするくらいに滑らかな仕上がりになっているのです。
単なる土というより、漆喰やモルタルのような、人工的な塗装材をうっすらと混ぜ込んであるかのような感じでしょうか。
その道のプロではありませんから詳しくは言えませんけれども、何か手の込んだひと工夫が成されているのは間違いないのでございます。
「多分コレ、元の木を傷付けないように、丁寧に丁寧に処理されてる感じだよね。ただの魔物がこんな加工できるのかな……」
「もしかしたら、ただの私たちと同じように、とんでもない職人気質な魔物さんがいらっしゃるのかもしれませんわね」
「そんな精巧なコトが出来るヤツがいるとしたら……罠とかあったら大変だよね。気を付けて進もう」
確かに。ここまで綺麗な造りになっていると、他に何が隠されていてもおかしくはありません。
気を引き締めさせていただきますの。
変わらず前屈みの姿勢は崩さないまま、可能な限りきょろきょろと辺りを気にしながら進んでまいります。
握りしめた拳にも思わずより一層の力が入ってしまいますの。