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俺のカラダを返せ!  作者: 道化師ピエロ
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第5話 俺達が居た世界

 風呂場で柊の髪を洗い終わった楓は、その髪をドライヤーで乾かしてやると、今度は自分の部屋へ連れて行って洋服を選ぶ。エルフの少女が元々着ていた洋服は、向こうの基準で言えば高級品の部類だ。しかし、デザイン的には日本の洋服とは異なるので、アニメのコスプレのような感じがしてしまう。これから買い物に出掛けるのには、ちょっと不向きだ。

 柊の顔の造形は肌の色が白いことを除けば日本人に近いのだが、違うのは耳の形と瞳の色だろうか。あまり目立たないように金髪の長い髪を左右に分けて、耳を隠すようにして前に垂らした。下手に帽子を被ると耳が出てしまうので、後は伊達メガネだけにしておいた。


「出来れば、ジーパンとかの方がいいんだけどな」

「煩いわね。人の服、借りといて偉そうなこと言うんじゃないわよ」


 柊はフリルの付いた可愛らしい洋服を着せられて、少しばかり不満げな様子だ。

 楓は女性としては背が高い方なので、今の柊にサイズの合う洋服は、小学生の頃に着ていた物になってしまう。クローゼットの奥の方にあった衣装ケースを引っ張り出して、柊に一番似合いそうな物を選んだ。世話の焼ける妹の面倒を見ているような気分で楓としては内心楽しんでいるのだが、それを顔に出さないようにしていた。

 同じ日に生まれたのに、どうして自分が妹なのかと思ったことがある。優秀な兄と、そこそこの妹。二人を知っている人は、きっとそう思っていただろう。その優秀な兄も、今では自分で髪も洗えない女の子だ。ジュニアサイズの洋服が着れてしまうくらい小柄で見た目が幼いのだから、純粋に可愛いと思っていた。



 自宅を出てコミュニティバスに乗ると、繁華街へと向かう。今時、日本人でも金髪に染めている人は居るので、柊が特に浮いているということはない。ただ、目立たないように気を使ったつもりでも、その美しい顔は隠し切れていない。チラチラと向けられる視線は、どうしようもない。

 買い物の主導権は楓にあり、取り敢えずはデパートで必要な物を買い揃えてから商店街へ行くつもりだった。

 まず最初に行ったのは下着売場で、楓は柊が身に着けている時代錯誤な下着が気に入らなかった。向こうの世界へ行っても下着なんて人に見せる物じゃないから、こちらの世界の物で構わないだろうと思っていた。


「Cカップで大丈夫だね」


 フィッティングルームに楓も入って、ブラの着け方を教えていた。柊は乳房を寄せて上げられると、妙に恥ずかしくなって顔が赤くなる。それを見て、また楓は楽しんでいた。


「カップ数って、何が基準なんだ?」

「トップとアンダーの差だよ。そんなことも知らないの?」

「そんなこと俺が知ってたら、気持ち悪くないか?」

「別に」


 下着は楓の分と柊の分をそれぞれ数枚ずつ買うと、次は薬局へ生理用品を買いに行く。


「生理痛って、どれくらい痛いのかな?」

「個人差があるからね。その内、分かるよ。一ヶ月以内にね」

「女の子って大変だな」


 生理用品はナプキンとタンポン、それに痛み止めの薬を大量に買い込んだ。これも使い方を教えておかないといけないなと楓は思っていた。

 そして次はキャンプ用品を見に行った。これに関しては二人は知識がないので、何が必要なのかはよく分からない。店内を見て回って、方位磁石や万能ナイフ、ランタンに寝袋などの役に立ちそうな物を買っておいた。


 デパートで一通りの買い物を済ませると、今度は向こうの世界で売り捌く物を仕入れるために商店街へと向かった。今度は暫く帰って来れないのだから、それなりに活動資金が必要だ。これまでに稼いだ金額でも数ヶ月は遊んで暮らせそうだが、終わりの見えない旅だ。多いに越したことはない。

 両側に専門店が並ぶマニアックな商店街を歩いていると、不意に風が吹いて柊の周りを一周回った。


(こっちの世界に、精霊も連れて来てしまったな…)


 エルフの少女に精霊が同行していると言われた時に、柊にはそれがどんな形態なのか分からなかった。そんなことを言われても見えていないのだから、幽霊のようなものかと思っていた。それは当たらずとも遠からずで、実態のない空気のような存在らしい。

 精霊に自我があるのかどうか知らないが、見知らぬ世界に連れて来られて、不安に感じているのかもしれない。すぐに向こうの世界へ戻るから心配ないと伝えたいのだが、その方法が分からない。


「柊、どうかしたの?」


 立ち止まって物思いに(ふけ)る柊に、楓が声を掛けた。


「いや、何でもない」


 何事もなかったように、柊は楓と共に商店街を歩いて行く。

 この辺りは夏場のイベントでコスプレのパレードが行われるので、大型の手芸専門店では衣装作りのための布地が豊富に売られている。布地は向こうの世界では需要が高いので、特にこちらの世界の物でなくても良く売れる。

 食器に比べると値段に幅があり、その価値は素材だけでなく染め方でも違う。その基準が二人には今一つ分からないから、博打のようで今迄は控えめに持ち込むだけだった。

 でも、今回は旅の資金として出来る限り多くの金額を稼ぎたい。食器は重量が嵩むために、大量には持ち込めない。だから、軽量でコストパフォーマンスの良い布地を持てるだけ買い漁っていた。


 この時点で荷物を入れるために持って来たリュックは、二人分が一杯になっていた。更に稼ぐために、向こうの世界では貴重な物を買い集めるつもりだ。

 荷物が多くなる前に、二人は昼食を取るためにハンバーガーのチェーン店に入った。もしかしたらこれが、こちらの世界での最後の食事になるかもしれない。そう思うと、もっと好きな物を食べても良かったのだが、既にかなりの貯金を使っている。こちら側では、あまり贅沢は出来なかった。

 さすがに人の集まる場所では、柊は他の客からチラチラ見られている。それは好奇の視線ではなく、美しい少女を愛でたいという同性からの視線だ。

 柊は男だった時もモテていたから、女性からの視線には慣れているのだろう。それほど気にしている様子はない。


「着替えも必要だけど、現地調達するしかないよね。長期滞在するんだから、あんまり奇抜な格好してても目立っちゃうし。柊の洋服は、私が選んであげるからね」


 まるで観光地へ旅行にでも行くような楓の口振りに、柊はちょっと不安になる。


「緊張感ないな。本当に大丈夫か?」

「大丈夫じゃないけど、やるしかないでしょう。言っとくけど、ブレスレットは私の物だからね。出し抜いて一人で行くなんて、絶対に許さないから」


 やっぱり双子だけあって、柊の考えはお見通しだ。もう、一人で行くのは不可能に近いだろう。でも、ホッとした面もある。女の子の体になってしまって、どうして良いのか分からないことが数々ある。楓が居てくれたお陰で、どれほど助かったことか。


「分かったよ。置いて行ったりはしないから」

「今の柊なんて、私が居ないと何も出来ないくせに、偉そうなこと考えてるんじゃないわよ」

「だから、一人では行かないって」

「お願いだから、私を一人にしないでよね」

「だから…え?」

「私を一人にしないでって言ったのよ。何回も言わせるんじゃないわよ」


 それは、自分を置いて行くなという意味だけではなかった。向こうの世界へ行けば命を狙われている。絶対に一人だけで死んではいけない。そんな意味も込められていた。


「ああ、約束するよ」


 ハンバーガーを食べ終わると店を出て、再び向こうの世界で売り捌く物を買い集める。トートバッグを二つ持って来たが、更に二つ買い足した。

 陶器は高く売れるので、あまり重たくならない程度に買っておく。他にも革製品や金属製の物が高く売れる。ただし、アルミやチタンなどの軽い金属は向こうの文明レベルではまだ存在していないから、持ち込むと時代にそぐわないオーパーツになってしまうだろう。その辺は一応、気を使っていた。


 二人が帰宅した時には、それぞれがリュックと両手にトートバッグを抱えていた。これほどの荷物を今迄、一度に向こうの世界へ持ち込んだことはない。

 リビングで荷物を整理していると、柊の背中に楓が抱き付いて来た。柊の方が体が小さいので抱え込んでいるような状態だが、そのまま二人は動かなかった。


「お願い。約束してほしいことがあるの」

「それはもう、約束しただろう。楓を一人にしないって」

「もう一つ、お願いがあるの。期限を決めて、それまでに体を取り戻せなかったら、諦めてこっちの世界で暮らそうよ。約束してくれないなら、今ここでガラス玉を叩き壊して、二度と向こうの世界へは行けなくするから」


 そのことは柊も考えていた。楓も一緒に連れて行くと決めたからには、いつまでも向こうの世界に居る訳には行かないだろう。エルフになってしまった自分とは違って、楓にはこちらの世界での未来がある。


「分かった。向こうの時間で一年だ。それを過ぎたら、こっちへ戻るよ。それでいいだろう?」


 向こうの時間でと言ったのは、向こうの世界とこちらの世界では時間の長さが異なるからだ。向こうの方が時間の経過が早いために長く滞在するほど、こちらの時間は割合としては短くなる。一年という歳月が、こちらの世界ではどれくらいの長さになるのか見当もつかなかった。


「うん、約束だからね。私は柊が男でもエルフでも構わないから。柊が居てくれるだけでいいから」

「心配するな。俺は楓を残して、一人で逝ったりはしないから」


 楓が目をこすりながら体を離して柊は振り向いたが、既に反対側を向いて顔は見えなかった。

 荷物の整理が終わると、柊はエルフの少女が元々着ていた洋服に、楓は向こうの世界で活動するために以前に現地調達した服に着替える。柊はエルフの少女がやっていたように、腰の後ろ側に剣を差した。

 荷物はそれぞれがリュックを担いで、トートバッグを二つずつ持っている。かなりの重量だが、余計な荷物はすぐに売り捌いてリュックだけになる筈だ。

 楓は壁に向かって、左腕を突き出した。


「新しい世界への扉を開けて!」


 ブレスレットから光の輪が発せられて、壁に洞窟のような穴が開いた。


「これが最後の異世界の旅だな」


 そう言って柊はトートバッグを肩に掛けると、片手を差し出した。


「絶対に二人で戻って来ようね」


 楓は差し出された手を、しっかりと握った。

 そして二人が洞窟のような穴の中へ飛び込んだ瞬間、ブレスレットの二つあるガラス玉が一つだけを残して砕け散った。


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