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俺のカラダを返せ!  作者: 道化師ピエロ
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第4話 エルフのまま帰還

 本来、宿屋では泊まり客が食堂へ集まり、顔を合わせて食事をするものだ。それを女将が気を使って、部屋まで運んでくれた。食堂で他の泊まり客と一緒に食べると、少女が二人だけで泊まっていることが分かってしまうからだ。

 二人がこちらの世界と元の世界を行き来して、食器などを売り捌いていたのは城下町だった。あまり意識はしていなかったが、人の多い都会だから治安は良かったのかもしれない。こんな片田舎では警戒を怠ってはいけないのだと、身の引き締まる思いだ。

 泊まり客は浴室で会った男しか見ていないが、それほどガラの悪い人物には見えなかった。とは言え、見た目に騙されてはいけないということは、柊が身を持って体験している。


 夜中に柊がベッドで寝ていると、そこへ楓が潜り込んで来た。いくら双子だからと言っても、男女の違いがある。普段でも、一緒に寝るなんてことはなかった。しかも、パジャマの類いを持っていなかったので、二人は下着だけで寝ていた。直接肌が触れ合って、お互いの温もりを感じることが出来る。それが、安心感に繋がっているのかもしれない。


「柊が男のままだったら、こんなこと出来ないよね」


 確かにその通りだが、柊がエルフになって良かったと聞こえなくもない。


「楓は俺が、エルフのままの方がいいのか?」

「そうじゃない!そうじゃないけど…」


 そこまで言って楓は、柊の水色の瞳を見詰める。この美しいエルフの少女が柊と一つになった時には、憎らしいと思っていた。それが嫉妬なのかどうかは、自分でもよく分からない。ただ、柊に愛されてもいないのに、肉体的な関係を持つことが許せなかった。それが今では、愛しいとさえ思える。柊が男だった時よりも、ずっと身近に感じられた。


「柊は格好いいし、勉強できるし、スポーツできるし、女の子にモテるし、だんだん手が届かない人になって行くような気がして淋しかった」


 やはり母親が居なくなってから、淋しい想いをしていたんだなと思った。それは柊も同じなのだが、女の子にとって母親の存在は大きいのだろう。

 何か物音が聞こえて、柊は片手で楓の口を塞ぎ、もう片方の手で静かにするよう合図する。


 カチャカチャと音がするのは、鍵ではない物を鍵穴に入れて開けようとしているからだ。カチッと音がして鍵が開くと、今度はドアの隙間からナイフの刃先が差し込まれて(かんぬき)を外した。

 ゆっくりとドアが開くと、暗闇の中を男が侵入して来る。二つあるベッドの片方は人が寝ている様子はなく、もう片方には二人分の膨らみがあった。

 男はベッドにナイフを突き立てたが、まるで手応えがない。


「しまった!」


 その時にはもう、男の首筋に剣先が突き付けられていた。

 柊は窓から差し込む月明かりに照らされた男の顔を見て驚いた。それは浴室で声を掛けられた男だった。


「狙ってたのは、どっちだ?黒髪か、エルフか」

「エ、エルフの方だよ。俺はただ、化け物みたいな厳つい男に脅されてやったたけだ。断ったら、俺が殺されてたんだよ!」


(くそっ!命も狙われてるのか)


 一瞬の隙を突いて、男がナイフで剣を弾いて切り付ける。柊は後ろに下がりながら、剣を振り上げた。剣で戦ったことなどない柊は、闇雲に剣を振っただけだ。それが偶々(たまたま)なのか、見事にナイフを持つ男の手にヒットした。


 シュッ!


 大した手応えもなく、ナイフは床へ落ちた。そのナイフを握った男の手首と共に。

 一瞬だが、柊には精霊の声が聞こえたような気がした。


『私ハ、アナタヲ守リマス。私自身ノタメニ』


 あまりの切れ味に、手首を切り落とされたことすらも分からず、男は呆然とする。そして、凄まじい流血と共に、激痛が襲って来た。


「ぎゃあああああ!」


 床を転げ回る男を見て、柊はまずいことになったと思った。正当防衛だとしても、この大惨事を他の泊まり客が見たら、どう思うだろうか。


「楓!元の世界へ戻るぞ」


 部屋の隅で事の成り行きを見守っていた楓は、慌ててベッドや家具のない空間へ移動した。そこで左腕を壁に向かって突き出すと、そこにあるブレスレットに右手を乗せる。


「新しい世界への扉を開けて!」


 ブレスレットから光の輪が発せられて、壁へ向かって飛んで行く。光の輪が壁に当たると、ポッカリと穴が空いて、洞窟のような空間が現れた。

 その間に柊は剣を鞘に収めると、急いで手荷物や脱いだ服を掻き集めていた。


「柊!」


 楓が手を差し出すと、柊はその手を握る。そして二人は、洞窟のような空間の中へと飛び込んだ。

 その瞬間、楓のブレスレットに付いている三つのガラス玉の内の一つが砕け散った。


 * * *


 柊が目覚めたのは、ベッドの中だった。その寝覚めの悪さに、悶絶しながら目を開く。

 柊が体を奪われたのは妄想の世界での出来事で、元の世界へ戻れば何事もなかったように体も元に戻っているかもしれない。そんな淡い期待は見事に打ち砕かれた。食器などを持ち込んで売り捌いていたくらいだから、あの世界は物理的に存在している。世界を移動しても、何も変化は起きないということだ。

 部屋の中では、楓がドライヤーで髪を乾かしている。昨夜は元の世界に戻ってからも、またベッドの中に潜り込んで来て朝まで一緒に寝ていた。そして、早朝には抜け出して風呂へ入っていた。

 ベッドに潜り込んで来た時はまだキャミソールを着ていたから、それほど気にはならなかった。しかし、風呂上がりの今は、ブラとパンティだけだ。そんな妹の下着姿を見て興奮しようにも、それを示す体の一部がこの体には付いていない。


「自分の部屋でやれよ」

「いいじゃない、女同士なんだから」


 女は環境の変化に強い生き物だ。もう、すっかり姉妹だということにされている。中身が男だと分かっていても、見た目が少女なら恥ずかしくないのだろうか。

 楓はドライヤーを止めると、ベッドに両肘を突いて柊の顔を覗き込んだ。綺麗な水色の瞳が光を反射して、キラキラと輝いている。これがあの格好良かった柊だと思うと、ギュッと抱き締めて頬ずりしたくなる。

 このまま、こっちの世界でエルフの少女として生きてほしい。色々と問題はあるけれど、向こうの世界へ行っても命を狙われるだけだ。そう思って、昨夜はベッドへ潜り込んだ。しかし、柊の意志はもう決まっていた。残り一往復しか出来ないのだから、体を取り戻すまでは帰って来ないつもりだった。

 楓ももう覚悟を決めた。あの時、柊が一人だけなら逃げられた筈なのに、自分は逃げようともせずに見ているだけだった。こんなことになってしまったのは、自分に責任がある。だから、一人で行かせる訳には行かない。


「お父さんが帰って来る前に、買い物に行っておこうよ。暫く向こうへ行きっ放しになるんだから、下着とか生理用品とか用意したいし」

「生理用品…」

「エルフだって、生理くらいあるでしょう。妊娠してるなら、話しは別だけど。そうだ、妊娠してたら柊の子供ってことだよね」

「それはないから、大丈夫だ」

「どうして、そう言い切れるの?」


 透き通るような白い肌をしているので、柊の顔がうっすらと赤くなるのがすぐに分かる。


「イッてないんだね」

「ああ、多分そうだよ。途中で入れ替わったから、中で出されてないって言うか、そういう感覚ってあるだろう?」

「へえ、そうなんだ。精子って分かるくらい、ドバッて出て来るんだ」


 楓と性行為の話しをしても、噛み合わないようだ。彼氏が居たかどうかは知らないが、経験がないことは何となく分かる。

 妹と初体験の話しをする気にもなれずに、柊は体を起こしてベッドから出ていた。


「柊も、お風呂入れば?頭、洗ってあげるよ」


 確かに柊は、ウエストまである長い髪を持て余している。まとめ方や洗い方など、きちんと教えてもらった方が良いだろう。そのために楓は、下着姿のままでいたのだ。


「ああ、頼むよ」


 そのまま二人で、バスルームへと向かう。


 柊も下着姿で寝ていたので、それを脱いで髪のまとめ方を教えてもらい浴室へと入る。不思議なもので、男のままだったら妹の前で全裸になったりはしないのに、それが今ではあっさりと出来てしまう。

 同性になったからと言うよりも、楓に頼るしかないという現状が身に沁みているからだ。


「面倒なら、バッサリ切っちゃえば?ショートボブとか可愛いと思うよ」


 一緒に浴室へ入った楓が、柊の髪を洗いながらそう言った。

 楓も小学生の頃はロングヘアだったが、中学生の時にショートカットにして、現在は肩より少し長いくらいだ。一通りの長さは経験している。

 女の子はロングヘアにしていると、一度はバッサリと切りたくなるものだ。ましてや男だった柊が突然ロングヘアになれば、ショートカットにしたくもなるだろう。


「俺の体を取り戻した時に、出来る限りこの体をそのまま返したいんだ」

「そっか…」


 それが柊の優しさだと思うと、楓も反論は出来なかった。

 楓が拉致された時に黒いマントの男は、とても紳士的だったし馬で長時間移動している間も、体が痛くないように気を使ってくれていた。盗賊のような輩でないことだけは確かだ。

 それに、柊は気を失っていたから知らないことだが、裸だったエルフの少女は、入れ替わった後に丁寧に洋服を着せていた。自分の体を名残り惜しむというよりは、エルフになってしまった柊を気遣っているようにも見えた。体を奪ったことに、罪悪感を感じていないということではなさそうだ。

 そして、楓が誕生日にプレゼントしたチェーンのネックレスを大切な物だと思ったのか、わざわざ着け替えていた。それは今、柊の首に着いている。


「でも体を取り戻すって、またあの時と同じことをするんだよね。今度は立場が逆だけど」

「考えたくないな」


 柊が恥ずかしがるのは、一部始終を楓に見られていたからだろう。

 楓が柊の大事なモノを見たのは、まだ小さかった頃一緒に母親にお風呂へ入れてもらった時以来だ。他の男性のモノを見たことがないから、大きいのか小さいのかはよく分からない。ただ、エルフの少女の中にソレが挿入される様子を思い出して、アレが自分の中に入ったらなどと妄想したりもする。


(初めての時って、やっぱり痛いのかな…)


 双子だから有り得ない話しだが、妄想とはそういうものだ。夜中に自分を慰める時には、一番身近で信頼できる男性を思い描いたりする。楓にとっては双子の兄である柊が、一番身近で信頼できる男性だった。


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