第26話 新たに始まる世界
柊とアリアは、森の中に来ていた。アリアが生まれ育った森で、以前に住んでいた家もまだ残っている。人が住まなくなった家は荒れ果ててはいるが、まだその形をとどめていた。
近くには清流が流れていて、精霊が数多く存在している。メイプルにとっても懐かしい故郷だ。魂を入れ替えるには都合の良い場所だった。
河原で柊とアリアは二人切りになった。森の外れまでは仲間の男に馬車で連れて来てもらったが、また二人が一つになるところを見られるのが恥ずかしくて、そこで待たせている。
「アリアに頼みたいことがある」
一枚ずつ着ている服を脱ぎながら柊がそう言った。そんな柊をアリアは、何をするでもなく手持ち無沙汰で見ている。
「私に出来ることなら」
「無事に元に戻れたら、アクア…水の精霊を元の湖に帰してもらいたいんだ。それから、その近くに住んでいるミレイと再会してほしい」
「ミレイとは?」
「俺が大怪我をした時に助けてくれた、魔女の娘さんだ。懐かれてるんでな。その代わりに、黒髪の剣士に手紙くらいは届けさせてもらうよ。素性は分かってるからな」
「分かった。私がヒイラギだということにして、再会すればいいんだな。その頼み事は引き受けるよ」
「それじゃ始めるか」
全裸になった柊が川の中へ入ると、流れる水で身を清める。そして祈りのようなポーズを続けていると、風が吹いて柊の周囲を回った。
川から出た柊は一枚だけ上着を羽織って、周囲に風を纏ったままアリアの前にやって来た。アリアのズボンに手を掛けて、そのまま下へ下ろすと大きな溜め息をついた。
「心外だな。俺の裸を見ても興奮しないか」
「済まない…」
柊の体には人外と戦って大怪我をした時の細かい傷跡が何ヶ所か残っている。それを見ていると、興奮するどころか痛々しかった。
以前、アリアがしたように自分の大事なモノを自分で咥える気にはなれずに、柊は片手で掴んでその手を前後に動かした。自分で処理できずに余程、溜まっていたのだろう。すぐにソレは固くなっていた。
アリアが河原に寝そべると、その上に柊が跨った。そして固くなったモノを大切な所へ当てがい、ゆっくりと腰を沈めて行く。
(きついな…)
男性としての経験はあっても、女性としての経験はまだ二回目だ。しかも前回は、途中から入れ替わっている。慣れていないのは仕方がない。二人の体が一つになると、徐々にその圧迫感は収まって行った。
「残念だな。この体、結構気に入ってたんだけどな」
「私もそうだよ。何ならヒイラギの代わりに、異世界へ戻ってやってもいいんだぞ」
「お断りだ」
柊が腰をゆっくりと上下させると、ソレが通路の内側を擦っている。
「あ…」
アリアも大事な部分が擦れることで気持ちが良くなり、上半身を起こして柊の体を抱き締めた。その体を弾むように上下に動かすと、ソレが更に擦れて気持ちが良くなる。
「あっ…ばか…」
そして覆い被さるようにしてアリアが上になると、自分で腰を動かして激しく挿入を繰り返す。アリアも今迄に感じたことのない快感を味わっていた。
「ああっ…」
男と女では、こんなにも感じ方が違うのかと思いながら、たまらずに柊は身悶えする。そしてアリアは絶頂に達して、溜まっていた物を放出する。全てを出し切るまで、奥深くへ挿入したままだ。
柊は遠退いていく意識の中で、メイプルに語り掛けていた。
(元の体に戻ったら、もうメイプルのことは認識できなくなるな。今迄、ありがとう…)
(お礼を言うのは、こっちの方だよ。ありがとう、ヒイラギ)
(………)
* * *
元の世界へと戻った柊と楓は、電車を乗り継いで自衛隊の基地がある街までやって来た。
エルフだった時は楓よりも小さかった柊が、今は見上げるほど背が高くなっている。久し振りに楓は、その腕に掴まりたくなった。
柊は妹に腕を掴まれることにあまり抵抗はないのだが、この体でこんなことをしたのは何時のことだったかと思い出してみる。結局、思い出せないまま、まるでカップルのように仲良く待ち合わせの喫茶店へ入った。
その店は自衛隊の基地のすぐ近くにあり、自衛隊員もよく利用しているらしい。
二人は同じ側の席に着くと、柊はコーヒーを注文する。楓はコーヒーがあまり得意ではないので、ジンジャーエールを注文した。どちらも向こうの世界へ行っている間には飲めなかった物だ。あったかどうかは知らない。ただ、飲み物を選んでいるような余裕がなかっただけだ。
暫く待っていると、自衛隊員らしい男が店の中に入って来た。お互いに初対面で顔を知らなくても、片側の席を空けて座っている二人が、待ち合わせをしている相手だということはすぐに分かる。
「君達が俺を呼び出したのかい?」
「エイジさんですね。初めまして」
柊が挨拶をすると、エイジは空いていた席に座る。気さくな感じの人で、コーヒーを注文するとテーブルの上に置いてあった伝票を自分の方へ引き寄せた。
「兄妹か、顔がよく似てるな。それで俺に何の用事かな?」
「このブレスレットに見覚えありませんか?」
そう言って楓が、左の手首にはめているブレスレットを見せた。もうガラス玉は全部なくなって、金属の輪だけになっている。
「向こうの世界へ行ってたのか…」
驚いたように、エイジも自分のブレスレットを見せた。それは全く同じ物で、やはりガラス玉が全部なくなっている。
「アリアから手紙を預かって来ました。お渡しします」
柊はショルダーバッグの中から封筒に入った手紙を取り出すと、エイジに渡した。その場でエイジは開封して手紙を広げたが、それを見て肩を落とした。
「済まない。向こうの文字は読めないんだ。向こうに居る時は、スラスラ読めたんだがな」
「そう思って、翻訳しておきました」
柊が、もう一通の手紙を取り出して渡す。同時に渡すと初めから読めないと決めつけているようで、差し出がましいと思ったのだ。
柊は翻訳したので内容を知っているが、アリアが柊の体を奪って黒髪の少年になっていたことは書かれていない。レクターが国王を暗殺したためにアリアの罪状も消滅して、今は幸せに暮らしているといった内容だ。
エイジは柊が翻訳した方の手紙を読んで涙ぐんでいた。
「ありがとう。アリアが幸せなら、それでいいんだ」
そんなエイジの様子を見て、柊も目に涙を溜めている。しかし、その柊の顔を楓は怪訝な表情で見ていた。
長い間アリアと入れ替わっていたのだから、感情移入して貰い泣きするのは分からないではない。ただ、手紙の翻訳など、いつの間にそんなことをしていたのか。向こうの世界ではいつも一緒に居たので、手紙など書いていれば気付いた筈だ。もしかしたら、こちらの世界へ戻った後も向こうの文字が読めるのではないかと思ってしまう。
エイジと別れて帰りの電車を待つ間、柊と楓はホームのベンチに座っていた。
「来週、お母さんの命日だから一緒にお墓参り行こうね」
「お母さんの命日は、再来週だろう。俺を試してるのか?」
柊の言っている方が正しかった。楓も間違えた訳ではない。わざとそう言ったのだ。
「手紙を翻訳するなんて、もしかしたら元に戻ってないんじゃないかと思ったからね」
「こっちの世界へ戻ったら、読めなくなることは分かってたからな。向こうでは逆に、日本語が上手く書けないんだ。だから一言一句、間違えないように記憶して、戻ったら忘れない内に書き出したんだよ」
「あ、そっか…」
エルフになっていた時は小柄で華奢だったから、楓は自分がしっかりしなければと思っていた。すっかり忘れていたが、柊はそれくらいのことをやってのける男だった。
「手紙って、エイジさん宛てだけなの?もしかして、柊も貰ってるんじゃない?」
「まあ、そうだな…」
楓は鼻先で、ふふっと笑う。エイジ宛ての手紙だけなら、丸暗記しようなんて発想にはならなかっただろう。
アリアから貰った手紙を向こうで一度読んでいたとしても、こっちに戻ってから読めないのは悲しくなってしまう。きっと柊は、こちらの世界へ戻ってからも、翻訳した手紙を読み返してはアリアのことを思い出しているのだろう。
「二回もエッチしてるんだから、忘れられないのは分かるよ。すっごい美少女だったしね」
そう言って楓は、柊の肩をポンポンと叩いていた。
「またいつか、アリアに会えるよ。ブレスレットが二つあったってことは、三つ目もあるかもしれないでしょう」
「そうだな…」
生きているのに、もう会えない。エイジが元の世界へ帰った時に、アリアはこんな淋しさを味わったのだろうか。
三つ目のブレスレットを見付けられればいいな。そう思いながら、二人は電車が来るのを待っていた。
* * *
アリアは長い金髪を風になびかせながら、森の外れにある大きな湖のほとりを歩いていた。森の中を歩くには不釣り合いな、フワッとした服にローブを羽織って、背負ったリュックには剣が差してある。もう命を狙われるようなことはなくなったが、ずっと柊の身を守っていた剣だ。何となく持っていたかった。
湖面が揺れていない穏やかな場所を選んでしゃがみ込むと、水が盛り上がって人の形になった。
「アクア、ここへ来るのが遅くなって申し訳ないな」
出来ることならメイプルとアクアの両方に、ずっと同行してもらいたいところだ。元々、精霊とは相性の良いエルフだ。可視化するという手法を身に付けて、より身近に感じることが出来る。しかし、さすがに二つの精霊を同時に可視化するほど精神力は強くなかった。
「時々、遊びに来てくださいね。でないと、私のことを名前で呼んでくれる人が居ませんから」
「ああ、アクアのことは忘れないよ。じゃあ、また来るから」
アリアが立ち上がって軽く手を振ると、人の形をした水も手を振り返す。
そのまま森の中を進んで行くと、イチョウの大木を見付けた。
クレアの結界の中には、アリアだけでは入ることが出来ない。ここで待っていれば、ミレイが迎えに来てくれる筈だ。
担いでいたリュックを降ろして、大木を背もたれにしながら地面に座って待っていた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。子供の足で森の中を走って来るのは大変だと思うが、ミレイが息を切らしながらやって来た。
「ヒイラギ!」
ミレイが抱き付く勢いで、二人は地面に倒れてしまった。
「優しくしてくれないかな。お腹に赤ちゃんが居るんだから」
「えっ、そうなの?」
慌ててミレイは体を離し、アリアの手を引いてその体を起こした。
「いつ、産まれるの?」
子供だけに、父親が誰なのかということには興味がないらしい。聞かれても説明に困るので、アリアにとっては有り難かった。
「まだニヶ月くらいだから、もうちょっと先かな」
「じゃあ、赤ちゃんが産まれるまでは、ここに居てくれるの?」
「そのつもりだよ」
「やった!」
アリアは故郷の森の中の河原で柊と行為に至った後は、マギーの宿屋で生活をしていた。ニヶ月ほど仕事を手伝っていたら、妊娠していることが分かったのだ。
アクアを湖に帰さなければならなかったし、せっかくだからクレアの所へ身を寄せることにした。
エルフだから、やはり子供は森の中で産みたい。出来れば子供も、ある程度大きくなるまでは森の中で育てたかった。いずれは子供を連れてマギーの所へ帰り、宿屋の後を継ぐつもりだ。
ミレイは、アリアのことを柊だと思っている。そもそもミレイは柊が体を奪われたということを理解していないので、わざわざ説明する必要もないだろう。
母親のクレアにはきちんと説明をして、名前については別にアリアてもヒイラギでも構わない。むしろ、ヒイラギと呼ばれたことが嬉しかった。
エイジのことは、時が経てば記憶も薄れて行くだろう。でも、柊のことを生涯忘れる筈はない。大切なものをアリアに残して行ってくれたからだ。
マギーについては、アリアが他人の体を奪って別人になったことを知っているので、どの面下げて舞い戻って来たんだと、人から言われなくても自分で思ってしまう。
そのまま柊だということにしようとしたが、マギーにはすぐに気付かれてしまった。むしろ気付かない方がおかしい。
国王が暗殺されるという大事件が起きて、その後に楓だけが宿屋を出て行けば、何が起きたのかは想像できるだろう。
マギーはアリアをきつく抱き締めて、こう言った。
「自分で道を切り開いたんだ。何も恥じることなんかないんだよ」
二年ぶりにマギーに抱き締められて、アリアはその胸で涙を流していた。
アリアとミレイは手を繋いで森の中を歩いて行く。アリアのリュックは、お腹の赤ちゃんに気を使ってミレイが持ってくれている。
「カエデは、どうしちゃったの?」
「故郷へ帰ったよ。でも、メイプルは一緒だから」
アリアがそう言った途端に、メイプルが肩の上に姿を現した。その姿を見ただけで、ミレイは大喜びだ。
「メイプル、ちょっと変わってない?」
「この姿も気に入ってるから、問題ないよ」
メイプルの見た目は、アリアのイメージを元にして形成されている。以前のメイプルは柊のイメージで形成されていたのだが、その姿はアリアには見えていなかった。
柊から可視化の手解きを受けて、人の形を形成することは出来ている。しかし、柊がイメージしていた妖精という概念がアリアにはないので、サイズの小さなエルフの女の子になってしまった。
「ねえ、精霊は赤ちゃんが、男の子か女の子か分かるの?」
「女の子だよ」
それはアリアも初めて聞いたことだ。産まれる前に知っても別に差し支えはないのだが、もう少し勿体ぶっても良さそうなものだ。
そうか、女の子かと思いながら、アリアは自分のお腹に手を当ててみる。
黒髪とエルフのハーフだから、きっと髪は黒くて瞳は水色の女の子が産まれるだろう。いずれこの子が大きくなって父親のことを知りたくなったら、時空を超えて会いに行ってほしい。
その時、柊は自分の娘を見てどう思うのだろう。妹の楓にもこんな頃があったと、懐かしく思い出すのだろうか。
二つの世界に両親を持つ子供だ。そんなことも出来るかもしれないと思っていた。
(了)




