第2話 エルフの誘惑
いつものように柊と楓が雑貨屋へ食器を持ち込むと、店の中では金髪のエルフの少女が椅子に座っていた。その美しい顔立ちと宝石のように綺麗な瞳は、人形が飾ってあるのかと思ったほどだ。
二人は二つの世界を何度も行き来しているので、エルフの存在は知っていた。しかし、実際に会うのはこれが初めてだった。
この世界には、ドラゴンやゴブリンなどという生き物は存在していない。動物や植物は元の世界とほぼ同じで、至って普通の生態系だ。ただし、人類には少し違いがあるようだ。
二人が黒髪と呼ばれるのは、人種のことを指している。地理的なこともあるのだろうが、こちらの世界で二人が今迄に出会ったのは白人ばかりだ。黄色人種が黒髪として認知されているのは、既に大陸を横断する交易ルートが確立しているからだろう。
エルフもそれと同じで、そういう人種だと思えば良い。白人よりも更に白く、透き通るような肌の色をしている。色素が薄いことから、北方系の人種だろうか。山岳部で発祥したとされる伝承があり、自然との繋がりが深い種族だと言われている。
エルフと言うと耳がロバのように細長く尖っているというイメージがあるのだが、それは日本のアニメに起因している。確かに尖ってはいるのだが、細長いというほどではない。
それよりも特徴的なのは、宝石のような瞳の色だ。猫の目のように光を反射して、キラキラと水色に輝いている。こんな瞳の色をした女の子を柊は以前にも見たことがあるのだが、別世界のことだ。あまり関係があるとは思えなかった。
「二人に、お客さんだよ。いつ現れるか分からないから、三日前から通ってるんだよ」
女店主にそう言われてエルフの少女は立ち上がると、柊の目の前に歩み寄って来た。腰の後ろ側に剣を下げているのは、実用性を重視していないからだろうか。正面からは柄の部分と鞘の先端だけが見えている。
「二人ではない。兄の方に用がある」
小柄で見た目は十三〜十五歳くらいだが、その口調からすると、もっと年上なのかもしれない。エルフは長寿で実際の年齢よりも若く見えるらしいのだが、見た目に対する年齢の尺度が違うと何歳なのかはよく分からない。
「お会いしたこと、ありましたか?」
「いや、黒髪の兄妹がよく訪れるという話しを聞いて、会いたかったのだ。兄の方とな」
やたら兄を強調するので、柊は殺気を感じて楓の表情を伺う。すると、スナイパーのような鋭い目つきでエルフの少女を見詰めていた。
双子の兄弟や姉妹は自分と同じ姿の人物をいつも見ているから、ナルシストになりがちだ。しかし、男女の双子の場合は同じ姿というほどは似ていない。同じ歳でお互いのことをよく知る異性だということが、自分を優先してほしいという、わがままな感情になってしまうのかもしれない。特に母親が亡くなって諭してくれる人が居なくなったせいか、そんな感情に歯止めが利かなくなっているような気がする。
経験上、この場で揉めるようなことはないのだが、暫くは機嫌が悪くなるのを避けられない。
「場所を変えようか」
「ああ、妹抜きでな」
妹抜きと言われて楓は益々、冷ややかな視線を送っている。もう土地勘もあるので、エルフの少女を引き離すためにも、別行動にした方が良いと柊は思った。
「楓、暫くしたらまたここで会おう」
「ちょ、ちょっと!」
楓が食い下がる暇もなく、二人は雑貨屋を出て行ってしまった。その様子を見ていた女店主は、少し呆れた様子だ。
「兄妹で嫉妬して、どうするんだい。あんたもその辺をブラブラして、いい男でも見付けておいで」
そう言って、今回持ち込んだ食器の代金を手渡された。女店主に指摘されて少し恥ずかしくなった楓は、素直に頷いて店を出て行く。
どこで時間を潰そうかと考えながら、街道をブラブラと歩いていると背中に人の気配を感じた。満員電車で汗臭いサラリーマンにベッタリと体を寄せられた時のような嫌悪感を感じて立ち止まり、恐る恐る振り向いた。すると、手が届きそうな距離に黒いマントの男が立っている。
男は黒いマントの隙間から、逆手に持った抜き身の剣を楓に見せた。
「手荒なことはしたくない。黙って言うことを聞いてくれないか」
こちらの世界で剣を持っている人は珍しくはないが、戦争などは過去の話しで平和な世の中だ。抜き身の剣を見せられることなど滅多にない。言い知れぬ恐怖を感じて、その場で楓は何度も頷いた。
柊はエルフの少女の後に付いて行くと、空き地の前で立ち止まった。建物を壊した跡なのか、所々に瓦礫が落ちている。そこには簡素な荷台だけの馬車が停めてあり、黒いマントの男が馬の横に立ち手綱を持っていた。
「断られると思うが一応、聞いておく。その体を私に譲ってはくれないか?」
「はあ?」
言っている意味が、よく分からなかった。このまま何処かへ連れて行かれて、強制労働でもさせられるのかと思った。
「私にはどうしても、成し遂げねばならないことがある。そのためには、男の体が必要なのだ。しかも黒髪の体がな。その代償として、お前には私の体を譲り渡そう」
「それは、君と俺が入れ替わるってことか?」
「その通りだ」
そんなことが出来るのかと、柊は思った。出来たとしても、元の世界にはエルフなどという人種は存在していない。自分がエルフになるということは、この世界の人間になるということだ。そんなつもりなど更々なかった。
「悪いけど、俺はこの世界…いや、この国の人間じゃないんだ。エルフになるつもりなんてないから」
「妹がどうなってもいいのか?」
ハッとして柊は振り返り駆け出そうとするが、今から戻っても遅いことをすぐに悟った。思い止まって、もう一度エルフの少女の方を見る。初めからまともな交渉など、するつもりはなかったのだ。
少女の見た目に騙されて、ノコノコ付いて来てしまった。相手が自分と同じ常識を持つ人物なら、まだ失敗を取り戻す余地がある。しかし、ここは異世界なのだ。取り返しのつかないことをしてしまったと柊は後悔していた。
「案ずるな。直に、ここへ連れて来る手筈だ」
柊は歯軋りをしながらその時を待つと、やがて馬に乗った黒いマントの男がやって来た。その体の前に、タンデムで楓が乗せられている。両手は体の前で縛られていた。
「柊!」
「抵抗するな。言われた通りにするんだ」
「話しが早くて助かるな」
柊は言われるがままに馬車の荷台に乗り込み、エルフの少女も同じように乗り込んだ。二人は進行方向に対して横向きに座り、向かい合ってお互いの顔が見えている。
楓を乗せた馬が先に行くと、手綱を持っていた男も御者台に乗って馬を操り、その後へと続いた。
「どこへ行くんだ?」
「魂を入れ替えるには、精霊の力を借りなければならない。風の精霊が同行しているが、それだけでは足りない。この辺りに他の精霊は居ないからな」
まだ柊は半信半疑だが、本気で体を奪うつもりらしい。精霊という物がどういう形態なのかよく分からないが、少なくとも柊には見えていないようだ。
自分一人なら、いつでも逃げ出せるだろう。しかし、楓を見捨てる訳には行かない。美しいエルフの少女に誘われて、楓を一人にしてしまった自分が悪いのだと思っていた。
どれくらいの距離を移動したのだろうか。すっかり景色も変わり、民家も見えなくなっている。休憩もなく長時間、馬車に揺られていたので、お尻がそろそろ限界だった。
森の合間の馬車道を暫く進んで行くと、今度は馬車と馬を置いて森の中へと入って行く。獣道を歩いて行くと、ようやく開けた場所に辿り着いた。
そこには川が流れていて、川底が見えるほどの清流だ。周囲には木々が生い茂り、外界とは遮断されている。助けを呼んだところで、森に住む動物達に聞こえるだけだろう。
黒いマントの男の一人は少し離れた場所で、両手を前で縛られたままの楓を押さえている。もう一人の男は、柊を後ろ手に縛った。
エルフの少女は服を脱いで川の中へ入ると、身を清めているようだった。そして祈りのようなポーズを続けていると、風が吹いて少女の周囲を回った。柊にはその光景が、風と心を通わせているように見えたのだが、それが彼女の言っていた風の精霊なのかもしれない。
川から出た少女は一枚だけ上着を羽織って、周囲に風を纏ったまま柊の前にやって来た。すると、マントの男が柊のズボンを下着ごと脱がせて地面へ座らせる。
「な、何を…」
「私とお前は、一つになるのだ。そして魂を交換して、再び別れる。二度と会うことはないだろうが、お前がこの体に相応しい人物であることを祈っているよ」
だが、少女は柊の股間を見て溜め息をついた。
「心外だな。私の裸を見ても興奮しないか」
「そういう問題じゃないだろう」
柊の両足の間にエルフの少女が蹲り、股間に顔を埋めて萎えた状態のモノを口へ含む。その光景を見た時に楓は、怒りが込み上げて大声を出そうとした。十八年の人生の中で、これほど女性を憎らしいと思ったことはない。しかし、マントの男がその口を塞いでいた。
「頼むから、黙って見ていてくれないか。手荒なことはしたくないと言っただろう」
柊も健康な男子なのだから、人並みに性欲はある。ましてや、見たこともないような美しい少女に大事なモノを咥えられて、勃たない筈はなかった。
エルフの少女が顔を上げると、今度は柊を仰向けに寝かせて、その上に跨った。そして、固くなったモノを自分の大切な所へ当てがい、恐る恐る腰を沈めて行く。
柊の敏感な部分の先端に、ブチッと何かを突き破るような感触があった。
「くっ…」
二人の体が一つになると、エルフの少女の表情が苦痛に歪む。そして彼女は痛みに耐えながら、ゆっくりと上下に腰を動かしていた。
小柄な少女の通路は狭く、柊の大事なモノをきつく締め付けて来る。彼女が腰を上下させる動作を繰り返して行く内に、その動きは次第にスムーズになって行った。
「あっ…」
柊は快感を感じながら、次第に意識が遠退いて行く。魂が体の一点に集中すると、やがてそれは少女の体内へと入り込んで行った。
ふと気付くと、何故か自分自身を見下ろしながら、下腹部に突き上げられるような感覚を味わっていた。
朦朧とした意識の中で柊は倒れ込むと、そのままギュッと抱き締められた。
「すまない…許してくれ」
耳元でそんな優しい男性の声を聞きながら、柊は意識を失った。