真実を知り、貴方は何を言いますか?
色々、改稿しました。
説明が追い付かない位。
すいません。
森の中を走る馬車はガラガラとけたたましい音を立てていた。
馬車には紋章があり、その紋章から第二王子チャールズの物だと判る。
急いでいる理由は、チャールズ第二王子の新しい婚約者が連れ去られ、その婚約者をチャールズ第二王子自ら迎えに行くため。
犯人との対峙も辞さないその覚悟は深い愛の証と言えよう。
「イリーネ?!イリーネがアンジュを攫ったというのか?」
愛によって結ばれた愛らしい婚約者。
第二王子チャールズの最愛。
その憤りは当然だった。
「左様でございます。侯爵家のもう使われていない別邸に入ったとか」
揺れる馬車の中で驚愕と共に報告を受けた。
「そこ迄落ちたか。侯爵令嬢ともあろう者が嘆かわしい……」
元婚約者の現状を嘆いたがもう彼女は取り返しのつかない事をしてしまった。
誘拐等して良い事ではない。
踏み込んだ先には魔法陣が光り輝いていた。
「アンジュ!!」
愛しい女性に駆け寄ろうとしたが発動した魔法陣により弾かれた。
「止めるんだ、イリーネ!」
複雑で美しい文様はきっと時間と魔力をかけられて作られた物だろう。
そこ迄の才能がありながら悪しき事にしか使えないイリーネを睨み付ける。
「オーホッホッホッホ!良いお顔をなさっておいでです事、チャールズ様。この私の忠告を尽く無視し、こんな女を選んだ貴方を今度こそ正気にして差し上げます!」
「アンジュを供物にするつもりか、イリーネ、頼む!それだけは止めてくれ!!」
青白い顔で横たえられたアンジュは手首から血を流している。
アンジュが居る場所に描かれた円にその血が流れて、そろそろ一周しようとしている。
円の中の血が繋がる。
紫の雷が魔法陣の周囲を囲むように横に走った。
「チャールズ様!!」
チャールズは共に来ていた護衛騎士に体を後ろに下がらされた。
「離せ!!」
大切なアンジュをまだ取り戻せていない。
チャールズが護衛騎士の腕を振り解こうと暴れると同時に魔法陣の中に大蛇が出現していた。
七つの頭に十二の翼の異形。
蛇の頭が四方八方に動いてチャールズとも目が合ったその向こうでイリーネが真っ赤な唇で微笑むのがチャールズには見えた。
「何てモノを召喚しているのだ、イリーネ!」
叫ぶと異形の尻尾に弾かれ、護衛騎士と共に吹っ飛んだ。
チャールズは強く頭を打ち、薄れる意識の中、愛しいアンジュがまだ魔法陣の中心にいる事を確認した。
「……供物じゃ……ないのか?……アンジュ」
チャールズの意識はそこで途絶えた。
「チャールズ様」
体をゆすって起こされた。
少し目を開けると金色の髪と空色の瞳と愛らしい微笑みがあった。
「アンジュ!」
チャールズが起き上がって、周囲を見ると騎士達は皆、気を失ったままで、自分の護衛騎士が後頭部を撫でながら起き上がっている所だった。
「何があったか分かるか?」
「私、薬を嗅がされてからは何も覚えていなくて……。起きたらチャールズ様が倒れられていたので、しっ、しんぱいでっ」
涙を零すアンジュをチャールズはそっと抱き寄せた。
部屋には何もない。
アンジュにあった手首の傷も無い。
イリーネも異形も消えていた。
イリーネは幼い頃、王家との取り決めにより第二王子の婚約者になった。
将来、新たな公爵として、臣下となる第二王子と共に王を支える事がイリーネの役割だ。
第二王子は、外交を担う務めだったから、妻として近隣諸国と同盟国の言葉も、その政治情勢や産業だけでなく生活習慣なども理解しておかなければならないし、当然国内の領地についての見識も必要で王家からの教育は厳しい物だった。
第二王子の婚約者としての義務も果たした。
休日は病院や救護院に訪問し、癒しの魔法を使ったし、王妃主催の慈善事業の手伝いもした。
常に正しい行いをしてきたつもりだった。
だが、努力は何も報われなかった。
第二王子が愛による結婚を望んだから。
「お前のような下位貴族を蔑む女を私の妻に出来ようか!」
チャールズ第二王子にはそう叫ばれた。
第二王子の取り巻きだったマイオス・カペラの台本通り、婚約は破棄され、両親は務めを果たせない娘を呆気なく見捨てた。
たった一人の姉弟である筈の弟は、王家からの教育と指令のせいで顔を合わせる機会が少ない姉ではなく、新しい第二王子の婚約者を慕っていた。
第二王子の側近候補の騎士見習いのアルフォンス・ゴニアは腕を捻り上げ、罪人が乗るような窓の無い馬車に押し込み、髪を勝手に短く切り、自分を修道院に向かわせた。
途中で山賊に襲われたが、魔法で何とか命と純潔は守り、隠し持っていた宝石を渡し、古くなり、放置されたままの別邸に自分は逃げる事に成功した。
そこで見つけた本に悪魔の召喚方法があり、僥倖だと解読し、全てを正そうとした。
結果は失敗。
自分は何もかも捨てる事にした。
家族も、忠誠も、国も、世界も。
先に捨てたのはイリーネではないから、彼等は痛くも痒くも無いだろう。
異形との口接けをイリーネは受け入れた。
「本当に愛して下さいますか?」
「求める限り、永劫に。さあ、私に欲望を見せてごらん」
「私を第一として下さるなら、他は要りません」
「無欲は美徳だが、我が妻に綺麗事は求めていない。さて、我が最愛を苦しめた輩に鉄槌を下そうではないか」
愛しいアンジュと共に王宮に帰り、第二王子宮に落ち着いた。
「チャールズ、怖かった」
「もう大丈夫だ」
抱き上げていたアンジュをソファに降ろす。
「きっと、お茶でも飲めば落ち着く。アンジュの為に甘い物も用意しよう」
「嬉しい、チャールズ様」
アンジュが胸に凭れ掛かってきた。
その細い肩を守りたいと腕を回す。
「お邪魔するわね、チャールズ」
護衛の近衛を大勢引き連れて、母が開けられた扉から入ってくる。
見事な装いと威圧と気品は王妃らしく、母でありながら緊張してしまう。
「母上!」
気まずく思って、アンジュから離れて立ち上がる。
アンジュが自分を見習い、素早く立ちあがった。
微笑ましく思って、アンジュとほんの少しの時間、微笑み合う。
「チャールズ、貴方、ベクリエ男爵令嬢と結婚するそうね。おめでとう」
「ありがとうございます、母上」
「でしたら、貴方の公爵位綬爵のお話は立ち消えね。男爵にはご嫡男が居られるから、貴方、平民になるけど、よろしいのね?」
母から首を傾げて聞かれた。
「な、何を仰っているのか解りかねます。卒業後の公爵位の綬爵は決定なのではないのですか?誰が兄上を支えるのですか?」
母に訴えると、母は笑顔で言った。
「長年、行方不明だった貴方の双子の弟が見つかりましたのよ。ジズ、いらっしゃい」
部屋の扉が開かれ、入って来たのは黄金色の髪と赤い瞳を持ち、自分の双子とは思えない程、美しい男だった。
自分の横でアンジュがジズの美貌に見惚れ、溜息を漏らす。
「兄上は愛を貫かれたのですね、私は兄上の代わりを立派に務めますのでご安心下さい」
ジズから楽器を奏でるような美声で言われ、頭を下げられた。
「ジズ、頭を上げなさい、もう、チャールズは平民なのですから敬う必要はありません」
「はい、母上」
母にそう言われ、ジズがすぐに頭を上げた。
母の言葉を信じられない思いで聞く。
「な、何故、そんな偽者を用意して迄、私を排斥するのですか、母上!」
「あら、誤解よ。それに、それ相応の理由はあってよ。一つ目、貴方は語学に優れていない」
「テストの点数は良かった筈です!」
事実を叫ぶ。
「文法を知っていても、発音が駄目なの。それでは、訛りがあるように聞こえてよ。王族らしく無くて、品位に欠けるわ。特にフドスイツのインバニア語は駄目。一番取り組まなくてはならないのに、貴方、何をしていたの?」
「Vio robsju si.(諦めろ)」
自分よりはるかに綺麗な発音でジズが隣国、フドスイツの言葉を喋った。
フドスイツとは対立関係にある為、インバニア語は王族として必須だ。
「二つ目、側近が居ない」
「あの者達の何処に問題が!」
アンジュを助けるために費やした日数は三日だ。
だが三日前、確かに自分の周りには側近が居た。
共にアンジュの行方を捜した仲間でもある。
「ゴニアは弱い。だから、二日前、鍛え直そうと送った辺境であっという間に死んだ。同じ日、モザルトはジュラ伯爵夫人に手を出し、翌日、決闘で死んだ。カペラは不法賭博をしていたらしくて、借金を作り、昨日の早朝、川に浮かんだ。でも、貴方は何かしなくても、ジズが摘発、犯人は夕方には逮捕したから大丈夫よ。イリーネの代わりに貴方に付いたアルベール・ユージェは昨夜未明、ユージェ侯爵家に起こった火事で父母と共に焼け死んだ」
「そんな!」
アンジュが口に手を当てて叫んだ。
涙も流している。
優しいのだから当然だろう。
自分は幼い頃からの友人を失い、呆然とするしか出来ない。
なのに母はまだ続けてきた。
「三つ目、第二王子宮の予算以上に浪費した分に婚約者に使われるべき金額も含まれていた。これは横領罪になるわね」
「婚約者?」
「イリーネ・ユージェ侯爵令嬢よ。忘れて?貴方が婚約を破棄したのは三月、でもおかしいの、彼女の手に渡っていない宝石やドレスが注文されているのよ、九月と十一月と二月に。誰に贈ったの?」
冷たい顔の母を見て唇が震え出した。
十月の学園舞踊会と、十二月にある王家の夜会と、三月の卒業祝賀会でドレスを贈った相手はアンジュだからだ。
アンジュも体を震わせ始めた。
「言えない?王子宮のいいえ、私達の生活のお金は国民からの血税だと幼い頃から教え、貴方も知っている筈、なのに!浪費しましたわね!」
「も、申し訳……」
膝が震えて、勝手にソファに座ってしまった。
婚約者をアンジュにするつもりでいたから、罪だと気付かなかった。
横領に当たるなどとは思いもせず、その金を使うのは当然とさえ思っていたからだ。
「四つ目、王族として、責任を負う事も出来ないのですか!五つ目!べクリエ男爵令嬢は皇太子妃のドレスを盗んだ泥棒です!こうして匿っている貴方も同罪!六つ目!ユージェ侯爵令嬢に対する不当な扱い。私達が他国への視察に行く前、ユージェ侯爵令嬢にチャールズを正すように促したのは私、なのに母の意向を無視し、貴方はよりにもよって!手紙で許しを請う事もせず、自分勝手に婚約破棄をしたのです!七つ目!ユージェ侯爵令嬢は貴方をなんとかしようとしたのに貴方は拒否した!彼女がどれほど稀有な存在か知っていましたか?その娘が貴方と遊び歩いて、全くしなかった貴族に課せられた慈善活動は休む事は無く、他国より嫁ぎ、まだ言語も不安な皇太子妃を支え続け、私の為にとハーブの効能を調べ、私に何かあってはいけないと自ら実験体となった!貴方が見捨てたイリーネ・ユージェ侯爵令嬢はそういう人です。ああ、まだありましたね。八つ目、貴方はその娘と遊び歩いて、王族慰問も夏の公務もしていない。王族としての義務を果たさず、次代の王である皇太子を蔑ろにする第二王子は、臣下にも要りません、平民として暮らし、愛に生き、血税を返しなさい。衛兵」
自分が捨てたものの為に、捨てるしかないものが大き過ぎて、震えるしかない。
「い、今からでも、イリーネに」
「そうですよ!チャールズ様はイリーネ様、私はジズ様、それが良いです!」
顔を上げた自分に母が嫌悪の表情をした。
「べクリエ男爵令嬢、貴女は罪人です。衛兵、何をしているのですか、早く」
「ヤダ、ヤダ、ドレスなら返すから、嫌よ!なんとかしなさいよ、チャールズ!」
叫びながら引き摺られるアンジュ。
愛しい女性の筈なのに、なんとも思わなかった。
五月蠅く、喚く姿はむしろ醜いと思ってしまった。
「騒がしい事」
「母上、これで私がイリーネと「オー、ホッホッホ!」」
言葉は母上の高笑いに止められた。
「そんなわけがないでしょう?イリーネ・ユージェ女侯爵はジズと結婚するのですから。衛兵!」
衛兵に無理矢理立たされ、押さえ付けられた。
暴れたところで身動きは取れない。
「私は王子です!いくら母上とはいえ、私を追い出す権利は無い筈!」
叫ぶと母が足早に近寄り、持っていた扇で頬を打たれた。
「母が来た事、温情だと知りなさい。王である父上や皇太子であるあなたの兄なら説明も無く、一生、奴隷として強制労働です。貴方の罪はその位、重いのです。さようなら、チャールズ。貴方を導けなかった母を許してね」
母はそれだけ言うと、反対を向いて部屋を出て行った。
その背中をずっと見ていたが母が出た扉が途中で止まり、母も他の者達も何もかもが止まった。
何もかもが止まってしまった中、ジズが動いて、目の前に来る。
自分の正面でニヤッと嗤った顔に唾を吐きかけようとした時、ジズの体の輪郭がブレた。
そのままジズの姿は消え、その場にはあの時見た化け物、七つの頭と十二の翼を持つ大蛇が居た。
「ばっ、化け物!」
「いいや、悪魔だ」
化け物の後ろで景色が縦に切れ、驚くべき事に、開いた先の真っ黒い空間の中から肩紐の黒いドレス姿で、髪を結っていない状態で、裸足のイリーネが来た。
体の曲線に添うドレスを着た妖艶なイリーネの姿に、こんなにも美しかっただろうかと見惚れてしまう。
「イリー「ジズ様」」
きっと駆け寄るのはこっちだと思い、名前を呼ぶ途中、イリーネは迷い無く蛇に抱き付いた。
その姿に、イリーネに無視されている事に苛立った。
「居なくなっては嫌」
蛇の頭の一つと口接ける。
「……んっ……はあ」
イリーネの甘い声に心臓が跳ねた。
「イリーネ、夢中になってしまうから、お止め」
蛇の頭の一つが言うと、イリーネは蛇との口接けを止めた。
「イリーネ、愛しい婚約者をどうしてやりたい?」
イリーネの視線が此方にゆっくりと向いた。
自分に縋ってくるだろう言葉を期待して、待つ。
きっと、イリーネは自分に愛を求める筈だ。
「興味無いですわ。それより、第二王子などをいつ迄見てらっしゃるの?ジズ様の視線を全部独り占めしたいですのに」
イリーネが蛇に自分の頭を凭れ掛かせ、目を閉じた。
「良い子だ。そのままその美しい瞳を瞑っておいておくれ。イリーネに愚か者の姿を見せるのは忍びない」
「貴様、イリーネに何をした」
自分のモノであった筈の物を奪われた悔しさが胸に押し寄せる。
「クッ」
蛇がおかしくて堪らないとばかりに笑い声を漏らす。
その後は元の人間の姿になった。
その腕でイリーネの腰を抱く。
イリーネの長い髪を撫で、その一房を取り、指に巻き付け、口元に持ってきた。
「男として、ただ誠実に、美しい女性に愛を乞うただけだ」
イリーネの髪にジズが口接けると、イリーネの首筋や胸元に所有印が散っていく。
奥歯を噛み占める。
あんな化け物に穢されたのだと判り、嫉妬が沸き上がってきた。
「イリーネ、私が間違っていた。許して欲しい。その化け物を捨て、私とやり直そう。イリーネだってそれが望みだろう?私をまだ愛していながらそんな化け物に身を委ねるのは辛い筈」
イリーネを何とか説得しようと言葉を募った。
この化け物がイリーネを愛しているのなら、イリーネの為に身を引き、イリーネの望み通りに動く筈だ。
イリーネに従う巨大な力を持つ悪魔が居れば、失態を犯した自分の地位は、きっと取り戻す事が出来る。
イリーネさえ手に入れれば、全て元に戻るばかりか、覇権を握る事すら可能だろう。
イリーネを熱の孕んだ瞳で見て、甘く呼びかけた。
「イリーネ」
イリーネはすぐに目を開け、此方に来る筈だ。
そう思っていたが、彼女は化け物に言われた通り、まだ目を閉じたまま返事もしない。
「イリーネ、この私を無視するのか?」
今度は哀しみを乗せる。
イリーネの愛はまだ私に向かっているのだから焦る必要は無い。
今は少し拗ねているだけに過ぎない。
なのにまた化け物に嘲笑われた。
「クックック。イリーネ、この愚か者に答えてあげなさい」
「はい、私の心にジズ様以外は存在しません。チャールズ様はアンジュ様との愛に生きられませ。私、全てを捨て去る事の出来る、その素晴らしい愛を祝福致しますわ」
久し振りに心からの笑みをイリーネから見せられた。
「と、いう事だ。お帰り、イリーネ、愚か者に艶やかな姿を曝すのは頂けない」
人の姿のまま化け物がイリーネと唇を重ねるとイリーネは消えた。
「その心根と同じ顔にしてやろう」
そう言った後は化け物の手が伸びてくる。
拒絶したいが衛兵によって拘束されたままの体は動かない。
「私に何をする気だ!」
叫ぶ顔を上から下に撫でられただけだった。
母上が開いた扉が閉まる音がした。
「私の第二王子宮に、無断で入り込んだ平民に、鞭をくれてやった後は、放り出せ」
「畏まりました、ジズ様」
連れて行かれたのは罪人を処罰する為の場所だった。
血の匂いが染み付いた場所に吐き気がしたが、衛兵に取り押さえられたままだ。
乱暴に膝を突かされ、縄で手首を拘束された。
「私は第二王子のチャールズだぞ!こんな扱いが赦されるのか!」
叫んだが、返って来たのは哄笑だった。
「第二王子は18年前からジズ様だ!チャールズって誰だ?」
元から何も無かった事にされていた。
「じゃあ、イリーネを呼べ!アイツなら私が判る筈だ!」
アイツが牛耳っていても、イリーネなら自分が判る筈だと叫ぶ。
今の自分を救えるのはイリーネしか居ない。
「ジズ様の婚約者であるイリーネ様を勝手に呼び捨てにするな!頭のオカシイ奴に教えてやろう、イリーネ様は婚約者となってからジズ様と仲睦まじく、円満で、後数週間で御結婚だ。馬鹿な男爵令嬢がイリーネ様に成り代わろうとしたが、ジズ様に相手にされない事を逆恨みして、色々やらかしたが所詮、根っからの娼婦だけあって、息をするように嘘を吐き、騒動を起こした結果、処刑いや、殺処分された。お前もそうなりたいのか?チャールズ第二王子様よお」
刑の執行係が薄ら笑いでそう言った。
血の気が引く。
(あの、愛らしいアンジュが根っからの娼婦?息をするように嘘を吐く?)
自分が愛を捧げたアンジュの評価に頭を殴られたような気分になった。
自分が接してきた、あのアンジュはどうだったのかと疑惑を持つ。
「そうですよ!チャールズ様はイリーネ様、私はジズ様、それが良いです!」
アンジュが叫んだ言葉が頭に響いた。
あの時、アンジュは自分を切り捨て、より良い方を取ろうとしていたのではないのかと思った。
その証拠に自分の腕の中に居ながらジズの美貌に溜め息を吐いたのだから。
(根っからの娼婦……)
そんな女を自分は選び取ったのかと愕然とした。
そんな中、刑の執行係が室内に置いてあった鞭を取った。
自分が直面している恐ろしい現実に引き戻された。
一振りされる毎に背中の皮が捲れる強さだった。
「ギャーッ!」
「ハッハッハー!喚け、喚け、それでも殺処分よりゃ、良いだろうよ!」
確かにそうだと思った。
アルフォンスもルードヴィヒもマイオスもアルベールもアンジュも殺された。
だが、自分は殺される事は無いのだから。
散々鞭を打たれ、放り出された。
動けないままその場に暫く倒れていた。
夜になって、町まで行き、ガラスに映った自分を見て驚愕した。
映った顔は元の自分の顔とは違っていた。
毛虫のような眉毛に丸くて不格好な大きな鼻、厚ぼったい唇。
荒れて、吹き出物が目立つ肌。
以前と同じなのは髪と目の色だけだった。
それからの生活は常に底辺だった。
貴族の通う学校で習った事は、簡単な計算以外、何一つ役に立たない物ばかりで、働く先では常に偉そうな物言いしかされない為、反論して、口論になる。
正しい事を言っていても解雇されるので長くは続かず、職を転々とした。
自分の稼いだ金だからと、自分の食べたい物だけを食べていたから、食事が偏ったせいで体重も増えた。
そのせいで増々醜さに拍車がかかった。
ジズとイリーネの結婚を大通りから眺めた。
駆け寄ろうとして、またもや衛兵から強かに打たれた結果、右足を折り、真面に働けなくなった。
それからは貧民として生活し、日雇いの仕事と、カビの生えたパンや、野草もお馴染みになっていった。
勿論、女とも縁が無かった。
美しさも無い、そこら辺の女を抱く等、真っ平だったので、温情を受けた働き先の見目麗しいのに手を出し、捕まったせいで、更に底に落ち、家を持たないで、路上で生活する事になった。
この頃から入った収入はそのまま酒になっていく。
施しを受ける側になり、嘗て自分が放棄した仕事の重要性を知る。
奉仕活動をしている筈のイリーネには何故か会う事は無かった。
イリーネはあの悪魔との間に子供を作り、その子供達は天使と見紛う美しさとか、その賢さは素晴らしいとか、剣技すら抜きん出ている等と話題になっていたが、そんな筈は無いと信じるしかない。
きっと、私との子供の方が美しく聡明に決まっている。
今の自分にはそれ位の想像でしか自分を慰める術は残っていない。
「イリーネ、すまなかった。許して欲しい……。貴女はいつでも正しくて、私には眩しかったのだ。隣に居る事が出来ない位」
素晴らしい女性を選ばず、口だけの女の甘言に酔っていた愚かな自分を、これからも生かさなければならない事を恥としながらも、自死すら出来ない自分。
殺されない方が良かったなどと思った自分は愚かだったとだけ最後に言おう。
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人として寿命を終え、魂となったイリーネは天上に居た。
その、足元から白い手がイリーネに差し出される。
イリーネは微笑み、その手を握った。
悪魔に天上を干渉されたと騒ぐ天使を冷ややかに見つめながら、神は清浄なる魂が奪われたことを知った。
「アレが唯一無二を選ぶとは……長く生きていると、思わぬ事も起きるのだな」
かといって、特に干渉する気もないので、また微睡む事にした。
誤字脱字報告頂きありがとうございました。
直接感謝したいところですが、後書きにて、お礼申し上げます。
ルードヴィヒ・モザルトはアンジュの希望に添い、山賊をけしかけ、殺そうと見せ掛け、イリーネを拉致監禁して愛人にしようとしていました。勿論、そこに愛はありません。
彼の婚約者は胸は大きいですが、容姿は平凡だったので、不満があったのです。