第6話 初対面の第一印象は大事
昔から、夢を見ることは多かった。
小さい頃に見た夢の内容を、今だに思い出せるほど、鮮明に。
何度も何度も同じ場所の夢を見ていたせいで、道は全て把握してしまっていた。
夢は楽しくて大好きだ。
夢の中なら何でも出来る、何処にでも行ける。
空を自由に飛び、海底深くまで自在に潜り、あちこちを探検したり。
魔法を操り、大勢の前でとびっきり素敵なショーをしたり。
特に、幻想的な夜空を眺めるのが、大好きで。
夢は私にとって、自分だけの秘密基地のようなものだ。
ただただ楽しい、夢の世界。
けれどいつからか、私にとっての夢の世界は、現実から目を逸らすための逃げ場になっていて。
目覚める恐怖から、現実に戻る不安から、必死に夢にしがみ付いて。
いつからそうなったのか、何故そうなったのかはもう、思い出せないけれど。
きっと、そのまま深いところに潜り込んでしまったのだろう。
いつもの楽しくて自由な世界とは違う、重くて暗くて冷たいその世界の空気に、来てはいけないところに迷い込んでしまったのだと、そう悟った。
化け物が叫んでいるのか、それとも私の魂が叫んでいるのか。
真っ暗な世界でチカチカと、時々ドス黒い赤に染まる視界の中で、誰かの、何かの、叫び声が耳に纏わりついて。
自分の身体が、肉が、骨が、魂が、ぐちゃぐちゃに喰い荒らされていく。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
その声に身体の内側が掻き乱される。
声がずっと頭から離れてくれない。
怖くて怖くて怖くて。
いつの間にか私の意識は、その声に掻き消されて、薄まって、溶けてしまっていた。
どれくらい経ったのか。
意識がゆっくりと輪郭を取り戻していく。
声はもう聞こえなくて、身体は心地良い浮遊感と温かさに包まれていた。
何か、優しい光が注がれて、それが魂の器を半分ほど満たして。
冬の夜に、月を見上げているかのように。
心地良く冷たい風が、心を洗い流してくれた。
そこからゆっくりゆっくり、魂、骨、肉、身体。
…戻ってきてる。
自分がまた、形作られているのを感じて、ひどく安心した。
それでも何か、大切なものが欠けている気がして、少し悲しかった。
気が付いたら、今度は水底に横たわり、水面を見上げていた。
息苦しさはなく、ただ温かくて心地良い。
薄暗いそこで暫くぼんやりしていると、不意に誰かの手が伸びて、私を水底から引き揚げた。
力の入らない私の身体を誰かが抱き支えてくれる。
何か言われている気がするけど、受け答えができるほど意識ははっきりしていなくて。
そこから暫くは、意識が覚醒しないまま、真っ白な部屋で過ごしていたと思う。
意識がようやくはっきりした時、一番最初に感じたのは…口が裂けているような、焼けるような熱い痛みだった。
「…俺達も可愛い後輩ができて良かった」
そう言って照れ臭そうに笑ってくれるムトさんと、鼻水を垂らし、泣きながら私を心配してくれるリリィさん。
私は運が良い。
こんなにも良い人達に恵まれたのだから。
直後にリリィさんがムトさんに抱き付き、服が鼻水と涙で濡れた彼の悲鳴が響き渡るのを見て、思わず腹を抱え笑ってしまう。
この二人は親子のようで、兄妹のようで、夫婦のようで…お似合いだなあ、なんて呑気に考えながら笑っていると、ムトさんに怒られてしまった。
仲良く喧嘩しながら歩いていく二人を見送る頃には、傷の痛みに耐えながら話すのも、それなりに慣れていた。
さて、今日から私は本格的にクレセントとやらの隊員になるわけだ。
私はガーディアン直属の部下、というやつになるらしく。
つまり、私を部下として指名した人に、これから会わなくてはいけないのだ。
私は優秀なステータスとスキルを持っているのだから、冷遇されることはないだろう、とムトさん達は言っていた。
まあ天才美少女チヅルちゃんならどこに行こうと活躍間違いなしだけれども…。
でもまさか、
(まさか、今私の真後ろでめちゃくちゃ圧かけて睨み付けてきてるこのどう考えてもカタギじゃない男性じゃ…ないだろうな…)
いやまさか。
いやいやまさか。
私を指名するような超優秀な見る目あるガーディアンさんがまさかこんな、高そうな黒スーツ着た怖い人なわけ…。
「お前がチヅルか、俺は今日からお前の上司になる、」
あ、やばいこの人だ、終わりだ。
自己紹介をしてくれているヤ…の人の言葉が頭に入らない。
高ステータスだのチートスキルだの褒めちぎられ、完全に浮かれ切っていた私の脳内は少しずつ、不安の色へと染まっていった。