第5話 可愛い後輩
「んじゃ、俺たちの任務はこれでおしまいだ」
昼食を終え、役立つであろう教材や資料をチヅルに渡し、やる事は全て終えた。
明日からは、チヅルはいよいよ隊員として任務をこなし始めなくてはいけない。
「普通ならここからはチヅルちゃんの好きなようにクエストを受けて、好きに生活して…って感じなんですけど、高ステータスのチヅルちゃんは、ガーディアン直属の部下として配属されるみたいです」
「ガーディアン…?」
そういえばガーディアンの説明はまだだった…。
とはいえ詳しく話すと長くなるので、軽く説明しよう。
「ガーディアンは俺たちを纏めるお偉いさん方だ。
色んな立場を任されているが…例えば研究所にいたアンナ先生なんかもガーディアンだな」
「ガーディアンの皆さんは優秀な隊員を数人指名して、自分の部下にするんです。
通常、一般隊長はゲームによくあるギルドみたいに、好きなクエストを受けてお金を稼いで…みたいな感じで生活してるんですけど、直属の部下として働いている人達は、自分で受けるクエストを選ぶのではなく、ガーディアンから指定された任務をこなす形になります」
「フリーランスから正社員に…みたいなもんだな。
まあ、部下になれば安定した給料をもらえたり、気に入られれば色々優遇してもらえる。メリットの方が多いし、部下になって損はないと思うぞ」
俺とリリィもガーディアンの部下として働いているから、待遇の良さは保証できる。
まあガーディアンの人柄や相性にもよるが、チヅルならどこでも大丈夫だろう。
「私が優秀過ぎるあまり、早速スカウトってわけですか…いやはや照れますな」
…謙虚過ぎないのは良いことだ、うん。
「とにかく、これで一旦お別れだな」
「今度はプライベートで遊びましょうね!お金に困ったら先輩が奢るので!」
リリィは俺をATMとでも思ってんのか…?
「…まあなんだ、何かあればいつでも頼れ」
「…ふふ、はい。色々とありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるチヅル。
なんだかんだ言って楽しい数日間だったな、なんて思いながら隣を見ると、リリィが号泣しているではないか。
「…うっ、うっ…ちゃんとご飯食べてくださいねぇ…辛くなったらいつでも帰って来るんですよ…」
お前はチヅルのお母さんか。
とはいえ、リリィにとっては歳の近い可愛い後輩が出来て嬉しかったのだろう。
しょうがないからたまには二人を連れて飯くらい行くとするか…。
「……私、メアに襲われた影響で記憶が無くて、…現実での暮らしとか家族のこと、思い出せないんです」
どこか遠慮気味に、恐る恐るチヅルは話し出す。
「マスクで隠した口の傷は完治しないみたいだし、家族のことは思い出せないし、色々不安で…正直最初は心細くて…、…だから、お二人が教育係で本当に良かった」
…そりゃそうか。
待たせてる家族がいるのかも分からず。
口元には常に痛む、消えない傷があって。
そんな中一人で知らない世界にきて、不安じゃないわけがない。
そういう素振りを一切見せなかったから、そんな簡単なことを忘れていた。
(もう少し、優しくしてやりゃ良かったか)
俺たちで良かった、と笑ってくれるチヅルを見ていると、僅かだが罪悪感や後悔に近い感情が湧きそうになった。
リリィといいチヅルといい、俺より歳下のくせに、気丈に振る舞うのが上手い奴等ばかりだ。
「…ムトさん?」
号泣するリリィの横で黙り込んだ俺を心配したのか、チヅルが眉を下げながら此方を覗き込んでくる。
いかんいかん、心配させてどうする。
「何でもねえよ、…俺達も可愛い後輩ができて良かった」
そう言ってチヅルとリリィの頭を乱暴に撫で回す。
「うわっ、…良かった、嬉しいです」
「うわーんっ、せんぱーいいぃ…!」
「あ、てめっ、俺の服で鼻水を拭くな!やめろ抱きつくなリリィ!」
またいちゃついてる…なんて呆れたチヅルの声を聞きながら、俺は引っ付いてくるリリィの肩を掴み引き剥がそうとする。
しかし抵抗虚しく、俺のシャツに顔を埋め、ちーんっ、と鼻をかむリリィ。
暫くは俺の悲鳴とリリィの泣き声、そしてチヅルの笑い声が、辺りに響いていた。