対面と覚醒
四話目です!
コロッセウムの競技場につながる道をゼレシアとともに歩く。
コツコツと上質な革靴が床を鳴らす。
燕尾服を翻しながら、サナはゼレシアに話しかけた。
「女装させられると思ってたんだけど、まさか燕尾服をよこしてくれるとは」
「まあ、サナ様は男性ですし、人の目もありますからね」
「いやあ、男が大地の女神になる時点で関係ないとは思うけどな」
「それもそうですね」
小さく笑うゼレシアが立ち止まり、入場口を指し示す。
「もうほかの後継者は集まっています」
「わかった。ありがとう」
帝選の儀と同じような緊張があるが、構わず入場口をくぐって競技場に入っていく。
日差しに顔をしかめつつも先を見れば三人の少女がサナを待っていた。
「ああ、あんたたちが後継者か?」
少女たちはそれぞれ、燃える炎のような赤色の髪の勝気そうな子、大海原のような青色の髪のクールな子、夜を駆け巡る雷のような黄色と黒色の…プリン頭の不良のような子で、
最初に反応したのは赤色の髪の毛の女の子だった。
サナの問いに顔で疑問を主張しながら応対した。
「そういうあんたはなに?大地の女神の従者?大地の女神はどこよ」
「え、いや」
まさか俺が男だと知らされてなかったのかと事情を話そうと頭を切り替えた直後、プリン頭の不良少女があきれたような声音で言う。
「はあ…赤色、聞いてなかったのかよ?その男が大地の女神の後継者だ」
「バカ…」
「は、はあああ?!バカってなによ!!そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」
「先生が言ってたじゃねえか…」
この時点でなぜか仲が悪そうだ。
女神同士の仲が悪いのはなんだかよくない気がするサナはどうにかしようと口を開くが、観客席より上の何やら豪華そうな席を立つこれまた豪華な服装の男を認め、(あとで話せばいいか)と口を閉じる。
『女神たちよ聞け!』
拡声器を通したのか、かなりの音量の男の声がコロッセオに響き渡る。
すると民衆も静まり、女神の後継者たちも諍いをやめて跪く。
その様子を倣ってサナも跪く。
『わしの名はゴルザ・コロナ・パージア。このパージア帝国の皇帝である!』
サナの予想通り、豪華な服装の男性は皇帝らしかった。
名乗りを上げ、続けて口上を述べていく。
『今日は臨帝の日。この帝国が建国された日だ!そして今、この瞬間、次代の女神が生まれる日にもなるのだ!!』
次代の女神が生まれる日になる。
その言葉が民衆の心にどれほど響いたかはわからないが、皇帝が言葉を区切った瞬間、ドッと民衆がわいた。
歓声は大きく、サナたちがその勢いに圧されていると皇帝が喋りだしまた静かになった。
『さあ、皆で祝福しよう。女神の誕生を。女神たちよ。覚醒するのだ!!』
その言葉を皮切りにサナ以外の女神後継者が立ち上がる。
「え、段取りとか聞いてないんだけど」
「ちょっと平民!締まらないじゃない!」
「わ、悪い」
赤髪の少女の言葉で勢いよく立ち上がり、
女神後継者が全員見える立ち位置で己の身の内に集中する。
「やっぱり、四人になってから女神の異能が動き始めたわね」
「覚醒を始めましょう」
「っし。シクんなよ」
「……ふぅ」
三者三様に気を引き締め、自分の中で確かに息づいた女神の異能に触れる。
すると、サナの周りの地面から茶色の光が漏れ出し渦巻き始めた。
その光はとても暖かくサナを包み、大地の女神の力と記憶を授けた。
先々代の悲しい記憶、先代の奮闘。
そしてすべての時代の大地の女神の慈愛の心。
不覚にも泣きそうになるサナだったが、
ほかの女神の叫びで遮られることになる。
「ひ、いや、いやああああああ!!!」
「きゃああああああ!!」
「ぐっうううううううう!!!」
魔力が渦巻いている。
ほのかに包むような大地の魔力とは、様子が全く異なっている。
まるで女神自身を傷つけようとしているような、そんな魔力に見える。
どうしてこうなっているのか、サナには全く分からない。
だが女神の記憶が教えてくれる。
女神たちの攻撃的な記憶が、彼女らの魔力制御を妨害してしまっている。
そして、肝要なのがこの魔力暴走の対処の仕方。
ほかの女神もその記憶を見たのか歯を食いしばりながらこちらに目線を向ける。
この仕事は大地の女神にしかできないことだということが、記憶が教えてくれる。
が、これはほかの女神の記憶で、サナにはうまくやる自信がなかった。
ここでやらなければならない。
民衆が被害を被らないように。
被害が及ぶとしても最小限に…
……いや被害は出さない。
そう決意したサナは叫ぶ。
「上だ!上に魔力を撃て!!」
「ぐ、頼んだわよ!」
「……ッ!!!」
「ッすまねえ!!」
次の瞬間、三色の魔力が打ち上げられる。
だが指向性を示してやっただけの魔力はどんどんと解けていき、大惨事になりかけていた。
「ふっー、ふっー、やれる、できるできるできる…ッ!!
いけっ!!【地殻小盾】!!!」
サナの周囲の地面からとてつもない量の魔力光があふれ出し、民衆を女神の魔力から守るように盾を形成した。
意味を持たない魔力は、「守る」意味を与えられた魔力に激しく衝突するもサナの盾が揺らぐことはなく三女神の暴走した魔力は霧散していった。
『『『わああああああああ!!!!』』』
魔力が消えうせ、女神たちの覚醒が本当の意味で終わった瞬間、コロッセウムを民衆の歓声が揺らした。
初めての魔法が成功した興奮と、異世界に転生したという実感が一気に押し寄せる。
だが、この高揚感はそれだけが原因ではないように思える。
今までは意識できなかった大地の魔力が、動いているのを感じる。
それはほかの女神も同じようで、
先ほどの憔悴した様子とは打って変わって、見た目も雰囲気も違っていた。
まず、体から溢れ出る魔力が髪の毛の先をほんのり光らせている。
これだけでも魔力がかなり多い証拠となるのだが、十歳であるはずの彼女らの容姿が大人びているのだ。
ただ完全な大人というわけではなく、二、三歳ほど変化ではあるが確実に見た目を変化させていた。
「すごい…生まれ変わったみたい…」
「これが流水の女神様が見ていた景色…」
「女神の力…途轍もないな」
三者三様に女神の力に対する感想を述べていく。
その表情は見た目が変わってもなお、年相応のものでこれからの冒険に思いをはせているようだった。
「はは、は、」
「お前ら、そんな顔もするんだな」と皮肉を込めつつも、話題の起点になるようにと話しかけようとすると、やはり、というか、サナが女神になるうえで避けて通れない問題が、サナの声が原因で思い起こされた。
「…!うそ!アンタ大地の女神なの?!」
「…………」
「お、おいおい。マジかよ」
サナが冷汗を流しながら、身じろぎするとズルズルと身に着けていた衣類が地面をこすった。
頭が重いと思えば髪の毛は地面についてしまうほど長くなっていて、目線が今までにないほど低い。
そして先ほどサナの鼓膜を揺らしたのは鈴を転がしたようなかわいらしい声で。
半ば泣きそうになっているサナに、流水の女神がとどめを刺すように言った。
「………かわいい」
どうやら、サナはほかの女神と同じように大人びた女性になることはなく。
幼女になってしまったようだ。
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