ヒーロー
【樹岩竜】の目から溢れ出る魔力光が線を引き、その起点である【樹岩竜】は今、主人の怨敵を屠ろうと突進していた。
それを見ていた敵たちのリーダー格であるミルクは速攻で回避、いや退避を指示する。
「みんな退避しろ!!」
その指示にいち早く反応したのは斥候職であるとりんてぃかいろだった。
が、それを許さなかったのは俺だった。
「退避ぃ?そんなこと言うなよなぁア。もっとゆっくりしていけよっ!!」
とりんてぃかいろの足元の土を操作し、竜の顎を形成する。
それを見たとりんてぃかいろは自らの結末を察し、ミルクに対して親指を立て言う。
「あいる、びーばっく」
バクンッ
竜の顎は閉じられその隙間から光るポリゴンが漏れ出ていた。
「か、かいろー!!!野郎よくも!!」
「緊張感なさ過ぎてイラつくがこれで一人」
俺が目を向ければ【樹岩竜】がプレイヤーたちと大団円を演じていた。
【樹岩竜】の源流がドラゴンのイメージの大本である火竜ではなく翼のない地竜であるからかプレイヤーたちは攻めあぐねている印象だった。
かぎ爪で牽制し、尾で逃げ場をつぶし、牙でとどめを刺す。
見ていて惚れ惚れするほどの確殺の技繋ぎ(アーツチェイン)。
周りのヤツらは【樹岩竜】の大きさに圧倒され手を出せないでいる。
「うおおおおっ!!死ぬ死ぬ!!難易度設定ミスだろこれええ!!」
だがプレイヤーたちは巧みなプレイスキルと、助け合いで乗り切っている。攻撃はしていないが、攻撃を受けてもいない。
正直言って、もうこんなことしている暇はない。
奴らが言うことが本当ならケレン(火炎の女神)が心配だ。
体に残る魔力全部使っても助けなければならない。
そんな思いを馳せている間に戦闘に変化が出てきていた。
「うおらあぁ!!」
「グオオォ?!?!」
【樹岩竜】の顎が大剣でたたき上げられていた。
牙が折れ、血の代わりに土くれが零れ落ちていた。
盾職兼攻撃手であろうミルクがその本領を発揮し、周りの味方に余裕を生み出していた。
さすがに順応能力が高すぎる。
だが、【樹岩竜】も負けてはいない。
かちあげられた勢いそのままに、サマーソルトを…
ってお前そんなこと出来んの?
流石に予想外だったのか、プレイヤーの1人がそのサマーソルトをまともに受けた。
確かそいつはがらら丸とかいう名前だったはずだ。
「がら!!」
地面ごと抉られ光るポリゴンとなり弾けたプレイヤーを見て攻撃力を想像したのかその場にいる全員が顔を青く染める。
「グラァァァァァァ!!!」
勝利の雄叫びを上げる【樹岩竜】。
スゴすぎる。このままなら圧倒できる。
でも、そうはいかないのが現実。
ミルクが叫ぶ。
「【強化】ァ!!!」
そうやつが叫ぶと、ミルクの全身から青いオーラが立ち上がる。
何やらスキルを使ったようだ。
様子を見るように指示をする前に【樹岩竜】が突進する。
まずい。
そう思った時、【樹岩竜】が空中を舞った。
吹き飛んだ【樹岩竜】に目も向けず、ミルクを見れば大剣を振り上げた格好で硬直していた。
馬鹿げた力だがチャンスだ。
まだ【樹岩竜】は死んでいない。
急いで支援するために四肢に魔力を高速循環させる。
だが、それを妨げるものがあった。
合計4本の矢が俺を襲う。
完全に意識外から来たそれはいとも容易く四肢を弾けさせた。
「がっ?!」
「よしっ!!畳み掛けろ!!」
「【樹岩竜】ッッ!!奴らを近づけるなぁ!!」
頭を狙った矢が放たれたのが見える。
今度は風切り音がちゃんと聞こえる。
恐らく切り札とも言えるスキルで完全に意識外から不意打ちしたのだろう。
再生が間に合わないと判断した俺は、右肩に魔力を集中させ無理くり腕を作り上げる。
光の腕にも見えるそれで、四肢が弾けたために空中に霧散仕掛けている魔力を制御する。
別に無才の人間だって魔法が使えないわけじゃない、死ぬほど努力が必要なだけだ。
だから俺は才能外に位置する空間魔法の【空気の手】を行使する。
なんてことは無い透明なだけの手な訳ではあるが、選択肢を悠々と選んでいる時間は無い。
「【空気の手】ッ!もどき!!」
魔力を込めた空間で手を形作り、矢を掴み取る。
「やっぱはやっっ?!」
掴み取る事は出来ず、【空気の手】が矢に壊される結果になった訳だがそのおかげで矢の速度が減速した。
首を傾け、かっこよく避けようとするが耳の辺りがごっそりともっていかれた。
鼓膜やらもいってしまったらしく、右耳が聞こえない。
右手は順調に人間の手に戻りつつあるが、鼓膜が吹き飛んだ事で俺の意識が定まらなくなるという異常事態が発生した。
「がっあ…再生を…はや、く」
再生は極端に遅くなり、意味を持たせずに魔力を送ってしまい無駄になる魔力が多くなっている体たらく。
痛みは無いが目の前の景色が歪むような感覚だ。
無様に転がっている俺は明らかに再生できていなく、誰がどう見てもそれは隙だった。
硬直が解けたミルクが指示を飛ばす。
「いまっ!!ブルーは遅延術式を完成させろ!!俺はドラゴンを釘付けにする!!ベロはトドメだ!!」
「「了解!」」
グワングワンと定まらない感覚の中で、俺は生存策を最優先タスクとして設定する。
再生が上手くいかない。
魔力の扱いが上手くいかない。
だけど、壁を我武者羅に立てることぐらいはできる。
「なめ、舐めるなぁ!!!」
右腕を地面に叩きつける。
ただの魔力は枝分かれし、余すことなく地面に浸透して行く。
その魔力は与えられた指示に従って、我武者羅に壁を乱立させて行った。
迷宮がごときそれは、プレイヤー達と俺の間を完全に遮断した。
「さしずめ【大地迷宮】ってとこかァ?…鼓膜の再生は終わった。とっとと体を全部さいせ……」
言葉が途切れる。
俺は、体が動かせなくなっていた。
【大地迷宮】が土塊に戻り、俺とプレイヤー達を隔てていた壁は消えていく。
冷や汗が止まらない、悪寒が止まらない。
霞む両目を目の前に向ければ、【樹岩竜】は倒れ伏していた。
魔力の意味が消えた…?
どうにか動こうとしているようだが、【樹岩竜】は【樹岩竜】で体の維持が精一杯のようだ。
そんな【樹岩竜】には目も向けず、悠々とミルクがこちらに歩いてくる。
「やっと術式が完成した。体動かせないでしょ。口も聞けないと思う」
「これは有志が提供してくれた魔力生命体相手の特攻魔法だ。魔力の中身を空虚に書き換える効果がある」
「さて、無駄話もこれぐらいにしよう。俺にもまだやることがある」
そう言うと俺を足蹴にし、仰向けに転がした。
「君の超常、俺が貰うよ。その力が使えると思うと、ゾクゾクするね」
大剣が振り下ろされる。
速い終わりだった。
女神たちと友達になった。
キマシ…?って一瞬思ったけど、彼女らはとても純粋で綺麗で、どこまでもいい人だった。
俺がぐぅたらしててもたまに遊びに来てくれたし、出発の日も報告しに来てくれたいい子たちだった。
そんな子達の仇が取れずに、こんなクズ共に殺される…?
嫌だ…!!
ギュッと瞼をきつく閉じる。
ガィイインッッ!!
その音に、瞼を開ける。
ミルクは大剣を吹き飛ばされ、後退している。
だが、そんなものよりも際立っているもの、いや人が。
誰かが、俺を守るために立っている。
「誰かが泣く声が聞こえた」
そうキザに言い放ったあと、その人は無骨で綺麗な片手剣を構えて、言う。
「大丈夫。助けるよ」
髪色は灰を掛けた小麦のような色で、だけれど輝いて見えた。
風になびくそれを見ながら、なぜか俺は【勇者】という言葉を思い出していた。
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