1話 俺の好きな子に僕志願者が現れた
「今日ねー、二人の男の人に僕になりたいって言われてねー」
「今なんて?」
ここは俺達の通う高山学園高等部の教室。おはよう、と朝の挨拶を交わして、何の変哲も無い当たり前の日常が始まるはずだった。
言われたことを反芻する。僕になりたい。しかも二人の男がそう言ってきたと。隣の席に座るふわふわと笑う彼女、御来屋なつきは天然のゆるふわガールであり、僕志願者が現れるほどの女王さまでは絶対ない。幼馴染としてそれは断言できる。
もちろんこの俺、永田遠矢は彼女に淡い恋心を抱いているが、踏まれたいと思ったことはない。むしろ膝枕で頭を撫でてほしい。いや待て話が脱線した。俺の願望は今はどうでもいい。
反射的にツッコミに近い返答をした俺に対し、なつきは変わらずふわふわと笑いかけながら話を続けてくれた。
「あのねー、通学路で蹲ってる男の人がいたから心配で声をかけたんだけどね。私の顔を見た途端こう、くわっ!って目が開いて、貴女を探してました、僕にしてくださいって言われたんだ」
「なにそれ変質者じゃん……」
「私も困っちゃって、早く学校に行きたかったから良いですよって」
「言うなよ!バカなの!?」
「その人と別れた後、今度は横断歩道のところでボンヤリしてる人がいてね、どうしたのかなって声をかけたら同じような顔で同じことを言われちゃって」
「誰彼構わず声かけちゃダメ!いや具合悪そうな人放って置けないだろうけど!」
「うん、放っておけないよ!」
ああー、そういうところが好きー。
ではなくて。どうやら彼女に変な虫がついたようである。これは一大事だ。誰にでも優しくできる彼女に惚れ直しつつ、俺は一つ提案をした。
「学校終わったら、お、俺としばらく帰らねえ?変な奴も離れていくかもだし」
「いいよー!それじゃあ遠矢くん、放課後よろしくね。クレープは何味にする?」
「抹茶で……ってクレープ屋寄るのか?!いや良いけどさ!」
あれ、これって実質デートか?デートという認識で良いか?
嬉しさでにやけてしまいそうになり、口元に手を当ててどうにか誤魔化す。危なかった。この恋心は墓まで持っていくと決めているのだから、悟られないようにしないと。俺は、これからも、なつきの良き幼馴染でいるつもりなのだ。
「遠矢くん、口元がふにゃふにゃだねぇ」
「……」
あはは、となつきが笑っている。指摘されて恥ずかしい俺は机に突っ伏して現実逃避を始めることにした。
あっという間にやってきた放課後。駅前のクレープ屋の前。
なつきと肩を並べてクレープを食べる甘いひとときがあるはずだったこの時間。
どうして俺は、彼女の足元に跪くイケメンを見下ろしているのだろうか。
「陛下、ずっと探しておりました。どうか今世も貴方のお側に仕えさせていただけませんか」
「……これ朝のやつ?それとも別件?」
「新しい人だねえ」
「新しい人だったかー」
まさかの三人目の僕志願者が来てしまった。しかも陛下呼びときたか。頭が痛くなってきた。周囲のざわめきに一ミリも関心を向けないイケメン、もとい黒髪短髪ストレートヘアの目つきの悪いその男は、よく見れば俺たちと同じ学校の制服を身に纏っていた。ネクタイの色が俺たち一年と同じ黄色ということは同学年か。
目つきの悪い男はチラリと俺を見た。しかしそれは一瞬のことで、俺はいないものと認識されたのかまたなつきの方に頭を下げて懇願を始める。
「……陛下、どうかお願いします。今度こそ、俺と共に悪王を打倒いたしましょう」
「いいよー。それじゃあ、よろしくねー」
「おいこら待て待て」
「ありがたき幸せ……!今世の自分の名は、大山友希と申します。一年A組に在籍しておりますので、いつでもお越しください。昼食時は護衛としてお迎えに上がりますので、在籍されている組をお教え願えますか」
「私はね、御来屋なつきって言うの。C組にいるよー。あ、遠矢くんも同じクラスなんだよ」
「C組ですね。かしこまりました」
「いや俺のことスルーじゃん。ってだから待て待て待て。なつき、いいよーじゃねえって!陛下って何?悪王って誰?!疑問しかないんだが?!」
おっと、A組の大山くん、またもや俺の事スルーしてなつきと連絡先交換してるじゃん?良い度胸じゃん?
なつきもなに二つ返事でオッケー出してんだよ。どう考えても不審者だし、同学年に主従関係出来るのどうなの?
連絡先を交換し終えた大山はようやく立ち上がると、なつきより高い位置にある頭を下げる。こいつ背高ーな。
「本当に、貴方にお会いできて良かった……。今度こそ、俺は貴方のお側を離れません。よろしくお願いいたします、陛下」
「うん、よろしくね。友希くん。でも陛下って呼ばれてもわからないかもしれないから、なつきで良いよー」
「はっ、かしこまりました。なつき様」
「よしよし!……それじゃ、クレープ食べよっか。遠矢くん」
「嘘でしょ。なんでそんな順応してんの……?今めちゃくちゃファンタジーな会話してたんだよ……?クレープ、何味にする?」
「私はねー、苺が入ってるのがいいなぁ。遠矢くんは抹茶だよね。すみませーん、苺と抹茶を一つずつください」
ああー、俺の言ってた事覚えてくれてるとこほんと好きー。
お金は彼女がまとめて払ってくれているので、後で渡そうと財布を取り出していたら、なつきと一連の会話を終えた大山が俺の隣に無言で立っていて威圧感がすごい。これは多分、『なに我が王にパシリのようなことをさせているんだこの匹夫が』という視線だろう。こいつ俺より背が高いからますます見下ろされてこえーな。
しかし、きちんと言っておかないといけない。なつきは陛下ではないと。
意を決して、隣の男を見上げると、鋭い視線がこちらに向かう。
「……あのよ、大山。俺の名前は、永田遠矢。んで、あいつは同学年の女子高生なつきだ。陛下じゃないし、俺は匹夫じゃない」
「匹夫と言った覚えはない」
「たしかに」
「鼠としか思っていない」
「人ですらないの?!もうやだこいつ!しかもA組ってことはエリートコースじゃん!なんでなつきに拘るんだよ。あいつはお前の言う陛下とかじゃねえよ!」
「なつき様は今世では王という位にいないだけの話。俺にとっては未来永劫陛下だ」
駄目だ。話が通じない。こいつの中ではなつきは王様でしかないのだ。あいつはただのゆるふわガールの女子高生だというのに。
「ならせめて、その悪王?とやらの打倒を強制するのやめてくれよ。なつきはそんな武力派じゃねーんだ。普通の学園生活を送らせてやってくれよ」
「武力派ではないことは承知している。無論、なつき様が自ら動き出されない限り、悪王との決戦を強要もしない。……俺とて、陛下には安寧に生きていただきたいのだ」
そう言う大山の顔はとても真剣で、本気で思っていることが伺えた。本気でなつきのことを考えてくれているのなら、主従関係の懇願はさておきひとまずは様子見でいいかもしれない。なつきも嫌がってないし、ひとまず、だが。
「……んじゃまあ、よろしくな、大山」
「貴様とよろしくする気はない」
「お前嫌い!!」
どうしたのー?なんてふわふわと笑いながらクレープを二つ持ってきたなつきに、大山はあまり崩れていない姿勢を正して「何でもありません」と目つきの悪い顔をキリッとさせていた。