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寄夢 ~よりゅうめ~  作者: 八刀皿 日音
-Ⅲ- 白い闇に、にじり寄る夢が覗く

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 5.慣れてきてる



 ――僕を呼んだユリの注意は、視界の端の一点を示していた。


 ここからはフロアの反対側になる、ちょうど吹き抜けと天井がある奥との境界あたりの、本棚と本棚の間――。

 そこだけ照明が壊れているのか、暗がりになっている場所に……しっかりした足取りの人影が入っていくのが見える。


「あれは――」


 ……あれは、あの動きは――普通の人間?


 何か奇妙なものを感じて、僕はその人影を見失わないよう、一直線にフロアを横切り……暗がりになっている本棚の間へと駆け寄っていく。


 果たしてそこには――見かけた通り、スーツ姿の男性がいた。

 僕に背を向けて、奥の方へとゆっくりとした歩調で歩き去ろうとする。


 その所作は、ごく普通の人間のものだ。

 もしかすると、ここを寝床にしていたり、あるいは僕らと同じように何かを調べに来た人なのかも知れない――。


 声をかければはっきりするのだけど、僕は正直迷った。


 今の状況下では、もう普通の人間だからというだけじゃ安心出来ないからだ。

 むしろ、自分たち以外は、とにかく悪意を持つ危険要素と判断しておく方がいい――っていうぐらいに。

 だけどだからと言って、相手が普通の人間なら、さすがにいきなり有無を言わさず襲いかかるわけにもいかない。

 やっぱりここは一応、声をかけるべきだろうか……。


「――おい、景司けいじ!」


 そう心を決めかけていた僕は、名を呼ばれて振り返る。

 泰輔たいすけたちみんなが追い付いてくるところだった。


「何いきなり1人で突っ走ってんだよ、慎重に行こうってさっきお前自身が言ったところだろうが、まったく……」


「あ、ごめん、人を見かけたから。つい――」


 何気なく言って、僕はもう一度振り返る。

 スーツの男性も、僕らのやり取りで存在に気付いたのか……こちらに向き直るところだった。



 そして――僕は戦慄した。



「! まさか、そんな……!?」


「まあ、確かに人ではあるよな、一応。――見かけだけは」


 不快そうに顔を歪めながら、泰輔は手製の槍を構える。

 岩崎いわさきもそれに続いて鉄棒を握り直す。


 一方、スーツの男性は、穏やかな微笑みさえ浮かべながら……つかつかと確かな足取りでこちらに近付いてくる。


 しかし、その目は――その瞳だけは、あの嫌らしい痙攣を続けていて……!


「なに、あれ……? アイツら特有のぎこちなさがまるで無いじゃない!

 どうなってるのよ――まさか、元に戻りかけてるの……!?」


 芳乃よしのがそう言った瞬間だった。

 男は、大きく口を開いたかと思うと――()()()


 いや、その表現がどこまで正しいかは分からない。

 ただ、真っ当な人の声でないことだけは確かで……どうやったら人の声帯がこんな音を出せるのかというような――多分相当な高音域と思われる、断続的な音を発したのだ。


 そしてそれは――今まで聞いたことのあるあらゆる音の中で、最も不快だと断言出来るものだった。

 巨大な虫が激しく羽を打ち合わせるような、触角を擦り合わせるような、歯を噛み合わせるような……それでいて金属質で無機的で、世界のどんなものの声にも属さないことだけは明白な、聞いているだけで脳が直接掻き回されるような不快感を催す――『声』。


 さらに、その忌々しく禍々しい『声』は――『同族』に何かを伝えるものだったのか。

 立て続けに、この広い図書館のあちこちから、応えるようにして同じ類の音が響いて……空間に木霊し始めた。


「――ッ! あれが元に戻りかけてる人間の出す声かよ! 逆だ!!

 きっとこいつら、慣れてきてやがるんだよ……人の身体を動かすことに!!」


 『声』に負けじと放った泰輔の叫びに、僕はふっ、と……以前富永とみながさんが言っていた、小さい何かという言葉を思い出す。


 じゃあ本当に、そんな『何か』がいて……。

 夢を通して、人に入り込んでいるのか……?


 疑問が浮かんでも、単に耳障りというだけでは表しきれない、不快な『声』に邪魔されて……まともに考えることが出来ない。

 不安や胸焼けに加えて、苛立ちがふつふつと沸き上がってくる。


「――うるさいッ!!」


 ただただ、この音を消したいという欲求に突き動かされて、僕は自分でも驚くほどに素速く――半ば反射的に銃を抜き、間近まで迫るスーツの男の頭を撃ち抜いていた。


 額を撃たれて仰向けに倒れた男は、まだ辛うじて生きてはいるようだったけど――今の銃声で我に帰ったらしい岩崎が、鉄棒を振りかざし、すぐさま止めを刺しにかかっていた。

 これでひとまず、目の前の音だけは消え去った。

 けれど、それ以外の『声』が……まるで輪唱でもするかのように、フロアに響き渡っていて……!


「……泰輔……!」


「ああ。とにかく、アイツら全部黙らせるぞ。

 ――皆殺しにしてやる……!」


 あまりに不快な『声』のショックからだろう、必死に耳を塞いで泣き出す美樹子みきこを見ていた泰輔が、歯ぎしりしながら視線を上げ、ぐるりとフロアを見渡しながら僕の呼びかけに応える。


 これまではたまたま見えなかっただけなのか、それとも巧妙に隠れていたのか――。

 この最下層だけでなく、吹き抜け越しに見渡せるフロア全域に、気付けばいくつかの人影が蠢いていた。


 ……とにかく、1人たりとも生かしておけない……!


 その気持ちはまるで熱に浮かされているようだと、自分でも思う。

 はっきり言って冷静じゃない。


 けれど泰輔や岩崎、いや、きっと芳乃でもそうだろう。


 障害を排除しておくという義務的な計算でも、正義感のような倫理的な感情でもなく――僕らの中にあるのは、本能が訴える、異常なまでの生理的嫌悪感から解放されたいという、その一心だった。

 それはきっと、窒息しかけて、酸素を求めて必死に喘いでいるのと同じようなものだ。


 さらに加えて、僕にとってこの『声』は――記憶の白く塗り固められた部分を、執拗に引っかき回してきていた。

 ――なぜか、なんて分からない。

 けれどそれがただひたすらに不快で、とにかく苛立たしくて仕方がなかった。




 ……そうして、あの『声』を出す存在を、1人ずつ潰し続けた僕らが――最後に遭遇したのは、小学校高学年ぐらいの男の子だった。

 だけど、たとえ相手が『子供』でも……躊躇ってなんていられない。


 僕と泰輔が、槍のリーチを生かして前方から胴を串刺しにし、動きを止めている間に――後ろに回り込んだ岩崎が、後頭部目がけて全力で鉄棒を叩きつける。


 人の額というのは想像以上に固い、頭を叩き割る気で狙うならやはり後ろか真上から――それは、僕らが今の状況を生きる中で、経験から身につけたセオリーの1つだった。


 『あの状態』にある人間は、痛みを感じていないのか、とにかくしぶとくて……普通なら致命傷になるはずの傷を負っても動いてくる場合が多い。

 ……康平こうへいだってそうだった。

 きっと、古宮こみやによって顔を潰されたとき、まだかろうじて息があって……だから『あの状態』にもなったし、僕らを襲ってもきたんだろう。


 そう、だから――予想外の反撃に遭わないためにも、手早く、そして確実に息の根を止める必要があるんだ。


 岩崎の渾身の一撃を受けた子供は……黒みがかった濃い血をまき散らしながら、前のめりに倒れる。

 普通なら充分に致命傷だけど――まだ完全には死んでいないと分かっている僕らは、そこで手を止めたりしない。

 全体重をかけた槍の穂先で、砕けた後頭部の傷口をなおも抉るように貫く。

 槍を通して伝わる感触は、いい加減慣れたとは言え、決して気持ちのいいものじゃないけど……だからといって躊躇えば、こちらが死ぬことになりかねない。


 子供――あるいは、子供の体を動かしていた何か――は、小さく何度か断末魔の痙攣を繰り返した後、完全に動かなくなる。


 ――とにかく、これでようやく……すべての『声』が消え去った。




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― 新着の感想 ―
[一言] バイオ1で初めてハンターが出てきた時の絶望感は半端なかった……。
[一言] だだだだタブルミーニン副題……だと?!!! くそー! やりますなぁ!! さすがボンクラさん! さすぼん! さぼ!!(唐突な暮さんみ)
[良い点] おおっと! ゲームで例えると、モンスターがテラーボイスを発しながら仲間を呼ぶ能力を身に付けて更に厄介になったかと思いきや、今まて描写が省かれていたのは分かっていましたが、景司達も思ってた以…
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