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寄夢 ~よりゅうめ~  作者: 八刀皿 日音
-Ⅰ- 金色の太陽が、紅く嗤う
12/52

10.良くない



 ――危険を避けるために細心の注意を払いながら、どれぐらいの時間を費やして地下通路を進んだだろう。


 美樹子みきこを追いかけて以来ずっと屋内にいるから、どこか曖昧な時間感覚の中……ようやくと思えるほど歩いた末に、僕らはまた別のアトラクション下の扉に辿り着いた。


 その扉の他にも、少しだけ距離を開けた近くに、こちらも外に通じているだろうもう一つの、同じような扉が設えられているのが見える。



「あれから、地震の起こる気配はまるで無いし、慌てて外に出る必要も無い気がしてきたんだけどな……。

 地上より、このまま地下を進む方がまだ安全かも知れないし」


「そうするにしても、万一また地震が起こったときのために、地上に出られるかどうかを確認しておくのはムダじゃないだろう?」


 泰輔たいすけ祥治しょうじがそんな会話を交わしながら、アトラクション名が掲げられた方の扉を開けて、中の様子を調べに行く。


 この間、僕と康平こうへいは『誰か』に不意を突かれないために周囲を警戒、女子勢は待機しておいて、いざというとき連絡役を務めるのが役割だ。


「じゃ、俺はあっちの方までちょっと調べてくるから、景司けいじはそっちの扉の方頼む」


「うん、分かった。気を付けて」


 あんまり離れすぎても危険だけど、ただ突っ立っているだけじゃ警戒にならない。

 僕と康平は適当なところまで調べに行くことにして、二手に分かれる。


 そうしてもう一つの扉の前まで来たとき――僕は微かに足音のようなものを聞いた。


「……!」


 ――休憩室周辺で見た光景を改めて思い出し、緊張で総毛立つ。


 だけど音は本当に微かなものだったから、もしかしたら、壁からコンクリートの破片が剥がれ落ちたりしただけなのかも知れない。


 ……いや、何にしても、確かめないと――。


 僕は意を決してモップを握り締めると、そっと扉を開いて中を覗き込む。


 ――そこはやっぱり、予想していたように上層に上れるようになっている階段室だった。

 けれどこっちの階段は、何か機器や装置の整備のために使われるものなのか、鉄格子で封鎖された上、ご丁寧に、ただの南京錠なんかよりよっぽど複雑で頑丈そうな鍵までかけてあった。


 これならある意味安全だと、一息ついたその瞬間――。

 僕は、鉄格子の向こう……階段の高い位置に、人影があるのに気が付いた。


「……あ……!」


 だけどそれは、僕が階段のすぐ前まで行って改めて見上げようとすると……逃げるように身を翻し、辛うじて見える上層の通路の奥へと姿を消してしまっていた。


 それは本当に一瞬のことで、はっきり誰と判別出来るほどには見ていられなかった。

 女性だったとは思うけど、正直なところ、大人か子供かすら分からない。


 ただ――ちらりと、金髪が見えた。それがとにかく記憶に尾を引いた。

 一瞬、ユリと錯覚したほどの、彼女のような美しい金髪が。


 だけどもちろん、彼女ではありえない。ユリは僕らと一緒にいるんだから。


 大体、ここはテーマパーク、有名な観光地だ――白人女性の1人や2人、いたところで何もおかしなことはない。


 釈然としないこともないではないけど、ひとまず僕らに敵意を向ける存在ではなかったことに安堵して、僕は階段室を出る。

 ……すると途端に、複数人の話し声が耳に入ってきた。



 どうしたのだろうとみんなのところに戻ってみると、そこには……。

 アトラクションの方から戻った祥治に泰輔と――他に、男女が3人いた。



 岩崎(いわさき)寛人(ひろと)古宮(こみや)(まなぶ)富永(とみなが)亜衣(あい)……僕らの同級生の3人だ。


 女子の富永さんはともかく、男子2人については友人としてそれなりに親しいので間違えようもない。


「……あ、景司。そっち、なんかあった?」


 僕に気付いた芳乃よしのの問いに、金髪の女性についてはほんの一瞬見えただけだし、特に報せるほどのことでもないと思い……首を振って「特に何も」と答える。

 それを受けて頷きながら、ちらりと同級生3人の方に視線をやった芳乃は……どことなく渋い顔で、僕に彼らのことを教えてくれた。


「上のアトラクションの方から逃げてきたみたい。

 何人かの人たちと一緒に隠れていたら、その――そのうちの1人が、()()()()になったみたいでね」


 芳乃が言わんとする『あの状態』が何を指すかはよく分かる。

 そして、彼女の渋面がそれだけによるものでないことも、何となく察しがついていた。


 男子2人はともかく、富永さんは、見た目の雰囲気からしてそうなのだけど、正直言動にも軽薄なところが目立つタイプの人間だ。

 芳乃がはっきり嫌いだと言ったわけじゃないし、直接ケンカしているところを見たわけでもないけど、彼女のような人にしてみれば、あまり一緒にいたくないタイプなのは多分間違いない。


「――あ、有須賀ありすが、お前も無事だったんだな! 良かったよ……!」


「うん、岩崎に古宮も……無事で良かった」


 僕に気付いて声を掛けてきた男子2人に、僕も笑顔で応える。


 2人とも、追われて何とかここへ逃げ込んできたんだから、濃い疲労が目に見えていたけど……それでも僕らの無事に顔をほころばせてくれた。

 僕としてもそれは同じで、僕らはお互いに無事を喜び合った。


「……富永さんも。無事で良かったよ」


「良くないわよッ!

 こんな――こんな、ワケ分かんないことになって……!」


 僕の一言に対してそう吐き捨てる富永さんの悪態も、力があるとは言い難い。


 忙しなく足を揺すっているのも、『あの状態』になった人に追われたばかりという恐怖が尾を引いて震えるのを、必死に抑えようとしているからだろう。


「……ほら、扉にモップ、差しといたから。

 これで、そいつがここへ追ってきても大丈夫だぜ」


 泰輔が3人を安心させようと、取っ手にモップを差し入れた扉を示し、僕らもこれで何とか逃げ切ったことを話して聞かせる。

 今回も同じように上手くいくとは限らないけど、たとえ破られるにしても、それなりの時間稼ぎにはなるはずだ。


「そ、それでさ、みんな、これからどうするつもり?」


 古宮の質問に、僕らは一旦顔を見合わせる。


 それで、祥治と泰輔が、僕に説明するよう仕草で促すので……僕が代表して、とにかく入場ゲートの方を目指しつつ、外へ出られる場所を探っている最中だってことを話した。


「そっか……じゃあ、一緒に行かせてくれよ。

 ――古宮も富永も、行くよな?」


 岩崎が視線を向けると、古宮は即座に――富永さんは少し間を置いてから、しょうがないという感じに、続けて頷いた。


「何かあったときのことを考えると、一緒の仲間は多い方がいいに決まってる。

 もちろん大歓迎だが……それはともかくお前たち、大丈夫か?

 随分疲れてるように見えるぞ?」


 祥治がそう言うと、僕ら幼なじみの面々は異口同音に頷く。


 そんな中で泰輔が、少し休憩しよう、と切り出した。


「ちょっと前、景司だって青い顔してたろ?

 俺たちだって、今のところ何とか気は張ってるけど、きっと疲れの程度で言えば同じようなもんだと思うんだ。

 それに、情報ってほどのものじゃないにしても、互いに見聞きしたことを落ち着いて話し合っといた方がいいだろ。

 ……そりゃ、こんな状況、早いとこ抜け出したいのは俺だって同じだけど……あんまり焦って取り返しのつかないようなことになりたくないしな」


「……は? ウソでしょ? こんなトコで休むなんてありえない!

 イヤよ! 早く安全なトコまで連れてってよ!」


「そう言うアンタが、一番フラフラでヤバそうなのよ富永、分かってる?

 ……大体、何が起こってるかもはっきり分からないのに、どこが安全かなんて分かるわけないでしょ?」


 感情的に不満を吐き出す富永さんに、真っ先に噛みついたのは芳乃だった。

 トゲのある物言いは相変わらずだけど、互いに怒鳴り合って感情を煽り合うような真似は止めておくべきだと初めから決めていたんだろう、口調そのものはなだめるように比較的穏やかだ。


 富永さんはまだ何かを言いたげだったけど、自分以外の誰もが泰輔の案に賛成する気でいるのを悟ったのか、それともただ騒ぐのも疲れるというだけなのか……。


 拗ねたような口振りでも、結局は休憩を取ることに賛同してくれた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 富永さんはミステリー小説だったら、「あんたたちと一晩一緒に過ごすなんて有り得ない! 私は自室で休ませてもらうわ!」って言いそうなキャラ(笑)。
[一言] おっと! 一気に3人新キャラが増えて予想が絞れなくなってきた件(笑) 白状すると、芳乃が一番危ないと思ってたんですけどね。 偏見ですけど、気が強く、言動がキツめなタイプの女子は、恋愛作品…
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