第50話 『 アノン工房 』
――夜。
「はい。アノン」
「ありがとう、姉さん」
自宅から離れにある小屋で作業をしていると、姉のリアンがコーヒーカップを両手に持ちながら現れた。
その片方を受け取りながら、アノンは一息吐く。
「アイリスはもう寝たの?」
「えぇ。そうじゃなかったら『工房』に来れないわよ」
苦笑しながら答えるリアンに、アノンはそっか、と淡泊に返す。
「また何か作ってるの?」
「作ってるというより、研磨してるだけかな」
作業途中のそれを見ながら問いかけるリアンに、アノンも視線をそちらに移しながら答える。
元々はただの小屋だったが、いつの間にかアノンの工房兼武器庫と変わり果ててしまった。
武器の種類はさながら武器店を彷彿とさせる程で、量もゆうに三十を超えている。
そしてその武器全てが、アノンのハンドメイドだった。
「入団テストの時によさげのものが見つかってね。シエスタさんと交渉したら、元々廃棄処分する予定の武器だから好きに持って行っていい、って許可貰ったんだよ」
ふーん、とリアンはコーヒーを飲みながら生返事。
武器には名前を持って生まれるものと、既に存在していながら名付けられていない武器が存在する。なぜそんな風に分かれているのかは依然として究明されていないが、唯一分かっていることは、名前を持つ武器は稀少なものが多い。
その中には個人の専用武器として存在するものもあり、例えるならリアンの持つ『カンザシ』だ。『カンザシ』はリアンしか使うことのできない特殊な武器で、その出自も特殊で、リアンが【LV85】に到達して称号を得た時に現れたそう。無論、誰でもカンザシを扱うことはできるが、本来の能力を発揮できるのは『カンザシ』の所有者であるリアンだけ。
そして武器にはレベルの他に『レア度』というものがあるのだが、リアンの『カンザシ』は【レア度・SS】で、アノンの工房にある武器はどれも【B】、最高で【+A】だった。
「そのメイス、レア度は?」
「研磨して【—B】になったよ」
応えれば、リアンは難色を示す。
「アノンもそろそろ【S】の武器持ってもいい頃だといいと思うのよね」
「うーん。でも、僕の場合は携帯する訳じゃないし、戦況で使うの分けてるから」
「全部買ってあげるわよ?」
王族って怖い。
一年分の国家予算はする武器を『欲しいなら買ってあげる』程度の感覚で打診されると、言われた側の方が背筋が震える。
どこまでも甘い姉に頬を引きつらせながら、アノンは首を横に振った。
「今あるので十分だよ」
「でも、アノンも経緯はなんであれ王国の騎士になったんだし、そのお祝いとしては十分だと思うんだけれど」
それにそっちの方が騎士として栄えるでしょ、と言われるも、
「そんなことしたら他の騎士の人たちに変な目で見られちゃうよ」
「たしかにそんな武器持ってるのは一番目くらいだものね」
弟が厄介事に巻き込まれるのはよろしくないわね、とようやく諦めてくれたリアン。
「でも、欲しくなったらいつでも言ってね。お姉ちゃんが最高級の武器をアノンにあげるから」
「あ、ありがとう」
ウィンクする姉に、アノンはなんとも複雑な表情を浮かべるのだった。