第48話 『 姉と妹(未定)はアノンの童貞を死守したい 』
――夜。
「いいことアイリス。明日は絶対アノンの部屋に勝手に入っちゃダメだからね」
「? どうして?」
同じベッドで眠る直前、リアンはアイリスにそう言い聞かせる。
理解不能と小首を傾げるアイリスに、リアンは指を一つ立てて、
「アノンを起こすのは私の仕事だからよ」
「ずるいっ」
「何もずるくありません。あの子は私が起こしにいかないと起きないの」
「そんなことない!」
「そんなことあるんですぅ。いいこと、お姉ちゃんはあくまで、起きれないアノンを仕方なく起こしにいっているの。決してやましい感情で起こしに行っている訳ではないの」
嘘つき! と頬を膨らませるアイリスに、リアンは頬を引きつらせる。
「誰が嘘つきよ。しっかり姉の矜持たるものを持ってアノンのお世話をしてるんだから」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんのことしか見てない!」
「当然でしょ。私にとってアノンは世界で唯一の弟。そして世界で一番可愛くて素敵な男の子なのよ。他の男なんて石ころよ」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと、好き?」
「遺伝子レベルで愛しているわ!」
堂々と答えれば、流石のアイリスも引いていた。なぜ。
「アイリスも、お兄ちゃん好き」
「お兄ちゃん言うな。好き言うな」
「お兄ちゃん、優しい。いっしょにいると、ぽかぽかする」
胸に手を当てて、口許を綻ばせるアイリス。
アイリスにとってアノンがどんな存在なのか、それがなんとなく分かった気がする。
恋とは別の――それこそ、姉弟や家族に求めるような、愛情。
しかし、
「私、お兄ちゃんとケッコンしたい!」
「ぶ――――――――っっ!」
アイリスの口からとんでもない単語が聞こえて、リアンは思わず吹いてしまった。
ケホッケホッ、とせき込みながら、
「アンタ、本当にふざけないでくれる⁉」
「ふざけてない! アイリス! お兄ちゃん好き! ちゅぅしたい!」
「そんなこと私がさせる訳ないでしょう! 姉の全てを掛けて阻止するわ!」
「お姉ちゃん、邪魔しないで!」
「するわよ! するに決まってるでしょう! 結婚もキスもさせてたまるものですか! アノンは絶対他の女に渡しませんからね!」
アノンが他の女性と口づけ。想像するだけも気絶しそうなのに、結婚なんてしたら間違いなく死ぬ自信がある。
それも、よりによってアイリスと結婚なんて、死んでも認める訳にはいかない。
「くっ、こんな子どもにアノンを寝取られてたまるものですか。やっぱり寝込みを襲って既成事実を作るべきかしら……っ」
「お姉ちゃん、なんか怖いこと考えてる?」
「これもアノンを守る為に必要なことよ。あの子の童貞を他の女に奪われてたまるものですか」
「ドーテー?」
それって何、と尋ねてくるアイリスに、リアンは真剣な顔を浮かべながら、
「アノンにとって物凄く……いえ私にとって大事なものよ。それが失くなったら、アノンは他の女と結婚するの」
「えー⁉ そんなの嫌だ!」
「そうでしょう。なら私たちできることはただ一つ」
ごくりと生唾を飲み込むアイリスに、リアンは力強い瞳で告げた。
「他の女をアノンに近づけちゃダメよ」
「分かった! アイリス、お兄ちゃんのドーテー守る!」
「……奪うという選択肢もあるけど、それをすると犯罪臭が凄まじいから言うのはやめておきましょうかね」
何はともあれこれで、アノンの大切な童貞を守る人間が一人増えた訳だ。
子ども相手に童貞という言葉を教えてよかったのかと今更疑問に思ったが、まぁそっちの教育も必要だろうということで考えすぎるのはやめた。
女の子はそういうことを早めに覚えるべき、とリアンはアイリスを眺めながら胸中で耽るのだった。
余談だが、翌日アイリスはリアンの言うことを無視してまたアノンの部屋に勝手に侵入して怒られたのはここだけの話。