第45話 『 0番隊の役目 』
「0番隊の初任務は、二週間後に行われる健国際での防衛よ」
「んだよ。つまんねぇな」
「貴方にとっては無意味なイベントかもしれないけどこの国にとっては一大イベントなのよ。当日は一番目は王族の護衛で付ききっきりになるし、二番目は貴族の護衛、残りの騎士を合わせても、どうしても警備が手薄になってしまうのよ」
「つまり僕たちは、その空いた穴を縫う為に行動すると」
「流石弟くん。理解が早くて助かるわ」
要は警備だ。
「まだ正確に配置が決まった訳ではないけれど、当日は最も警備が手薄になるところを貴方たちにはお願いするつもりだわ」
「分かりました」
「はっ。お国様の一大イベントに横槍入れるなんて輩いんのかねぇ」
「それが分からないから万全を尽くすのよ」
耳をほじりながら適当に話を流すガエンに嘆息しつつ、シエスタは続ける。
「任務当日までは、今後騎士となる者としての最低限の礼儀とマナーは身に着けてもらうわ」
それにならず者たちは大ブーイングだった。
「そんな気色悪いことできないね! やってるとこ想像するだけで反吐が出そうだわッ」
「貴方たちに拒否権はないと言ったでしょう。騎士になれて浮かれているみたいだけど、貴方たちが犯罪者集団のならず者であることに変わりはない。文句を言ったら減給。命令違反したら減給。拒否したら減給よ」
「横暴だぁ!」
「横暴ではなく正当な罰則よ。自分たちの存在を、今一度再認識することね」
淡々とした声音で冷酷な事を言うシエスタに、ガエンたちは強く舌を打つ。
結局騎士になっても、彼らに〝自由〟はないらしい。ある意味では騎士という鳥籠に詰め込まれてしまってさらに窮屈になっているように思えた。
「こんなことなら牢屋で暮らしてた方がマシだったぜ」
「あら、お望みとあればそちらに戻してあげましょうか」
「冗談も通じねえのかこのクソ騎士は」
取り繕った笑みを浮かべるシエスタに、ガエンは不快そうに顔をしかめる。
牢屋か制限された騎士の生活を天秤に掛ければ、傾くのは考える必要もなく後者だろう。
牢屋にいれば行動はさらに制限され、憂鬱な肉体労働が待っている。出される食事も残飯と同等かそれ以下。それに引き換え、騎士としての生活は制限があることに変わりはないが温かい寝床と食事、毎日お風呂にまで疲れる。それに、少ないが給金だって出る。
どちらに利があるか、そんなことは愚者でも分かることだろう。
――望んで豚箱に戻るような人間は、この世には一人もいない。
悲痛に歪む顔を一瞥したあと、アノンは興味を失ったように視線をシエスタに戻した。
「礼節はララフィーナから学んで頂戴。無論、私もしっかり監督するわ。一応、書面上では貴方たちは王女側近の騎士団に当たるからね。まぁ、外交の時は私と他の一番目が護衛として行動するし、弟くんに任せると思うから、貴方たちはただ、リアンを守る盾になってくれればいいわ」
そもそも道徳から外れたからならず者になり果てたので、礼儀とマナーに関しては今更といったところだ。だから彼らに求められたのは、学ではなく力の方。
「弟くんにはちょっと負担が掛かっちゃうかもしれないけど、大丈夫?」
「はい。姉さんの為ならなんだってやると決めているので」
「頼りなるけど、裏を返せば姉以外はどうでもいいと言っている気がするわね」
この子も十分ブラコンか、と何故か呆れるシエスタに小首を傾げるアノン。
それからシエスタはコホンッ、と咳払いすると、
「それじゃあ、今日の朝の報告は以上。あそうだ。ララフィーナはこれからモンスターを一体討伐してもらうわ」
「えー⁉ 私もやるんですか⁉」
「そりゃ0番隊に求めるのは戦力ですもの。大型モンスターの一匹倒してもらわないと困るわ」
「そんなの無理ですよ⁉」
「仮にも三番目としての実力は持ってるんでしょ。なら頑張りなさい」
「無理です無理です無理です無理ですぅ!」
泣き叫ぶララフィーナだが、シエスタはその悲痛の訴えを無視。
「悪いんだけど弟くん。ララフィーナを手伝ってくれる?」
「僕はいいですよ」
ありがとう、と微笑を浮かべたシエスタは、それから「それじゃあ解散」と指示を出す。
ララフィーナがモンスター狩りを終わらせるまでは各自稽古とのことで、ガエンたちはぞろぞろと散っていく。
そんな中で頭を抱えながら蹲るララフィーナに、アノンはどうしようかと戸惑いながら、
「あのー、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないですよ!」
だよな、と思いながら苦笑すれば、ララフィーナが睨んできた。
「これも全部貴方のせいですよ⁉ 貴方があの時割って入ってこなかったら、私たちは醜態を晒さずに済んで降格なんてされなかったのに!」
あの場面では、ララフィーナはアイリスを執拗に追い詰める悪者だったから仕方がない。
しかし、そのせいで現場にいたララフィーナ達は相当騎士としての立場が狭くなってしまったらしい。
「あれ以来、他の騎士から「落ちこぼれ」と嗤われるし、王様に直々に呼ばれてすごく怖い目で睨まれたし、挙句にあの時いた三番目の人たちは街の警備職に飛ばされて、私もそこに飛ぶか0番隊に異動するかの二択しかなかったんですよ⁉」
「それは、うん。なんかごめんなさい」
短期間でなんとも激動の人生を歩んできたララフィーナだった。
「あぁ、もう本当に最悪だぁ⁉ こんなならず者たちと今後一緒に生活していかないといけないとか……しかも、よりによって私の人生を狂わせた張本人も一緒とか……私、死ぬかも」
はは、と乾いた笑いをするララフィーナに、アノンは『なんか可哀そうな人だな』と胸中で呟くのだった。