第44話 『 騎士訓練初日と元三番目 』
本日はいよいよ騎士としての訓練初日。
わずかに緊張しつつ、入団テストの行われた場所へ着けば――
「おう、お坊ちゃん」
「変なあだ名付けるの止めてもらえる?」
既に到着していたならず者たち。その一人であるガエンがアノンを視認するとカラカラと笑いながら手を挙げた。
「いいじゃねえか。お姉ちゃんに甘やかされて育ったからお坊ちゃん。お前さんにぴったりだ」
「じゃあ僕はこれからガエンのこと肉団子って呼ぶね」
「それは止めろ!」
ブンッ、と鈍い音を立ててg襲い掛かってくる剛腕を容易く躱せば、ガエンは舌打ちしてプリムは「ぎゃはは!」と腹を抱えながら笑っていた。
「私より年下の男の子に揶揄われるとか、超ダサいんですけど!」
「うるせえド貧乳! 元はと言えばお前が俺のことを散々肉団子呼ばわりするからだろうが!」
「事実でしょうが。その無駄な筋肉はみせかけだもんね~」
ぷぷっ、と口許を抑えるも笑みが漏れるプリムに、ガエンは額の血管を浮き上がらせる。
「上等だこの野郎。今すぐこの筋肉が無駄じゃないってこと教えてやるよ!」
吠えるガエンがプリムに襲い掛かろうとした瞬間、
「はいはーい。戯れはそこまでにしてね」
後方から手を叩く音と注意が聞こえて、アノンたちは一斉に振り返る。
注目を浴びながら現れたのは、今後はアノンたちの上官となる女性騎士――一番目のシエスタだった。
肩の白いマントを靡かせるシエスタは、相変わらずといったならず者たちを見て嘆息すると、
「ほんと、どうして貴方たちはこうも喧嘩っ早いのかしらね。まずは調教から始めないとダメかしら」
額に手を置いて悲嘆するシエスタに、アノンは踵を返すと頭を下げた。
「おはようございます、シエスタさん」
「おはよう弟くん。はぁ、キミは律儀でいい子ね~。こんな野蛮な連中とはえらい違いね」
よしよし、と頭を撫でてくるシエスタに、ならず者たちは「依怙贔屓だ!」とブーイング。
それを一瞥だけで黙らせれば、シエスタはもう一度手を叩く。
「はいっ。前座はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」
声音と雰囲気が変わらないせいか、ならず者たちとアノンに緊張はなかった。
弛緩された空気の中で、少しずつ騎士としての一日が始まっていく。
「まずは全員いるか確認ね」
点呼、と指示が出て、アノンが「1」と、それに次ぐようにプリムが「2~」と適当に言って、ガエンが「さーん」とこれもまた適当に数字を言った。
だらだらとした点呼が【31】まで続くと、
「よし。とりあえず、初日は全員いるみたいね」
「当然だろ。全員こなきゃ今日のメシ無しって言ったのはどこの誰だ」
「そんなこと彼らに言ったんですかシエスタさん」
「そうじゃなきゃコイツらサボるからね」
ついでに来なきゃ減給するとも言ったらしい。
ならず者相手に一切容赦のないシエスタに苦笑しつつ、話は進んでいく。
「では早速貴方たち0番隊の基本活動について説明したいんだけど……その前に、この隊にもう一人仲間が加わることを貴方たちに言わないといけなかったわね」
「えっ」
驚くアノンを尻目に、シエスタは茂みの奥に向かって「来なさい」と命令した。
それを受けて茂みが揺れると、現れたのは猫背の〝女性〟だった。
「あ」
現れた女性を目にした瞬間、思わず声が漏れた。
「どうかしたの、弟くん?」
アノンの反応に眉尻を下げるシエスタと猫背の女性。
アノンはその猫背の女性に向かって指を指すと、
「あの時のお姉さんだ」
「――ぇ?」
アノンの言葉に、猫背の女性は頭に疑問符を浮かべる。
「あ、あの。どこかでお会いしたことありましたっけ?」
どうやら女性の方はアノンと面識などないような物言いだが、しかしアノンはしっかりと覚えている。
何故なら彼女は――
「アイリスを追いかけてた騎士の人だ!」
あの時アイリスを王城へ連れ戻そうとしていた、三番目の女性だった。
そんなアノンの指摘に、女性は目をぱちぱちと瞬かせる。
「え、え? なんで貴方がそれを知ってるんですか?」
「知ってるも何も、当事者ですよ」
「ん⁉」
困惑していた女性が、アノンの言葉を聞いて目を白黒させる。
そして、話を聞いていたシエスタが何か合点がついたように「あー」とうなった。
「もしかして、アナタが言っていた「めちゃめちゃ強い人に遭った」って、アノンくんのこと?」
「ええええええええええええええ⁉」
途端、絶叫する女性。
「ま、まさかキミがあの時の……」
「そうです。あの時、貴方たちを路地裏に寝かせた少年です」
「ええええええええええええええ⁉」
真顔で肯定すれば、さらに絶叫する名も知らぬ女騎士。
「そ、そんなまさか⁉ あの時戦闘狂みたいな戦い方だった相手がこんな小さい子どもだったなんて。というか私たち、こんな子どもにフルボッコにされたの⁉ 仮にも三番目だったのに⁉」
「言っとくけど、アナタより弟くんの方が強いからね?」
未だに信じられないと言わんばかりに葛藤する女騎士に、アノンは苦笑。
そんな女性を他所に、シエスタは「という訳で」と前置きすると、
「本日よりこの0番隊に入隊することとなった、元三番目のララフィーナちゃんです!」
拍手! と促してくるシエスタに、ならず者たちは適当に手を叩く。
かくして、0番隊に新たな仲間――哀愁漂う元三番目のララフィーナが加わったのだった。
「ああっ! もう最悪ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」