第42話 『 アイリスとの日常② 』
昼過ぎ。
「「だっはあ! 疲れたぁぁ」」
リアンとアノンは、お互いの背中を合わせながら大仰な息を吐いた。
「……まるで子育てでもしてる気分だわ」
はしゃぎ疲れて眠ってしまったアイリスを見ながら、リアンは肩を落とす。
王城を出れたからか、それとも再びアノンと一緒にいられるかは分からないが、朝からずっとハイテンションだったアイリス。
そんなアイリスに、リアンとアノンは終始振り回され続けた。
「全く。家は遊び場じゃないっての」
姉弟だけで暮らすには少々大き過ぎる家。だからなのか、アイリスはリビングを駆け回ったり、ソファーで跳ねたりと、とにかくやりたい放題だった。
中でも神経をすり減らしたのが、食事だった。
「フォークとスプーンの使い方も知らないなんて、四年前のアノンを思い出すわ」
「あはは。僕も、初めてスパゲッティを食べた時は苦労したなぁ」
昼食はミートスパゲッティにしたのだが、そこでもアイリスの無知は発揮された。
頭に疑問符が見えた時点で嫌な予感がしたが、その時には既に遅かった。
五指の全てを余すことなく使ってフォークを握りしめたアイリスは、そのまま目を爛々と輝かせると乱暴に麺を掬って口に運んだ。そうすれば当然、唇だけでなく洋服にまでトマトの色が染まってしまって殺人でも起きたかのような惨状が起きてしまった。
なんとかご飯を食べ終えて着替えさせようとすれば、またリアンから逃げるアイリスと追いかけっこが始まった。
そして、今に至るという訳だ。
「アノンの時より酷いわ」
「僕は姉さんの言うことはちゃんと聞いてたからね。それに、逃げるなんて選択肢もなかったし」
「なんでこの子は私から逃げるのかしら」
「それも楽しそうにね」
悲嘆すれば、そんなリアンにアノンは頬を引きつらせる。
「この子とあと二週間近く一緒に過ごすなんて、私耐えられないかも」
「だ、大丈夫だよ姉さん。アイリスだって、少しずつ言うことを聞いてくれるようになると思うから!」
「はは……この子が私の言うことを聞くのが先か、私の心が折れるのが先か、どちらでしょうね」
「正気に戻って姉さん⁉」
アノンに肩を揺さぶられて、ハッと我に返る。
「い、いけない! 私としたことが、アノン前で呆けるなんてっ」
気を取り直すように思いっきり頬を叩けば、いくらか気分もマシになる。
冷静になった頭で、リアンはアイリスという少女の寝顔を見る。
「……やっぱりアノンの寝顔の方が可愛いわね」
「何言ってるの姉さん」
美少女ではあるが、美少年かつ身内フィルターがこれでもかと働いているアノンには到底及ばないアイリスの寝顔。
それでも、
「こうして無防備な姿を見ていると、何故かしらね。不思議と心地がいいわ」
「ね。気持ちよさそうに眠ってる」
すやすやと寝息を立てるアイリスに、姉弟は口許を緩める。
日向の温もりを受けるアイリスの光景を見ていると、つい、
「「ふわぁ」」
と欠伸が出てしまった。
「ふふ。アノンの欠伸見ちゃった」
「姉さんが欠伸するなんて珍しい」
お互いのだらしない姿を見るのは新鮮で、苦笑を交える。
「たまには、お昼寝するのもアリかしら」
「いいと思うよ。アイリスがきっとまたバタバタすると思うし」
「そうね。その為にも、体力の回復は必要よね」
アノンの言う通り、アイリスが目覚めたらまた慌ただしくなるはずだ。
なら、少しの休息くらい、許されるだろう。
それに今日はいい天気で、お昼寝するには絶好だ。
姉弟は無言で頷き合うと、アイリスを挟んで寝転がった。
「ふへへ。アノンと間接的に一緒に寝れるなんて、最高だわ」
「そういえば、姉さんと一緒に寝るの久しぶりだね」
「私はいつも一緒に寝たいけど、アノンが避けるんでしょ」
「だって姉さんの鼻息擽ったいんだもん」
「……さ、さぁ。何の事かしら」
追及の視線から逃げるように、リアンは露骨に視線を逸らす。
小声で少しの間話し合っていると、二人もいつの間にか睡魔に負けてしまって。
「「すぅ――すぅ。……すぅ」」
平日の昼下がり。そこには、まるで三姉弟が心地よさそうに眠っている光景が広がっていたのだった――。