第41話 『 アイリスとの日常① 』
「コォラァァ! 待ちなさいアイリス!」
「あはは!」
アイリスと暫く共に暮らせる事となった翌日。
入団テストも無事合格し、騎士団としての訓練を明日に控えるアノンに与えられた束の間の休日は、なんとも騒がしい朝の光景から始まった。
「なんでアノンと一緒に寝てたのよ!」
朝から激怒している理由。それはアイリスがアノンのベッドに潜入していたからである。
すやすやと眠っていると、ふと違和感を感じて、丁度目を開けたタイミングでリアンが布団を上げたらアイリスが同じベッドで気持ちよさそうに眠っていた。
「アンタの寝床は私の部屋でしょうが! 人が親切にベッドを半分分けてあげたのに、なんで朝起きたらいなくなってるのよ!」
「おにいちゃん、起こした!」
「アノンを朝起こすのも私の仕事よ! というか、起こしに行って同じベッドで寝るなんてどういう料簡よ!」
「おにいちゃんと、寝たかった!」
「アノンと一緒に寝るなんてこの私が許すはずないでしょうが!」
「姉さんストップ! カンザシ振り回したら危ないよ!」
どうやら相当アイリスに対して腹が立っているようで、姉はカンザシを呼ぶとそのままアイリスを斬りかかった。
「待てこの小悪魔!」
「きゃはは!」
それをはしゃぎながら軽く躱すアイリス。
ブンブン、という風を切る音が聞こえる度に、アノンは冷や汗をかく。
そして姉から追いかけっこのように逃げるアイリスは、アノンの背後に隠れると、
「おにいちゃん、守って!」
「くっ⁉ アノンを盾にするなんて、どこまでも卑怯な女ね……っ」
「ま、まぁ落ち着こうよ姉さん」
「これが落ち着いていられるものですか! 私だってアノンと一緒に寝たいのにっ、それを我慢してるお姉ちゃんの気持ち分かってよ!」
「あ、アイリスはまだ子どもだし」
「まさかアノンは妹の方が好きなの⁉」
ロリコンなの⁉ と驚愕に打ち震えるリアンに、アノンは「違うから!」と否定する。
「とにかく、一旦カンザシは仕舞って。アイリスも悪気があって僕の部屋に入ってきた訳じゃないんだし。それに、姉さんだって毎朝僕の部屋に勝手に入ってきてるでしょ」
「お、起こす為よ」
日頃の姉の行動を指摘すれば、露骨に視線が逸れる。
「アイリスだって姉さんと同じで、僕を起しにきてくれたんだ。それでたまたま眠っちゃっただけで、だからアイリスは悪くないよ」
「うぅ」
説得していけば、リアンは尻すぼんでいった。
先程までの般若のような形相が一遍、今はしゅんとしてしおらくなってしまった。
流石に言い過ぎたか、と思惟して、アノンは「姉さん」と呼ぶと微笑みを向けた。
「僕はちゃんと、姉さんが毎朝起こしにきてくれることに感謝してるよ」
「……アノン」
「そのおかげで中々自分で起きる事ができないけどね」
少し照れくさくて、それを誤魔化すように舌を出す。
ただ、アノンの言葉を聞いたリアンは、悄然とした顔からたちまち頬を緩ませて、
「ふふ。うふふ。アノンに感謝されちゃった」
「僕はいつも姉さんに感謝してるよ。ありがと、姉さん」
「はあぁぁぁぁん! 可愛い! 尊い! やっぱりアノンは世界一の弟よ!」
「姉さんは世界一の姉さんだよ」
「いただきましたッ! 世界一のお姉ちゃん、いただきました!」
アノンの賞賛に悶えるリアンは、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
「……これだけ喜ばせれば十分かな」
また違う意味で興奮しているのが懸念だが、ひとまずアイリスに危害を加えることはなさそうだ。
ほっと安堵の息を吐けば、その横でアイリスが「おぉ」とアノンに向けて拍手していた。
「あはは。姉さんの扱いには慣れてるから。でも、アイリスも勝手に僕の部屋に入っちゃダメだよ?」
「はいっ!」
「ふふ。素直でよろしい」
元気よく手を上げたアイリスに、アノンは微笑みを浮かべる。
そんな光景を見て、リアンがまた「あ、ずるい!」と頬を膨らませるのを、アノンとアイリスは辟易としたように肩を落とすのだった。