第39話 『 蠢く陰謀 』
――帰宅後。
「お兄ちゃん!」
「久しぶりだねアイリス」
「ふへへ。これ、好きぃ!」
入団テストも無事に合格(とは言ってもアノンは初日でクリアしていたのだが)し、まだ諸々の手続きは済んでいないが晴れて騎士団の一任になったアノン。
そんな彼は、今は赤髪の少女、アイリスと戯れていた。
「(ダメよリアン! この魔性の小娘を連れ出したのは私なんだから! この程度、用意に想像できたはずでしょう)」
愛しの弟に頭を撫でられているアイリス。それが無性に羨ましく妬ましい。
私だってアノンにまだ頭を撫でられたことないのに! と心の中で血涙していると、
「それで、どうしてアイリスが此処にいるの?」
「そ、そうね。ちゃんと経緯を説明しないとダメよね……っ」
「? 姉さん、大丈夫? なんか顔が凄いことになってるけど……」
「大丈夫っ。私にはまだアノンと三晩一緒に寝れる行使権があるからっ」
それを心の支えにして、リアンはアノンの質問に答えた。
コホンッ、と強めに咳払いのあと、
「アイリスが此処にいる理由は主に二つよ。一つはアノンがずっとアイリスの事を気にしててお姉ちゃんとの会話に集中してくれなかったから」
一つ目の理由を言えば、アノンはあはは、と苦笑い。
そして指をもう一つ上げて、
「二つ目は、アイリスを調べる為よ」
「調べる?」
「んぅ?」
小首を傾げる二人に、リアンは神妙な顔で顎を引く。
「あのクソ親父がどうしてアイリスにあそこまで執着しているのか興味があったのよ。確実に関与しているであろう【LⅤ・Ⅹ】。それを探れば、何か掴める気がしてね」
「それで、アイリスを家に連れ出したんだ」
「そう。苦労したわよ。クソ親父を説得するのに。おかげで、建国際のスピーチは確実にやる羽目になって、しかも当日は一日王城で行われる社交パーティに出席しなきゃならなくなっちゃったわ」
まぁ、本来であれば国王の娘としてどちらも確実に出席しなければならないのだが。
「あはは。ご苦労様、姉さん」
「後で肩揉みしてもらうからね」
「喜んでするよ。アイリスを連れ出してくれたんだ。そのくらいはしなきゃ」
「私も、するぅ!」
「アンタはやらんでいい」
「がーん!」
顔をしかめれば、アイリスが露骨に落ち込んだ。そんなアイリスをアノンがよしよしと頭を撫でて宥めて、リアンはチッと舌打ち。
「とにかく、アイリスは一旦この家で保護することになったから」
「うん。あ、でも僕、明後日から訓練があるんだけど」
「そうだった⁉ じゃあ、私この子を付きっ切りで面倒見ないといけないの⁉」
アイリスをどう王城から引っ張り出すかばかり考えていたせいで、肝心なことがすっぽりと頭から抜けてしまっていた。
騎士と入隊が決まり、これから忙しくなるアノンにアイリスの面倒を任せる訳にもいかない。となると、この家でアイリスの面倒を見れる人物は一人だけ。リアン自身だった。
「最悪っ。アノンと一緒にいられない上にこんな小娘のお守りなんて……やっぱ王城に帰そうかしら」
「やぁ!」
絶望するリアン。そんなリアンにアイリスは必死に首を横に振る。
冗談よ、と切羽詰まるアイリスに言えば、少女は心底安堵したように息を吐く。
「よほど王城にいるのが嫌なのね。ここより確実に安全だと思うけれど」
「あそこ……くらい。誰もいない……さみしい」
たどたどしく言うアイリスに、リアンは辟易とした風に嘆息すると、
「安心なさい。ここには私がいる。それにアノンだっているわ」
「そうだよアイリス。僕と姉さんで、キミを守る」
「――っ! ふたり、好きぃ!」
姉と弟。姉弟でアイリスの肩に手を置きながらそう宣言すれば、アイリスはぱっと瞳を輝かせる。そして、ぎゅっと抱きしめてきた。
「おにい、ちゃん! おねえ、ちゃん……好き!」
「はいはいありがとう……って誰がお姉ちゃんよ⁉ 私はアノンだけのお姉ちゃんなんだから!」
「あはは。でも、アイリスからすれば姉さんは、頼れるお姉さんって事なんだと思うよ」
「うん! おねえ、ちゃん。かっこいい!」
「……っ。はぁ、もう好きにしなさい」
「あはは。姉さん、照れてる」
「て、照れてなんかないわよっ」
わずかに朱に染まった頬を隠せば、アノンとアイリスがくすくすと笑う。
そんな微笑みを視界の端で見届けながら――胸裏では疑念が奔流していた。
「(……【LV・X】か)」
リアンもこれまで目にしたことがない、アイリスのレベル。
アノンの【LV0】とはまた、何かが違う気がして、それがずっと胸騒ぎを起こす。
確実に、裏で何かが蠢いている気がした。
それが国家絡みなのか、あるいはヴォルフの単独なのかは分からない。
「(あのクソ親父が裏で糸を引いているのも間違いなさそう。でも、こうも易々と私にアイリスを渡すのも何か引っ掛かる)」
父親の企みが微塵も理解できない。
リアンの思案など、おそらくヴォルフは既に看破しているはずだ。
それでなおアイリスの秘密が守り通せると自負しているのか、それともリアンの全てがただの行き過ぎた妄想で、アイリスという少女に価値はないのか。
「(その全部を知る為に、アイリスを王城から引っ張り出したんでしょ)」
二人の笑顔を眺めながら、リアンは二人を守り抜くと胸に誓うのだった。