第2話 力づくの話し合い
第2話
ここは、異世界管理人の自称女神のハルモニアの管理区域。
古代ギリシア神殿に似た白亜の洋館が林立し、森林地帯が周りを囲み、そして隔絶した空域に漂うように、惑星を衛星軌道を回っていた。
仰ぎ見る空は青く雲ひとつない。
ハルモニアは、管理人専用の椅子に腰かけていた。
美の女神の名前をほしいままにする銀髪の美女は、突然目の前に何の前触れ無しに現れ、奪ったものをとにかく返せという男に震えていた。
男は、唐突に管理区域に出現した。
ハルモニアは、誰何もせずにいきなり最大限の攻撃を仕掛けた。
女神と自称するだけあり、大陸を破壊するようなメテオストライク(核ミサイル攻撃一万発クラス)をぶつけた。…はずなのに。
ハルモニアの攻撃は男に瞬時にキャンセルされ、豆粒程に凝縮されエネルギーの塊が赤黒く蠢き、それは目の前のあり得ない光景にあんぐりと開けられたハルモニアの口の中に放り込まれた。
ハルモニアは、遅ればせながら気づいた。
これは、絶対に勝てない奴、格が違う。しかも詰んでいる。
体内の中に放り込まれたエネルギーの塊が凝縮された形で未だに蠢いていることを、そしてそれは男の気分次第で爆ぜてしまうということ。
顔面蒼白で、大量に汗をかいて震えているハルモニアに、男はにこやかに語りかけた。
「いやあ、突然押しかけてしまったのはこちらも悪いけど、いきなり攻撃は感心しませんねえ。」
「い、いき、いきなり、あ、あら、現れよって。お、おま、おまえ、お前は何者じゃ!」
ハルモニアは、かなり動揺を見せてはいたが、かなり気が強いらしく、劣勢とはいえ、漸く誰何の声をかけた。
男は、にこやかに静かに語り出した。
「出来る限り穏やかに話し合いで済ませたかったのですが、いきなり大陸破壊クラスの攻撃受けたので、さすがにスルーは出来ませんでした。おかげで、話し合いのテーブルにお互いつけそうですね。」
「は、はな、話し合いじゃと?」
男は、ハルモニアの座る管理人席の前にマホガニーのテーブルと、管理人が座っている椅子に似たものを現出させると席に「失礼。」と、一言かけて腰かけた。
「まずは、自己紹介から。私は、つい、最近神の末席に就いたばかりのコウジと申します。」
恭しくお辞儀をするコウジ。
「………。」
ハルモニアは、女神として、数十万年この世界を管理してきた。
女神の数十万年は、人間の感覚で数十年。
それだけ、長く神として管理人をやっていて、ポッと出の新神に指先で軽くあしらわれたことに戦慄する。
「ホントは、くそ長い名前あるんだけど、面倒なんで省きますよ。」
「ど、何処から来た!名前なんかより、お前は何者だ!」
「いやあ、初めてのお使いなんで、未だに要領得てなくて失礼しました。」
コウジは、照れ隠しなのかニコニコしながら、顔を赤らめ頭をかいてみせる。
「私は、簡単に言えば、貴女の管理する世界に拐われた人々の育成管理者の上からの命令で回収取り立てを委託されたものです。」
「??…。!!!」
ハルモニアは、はじめ何を言っているか分からなかった。しかし、異世界から、拐われた人々に思いを巡らすとあれしかない。思わずハルモニアは目を見開いた。
「おっ!どうやらなんのことか思い至りましたね。」
にこやかにマホガニーのテーブルの上に組んだ手の更に上にアゴを乗せていたコウジは笑顔でこう言った。
「それじゃ、拐った日本人全員返してくださいね。」
ハルモニアは、目の前の男コウジが日本人の管理者の関係者だと気づいた時に絶望した。
せっかく何十万年かけた築きあげたこの世界が壊れてしまうということを。
「ち、ちょっ、ちょっと待って!い、いきなり何言い出すの?に、日本人なんか知るわけないでしょ!」
ハルモニアは、しらばっくれてしまうことに決めてしまった。
「おや?お話し合いではなく、力づくがお好みですか?大変残念です。」
コウジという男は、瞬時にマホガニーのテーブルと腰かけていた椅子を消し去り、ハルモニアにズイっと一歩踏み込んだ。
ハルモニアは、動揺を隠せない。目の前の男からしたら、力だとミジンコと象ぐらい、ゾウリムシと鯨程の力量の差を感じていた。とにかく、力じゃ無理だ、とにかく交渉!話し合いで勝ちを拾わなくてはならない。
「まっ!待って!待ってくれ!はなし、話し合いを望む!」
ハルモニアは、手を前に出してジタバタと振りだした。
再び、コウジは、マホガニーのテーブルと椅子を現出させて腰かけた。
「話し合い。というか、交渉には、応じません。」
いきなり、バッサリとコウジはハルモニアの要求を切って捨てた。
「えっ?」
ハルモニアは、硬直した。
「最初は、話し合いも考えていましたが、その考えは、貴女がしらばっくれたことで無くなりました。」
「!!」
「私が管理者の更にその上から委託されたことを甘く見てましたね。管理者の更に上から委託を受けたということは、管理者レベルの権限内の全てが無制限に閲覧可能ってことなんですよ。ここに来るまで、勿論初めてのこともあり、徹底的に調べ上げてきました。」
ハルモニアは、全く身動きできず固まっている。
口をパクパクさせるのがやっとのようだ。
「私の一次上司の太陽の最高神の女神様は、手塩にかけて育んだ愛しい子供らを何万何十万も手元から奪われ続け悲嘆に暮れておられました。なかなか手を打てず嘆いている姿をさらに二次上司の大神様にやっと気づいて頂き、そのお導きにより、私が神上がりし、お役目として、承ったのがこの日本人奪還計画なのです。」
「や、やめ、止めて!」
ハルモニアは、漸く事態を完全に飲み込んだ。
これは、同輩レベルの神とか、個性あるエネルギー神や精霊神でもなく、大神の直接息の掛かった大神の執行官に相当する存在だと。
だから、世界の管理者レベルか全く太刀打ちできようはずがないことを。
「およそ1600年以上前から、ちょくちょく日本人を拐っている証が次元記録に残ってました。」
「!!」
ハルモニアは女神として、管理者としてかつて経験したこと無いぐらい追い詰められていた。
もはや、言葉も発せない程に。
コウジは、にこやかな表情は崩さず、ハルモニアから視線を外すことなく淡々とした口調でつづける。
「管理人の女神様?お名前まだ聞いてませんでしたね。今さらですがお名前をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「…。は、はる、ハルモニアよ。」
「ハルモニア様。お互い腹割って話しましょう。」
「…。」
「ま、良いでしょう。」
咄嗟にハルモニアは口をつぐんだ。その様子を見てコウジは、ハルモニアが様子見を決め込んだのを悟った。
「これは、大神様からのご指示でもあります。灰は灰に。土は土に。在るべきところに在るべきものを。」
コウジは続ける。
瞬時に、ハルモニアの座る席の後ろに立ち耳の側に口を寄せて囁く。
「大神様がお好きなのは素直さと誠実さだそうです。」
ゆっくりとした歩みでハルモニアの対面の席に戻り、腰かけたあとハルモニアの目を見ながら
「そしてお嫌いなのは、傲慢と虚偽虚飾だとか。」
「…。」
「黙り込みをお決めなら、最後まで私の話をよく聞いてください。それぐらいはいいでしょ?」
ハルモニアは、軽く頷き話を聞くことにする。