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結果と仮説

 父親からもうだいぶ咲いていたとの情報をもらい、サクラは昨日とは違う場所に花を採取しにきていた。


 太陽の下で明るく咲く黄色の菜の花とは違い、日陰で咲く白い花、ドクハキソウ。名前まで日陰が似合う響きだが、毒草ではなくむしろその逆、有名な薬草である。前世で言うところのドクダミ、あちらも毒に効くという意味の名前らしいが、こちらでの名前の方がよりわかりやすい。


 毒に効くとは言っても毒素的な毒であり、毒物を盛られたときに飲んだところで解毒はされない。それは残念ながらこの世界でもそうらしく、薬草図鑑では飲ませても毒は吐かせられませんと一言最後に書かれていた。


 子どもへのプレゼントだったからか絵の多いその図鑑をサクラは十分楽しんで読み込んだが、年々もうちょっと踏み込んで知りたいと思うことが増えた。前世では結局買うだけ買ってほぼ放置されたまま終わった分厚い資料もいくつかあったのだが、そういう本から必死に課題で聞かれていることを探して授業でもらった資料を見返し、そして結局ネットに頼ってレポートを書いていた苦しい時間が今となっては幸せだった思い出……なんてことはやっぱり全然ないのだが、あの本とネットはすごく欲しい。


 ネットは諦めるしかないが、都会の大きな図書館には夢が膨らむ。


 加工方法も色々調べたいなと思いながら、全草を二本ほど、そしてそれとは別に花だけをカゴに摘んでいく。


「サクラ!」


 呼びかける声に花から顔を上げそちらを見る。


 アズールの姿に、用があるなら弟を呼びに来させればいいのにと思ったところで駆け寄ってこられてぎょっとした。


 そのサクラの表情にアズールもあっという顔をした。


「……全然痛くないもんだから思わず」

「全然痛くないはずないでしょ」

「いやホントに痛くないんだって。てか治った?」

「一日で治るわけないじゃない。痛みが引いてもしばらくは安静にしてないと」

「でもほら、腫れも引いたし」


 ズボンの裾を上げて、足首を見せるようにして言う。


 屈んで見ようとしたサクラに、アズールはカゴを取る。


「昨日も花摘んでなかったか?」


 少し呆れまじりのそんな言葉はサクラの耳には届かなかった。


 足首に指が触れて、アズールはサクラを見下ろす。髪に隠れてその表情は見えなかった。


「……痛くない?」


 足首を手で押される。


「全然」


「走ってみてどうだった?」

「何も。いつも通り」


 サクラは、表情が青ざめるのを感じた。


 少しの間、思考が止まった。


「サクラ?」


 これでは本当に、治癒魔法だ。


 少し評判のいい医者になどはなれるはずもない。欲する人間がたくさん現れることが簡単に予想できる能力だ。しかしまだよくわかっていないのに、自分がどう在ればいいのかサクラはまったくわからなかった。


「サクラ、どうした?」


 ハッとして、サクラはまだ腫れていなければおかしい足首から手を放すと、アズールからカゴを取って、視線をさまよわせる。


「……アズール、このこと、他の人には言わないで」


 そう言ったら、怪訝な顔をされる。


「薬がよく効いたってことだろ? なんで隠すんだよ」

「アズールだけ、お金もらわないで治療したって言ったら、他の人はやっぱり、あんまりよく思わないかなって。自分にもただで薬くれって言われたら困るでしょ?」

「あー、まあ、確かにそうかも。今回は新しい薬試すのに付き合っただけで別に次からは俺も普通にお金払うけど」

「私の大事な収入なくなっちゃったら困るから絶対に黙っててね」


 いつも通りの雰囲気で、冗談を言うように笑ってそう言う。


「じゃあそれもっと採った方がいいんじゃないのか? ドクハキソウのお茶去年すごい評判よかったからたくさん作っても売れるだろ」


 自分はあまり美味しいとは思わなかったが親は喜んで飲んでいたのを思い出して、アズールは言う。


「薬草はだいたい花の最盛期に採取するのが一番いいから、また採りに来るよ。花は開花の前日に採るのがいいって書いてる本があったから、今日は花を採りに来たの」


 前日と言われてもそれを見分けられるほどには詳しくはないので、サクラは今にも開きそうな蕾や開ききっていない花を選んで採った。花、と言ってもドクハキソウの花は真ん中の黄色い部分で、花弁に見える白いのは厳密には花ではないが。


「花はどうやって薬にするんだ?」


 一緒に家に帰る道中、そんなことを聞かれる。難しい話を覚える気はないが軽く聞く分には話としては面白いらしい。


「お酒に浸けるだけだよ。昨日の菜の花は半分浸けて半分干したの。今日は全部浸けようと思ってる。これがいつもの虫刺されの薬だよ?」

「……マジ?」

「渡すときは花を抜いてるから気付かなかったんだね」


「今年もよろしくお願いします」


 カゴの中の花に手を合わせているアズールにサクラは笑う。


「いい収入になってます」


「夏はあれがないともう無理だな」

「このくらい簡単に作れるのにみんなお金払って買うのもったいなくない?」

「やっぱなんかコツとかあるんじゃね? お茶もサクラの作ったやつはすごいよく効くってみんな言うし」

「思い込みじゃない?」

「それは、あるかも?」


 今までは心からそう思っていた。


 しかし今、いつも通りのその言葉を返した後、サクラはふと薬草茶や薬酒は魔力を体内に入れてロキ曰く内側から力が発揮されている状態になっていた……だから思い込みでも勘違いでもなく、本当に他の人の作るそれらより自分の作ったものの方が効果は高ったのでは。そんな仮説が頭に浮かんだ。治癒魔法ほどの効果は出なかったのは残留魔力があまりにも少なかったからかあくまでお茶の効果が高まっただけだったからか。


 それが正解なら、いっそ医者になどならずそういうもので商売をしていた方が平和かもしれない。前世で言うところの健康食品。需要はありそうだ。


 治癒魔法なんて、存在しない方がいい気がしてならない。治癒魔法のために争いが起きるのは笑えない話だが、争いの種になる可能性は十分あり得るだろう。


 それこそロキだけの特別だったなら。今はもう、王子だけの特別だった方がよほど平穏だった気がしてならない。


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