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治癒魔法の検証

 ロキを見送った後家に帰って朝食を食べていたサクラは、来客を知らせるノックに患者だろうかとすぐに椅子を立つ。患者だろうかというその思考に、もうとっくに医者のようなものだったかもしれないと苦笑をこぼす。


「アズール? また怪我したの?」


 いつもとどこか様子が違って、言葉はどこか問いかけるようになった。


「いや、そうじゃなくて……」

「コルトまだ痛いって? 薬塗ったところ赤くなってきちゃった?」

「痒いとは言ってた」

「それはたぶん大丈夫かな。火傷したところだけだよね? 赤い点々出てきたとかじゃないよね? 痒くてもかいちゃ駄目だよって言っておいて」

「おう。ってコルトのことじゃなくて」

「他の人?」


 緊迫性は感じられず、サクラも自然とのんびりとした聞き方になった。


「変な人と一緒だったって聞いたから」

「変な人? ああ、トール?」


 あのときは結局使わなかったが、偽名を考えておいてよかったなと今サラッと名前を出せてサクラは思った。名前も言えない人になってしまっていたら本当に変な人になってしまう。


「旅の人で手当ての礼に手伝ってくれてるって言ってたんだけどな。フードで顔隠してたのも顔に火傷の痕が」

「得体の知れないやつには変わりないだろうが! 今は親いないんだろ。もっと注意しろよ。まさか家に泊めたんじゃないだろうな」


 大きな声で怒られて、サクラは目を丸くする。その反応にアズールは少しバツが悪いというように目を逸らした。


「トールならもう村を出たよ。何もなかったから。心配してくれてありがとう」


 得体が知れないどころかどこの誰かははっきりわかっていたのだが、王子だからかそれとも“何か”があってヘルシリアに逃げてきたという状況でか、何かがあるなんて微塵も、思い浮かぶことすらなかったことにサクラは内心でちょっと笑う。男の人と二人きりの状況で平気で寝ていたことになるのかと今更思った。その上一緒に旅にと誘われたときも一切そんなことは考えなかった。でも今も旅に出たい気持ちは少しも翳っていなかった。あの人にそんな心配いらないだろうと楽観的にそう思ってしまう。王子相手にそんな心配してもむしろ笑われる?と思ったりもする。


「なんだ……もう行ったのか」

「無理に理由作って留まってたと思ってたの? 本当に手当てのお礼に手伝ってくれてただけだよ。変な人じゃなかったから」

「……ならいいけど、ちゃんと用心しろよ」

「わざわざ様子見に来てくれてありがとう。じゃあ私朝ご飯食べてる途中だから」

「ああ、悪かったなこんな朝早く」


「あ、アズール」


 一度ドアを閉めかけてから再び開けて呼び止めると、アズールは帰りかけていたのを振り返る。


「魔法興味ない? もしよかったら本貸すけど」

「興味ねぇよ。俺らがどれだけ頑張ったところでどうせたいしたことできるようにはならないだろ。お前がその証明だ」


 暗に無駄なことをしていると言われる。


「私は満足してるけど。そっか、そうだよね……ごめん、変なこと言った、忘れて」


 魔力が平均より多いらしいから一応言ってみただけで、一緒に勉強する仲間が欲しかったわけでもせっかくなのだからもったいないと思っているわけでもない。


「俺たちは魔導士や薬師にはなれないんだよ」

「……そうだね。魔法使いや医者にはなれても、魔導士や薬師になるのは難しいね」


 魔導士も国に認められた者しか名乗ることは許されない肩書だ。


「……趣味だろ? なりたいわけじゃないよな?」

「え、うん、魔導士になりたいと思ったことは一度もないけど」

「そっちもだけど、それより……」


「あ、そうだ、今度何かあったら無料で診るから薬試させてくれない?」

「それは別にいいけど。てか今までの薬もお前の手作りだろ。それで金取ってたのに急になんだよ」

「ちょっと試してみたいことがあるの。あ、心配しないで、適当に薬配合して変なの使いたいってわけじゃないから」

「……趣味が混ざって魔女みたいにはならないでくれよ」

「どんな心配よ!」



***



 菜の花は菜の花だなー……と満開の時期を少し過ぎた黄色の花を採取しながら思ったサクラは、あれ以来前世のことをよく考えてしまうことに、何度目かわからない気を付けようという言葉を心の中で呟く。


 前世に引きずられているわけでも思い出して寂しく思っているわけでもないが、単純にうっかりこぼしてしまいそうなのだ。誰かに話してみようかと思ったりもしたが、親は信じられる信じられない以前に躊躇してしまい、もっと軽く話せる相手はいないかと探してみたが突然言いだしても頭がおかしくなったと思われる以外を想像できなかった。そのときに特別親しい友達などもいないことに気付いて、そっちに悲しくなったが、植物採取に製薬に魔法や薬学の勉強とそんなことばかりしていれば当然とも言えると自分で納得してしまった。


 深刻な話をしたいわけではなく、普通にただ……菜の花は前世でも菜の花だったな、でも総称ではなく個別の名前は異なっているな……と、そうこぼして……へーそうなんだ……程度の相槌が返ってくる、そういう相手を求めているだけなのだが、それは難しそうだ。しかしロキとの居心地のいいやり取りを一度知ってしまった今、もう奥深くにしまっていたあの頃には戻れそうにない。


 あの旅の話は本気だろうか。


 毎日のように考えてしまうそれを今日も考えながら家に帰れば、アズールがクモマメをむいていてサクラは目をパチパチとさせる。


「おかえり」


「……ただいま。どうしたの?」


 それはアズールにというより母親に聞いた。


「アズール君捻挫しちゃったんだって」

「それも、まあ、そうなんだけど」

「サクラ待ってる間手伝ってくれるって言うから」


 そんなやり取りをしている間もアズールは豆をむき続けてくれている。


「……お疲れさまです」


「いえいえ」


「すぐ用意するね」

「悪いな」


「お母さん白湯作っておいて」


「はーい」


 菜の花を摘んできたカゴをテーブルに置いて、手を洗ってから自分の部屋に行く。


 そういえばあの世界では空豆でこの世界では雲豆という名前というのは面白いなとそんなことを思ってちょっと笑った。あのときは咄嗟に面白い話が全然浮かばなかったが、前世の話を色々聞きたいと言っていたので一つストックしておく。


 道具を一式持って戻り、それをテーブルに置くと、アズールは作業の手を止めてサクラの方を向いて座り直す。


「どうしたの?」

「……ハルカ採ろうとして木から落ちた」


 アズールは気まずげに顔を逸らして答える。


「それは、ご苦労さまです」


 イタズラ半分で勝手に取ろうとしてではなく親にでも頼まれて収穫しようとしてだろうと経緯を察して、サクラはそう言うと腫れた足首を見る。


 ハルカは前世での甘夏のような果物だが、柑橘類は相当な専門家でもなければどれがどれだかわからないのでサクラもはっきりあれだろうと言えるものはない。ハルミという柑橘があったのは知っているので、もしかしたらハルカもあったのかもしれないが、あるのかないのか、あるのならそれと同じなのか違うのか、サクラに確かめる術はないので、甘夏のような果物という認識で終着した。そういえば総称としての柑橘類はこちらの世界でも柑橘類だ。


「それなんの薬? 直接塗らねぇの?」


 患部に塗らずに布に塗っているサクラに、アズールはそんな疑問を出す。


「これは炎症を治す薬。傷口がどこにあるって怪我でもないでしょう? だから布で腫れているところ全体覆うの」

「へー」

「ちょっと冷たいよ」


 そう言ってから貼ったが、アズールは冷たいのが触れたことに少しビクッとした。


「なんか冷たいのが気持ちいいかも」


「剥がれてこないように包帯巻いておくね」

「……包帯巻くと重症感出るな」

「二、三日は我慢してください。お風呂も入らない方がいいかな」

「二、三日?」

「痛みが治まったらぬるま湯ならいいよ。長湯はしないでね」

「これもしかして二、三日安静にしといた方がいいやつ?」

「もうしばらく安静にしておいた方がいいと思うよ」

「……えぇ」


「今やったの自分でできる? 明日の朝貼り直してほしいんだけど、家行こうか?」

「いやいい、いい。自分でできる」

「そう? じゃあ用意するからちょっと待ってね。あ、それと」


 母親が作ってくれた白湯をコップに注いで、薬包紙代わりの紙で包んだ粉薬と一緒にアズールに渡す。


 前世でサクラが生きていた時代、粉薬なんてものは分包機で簡単に袋詰めされていたし紙で包むなんてことはまずなかったが、停電して機械が止まったときやそれこそ震災などでどうしようもなくなったときのためということで薬包紙での分包の仕方も一応学んだ。五年生で病院や薬局に実務実習に行くために通らなくてはいけない試験で出されるかもしれない課題の中にもあるので、四年生時散々折っているため六年制になって以降の薬剤師は全員これができる。必要性を考え課題に入れた薬剤師の人たちにサクラは心から感謝の思いだ。まさかその人たちもこんな可能性は考えてはいなかっただろうが、おかげでサクラは分包機なんて存在しない場所でも粉薬をこぼさず小分けして包むことができる。


「……これもしかして飲むの?」

「試しにまず私が飲んであるから大丈夫よ」

「いや毒とか失敗してるとかそういう心配はしてねぇよ……絶対不味いだろこれ」


 紙を広げて、予想通りの見た目の粉末にアズールは顔をしかめる。


「りょ……」


 良薬は口に苦しって言うでしょ、と言いかけて、サクラは寸前で飲み込む。頭の中で想像のロキにだからこぼすぞと言っただろと言われた。


「……?」


「それは痛み止めの薬」


 不思議そうな顔をしたアズールに無理やりサクラは流す。


 あまり渋ってもかっこ悪いと一思いに白湯で一気に流し込んだアズールは、思っていたより変な味はきつくなかったという顔をした。


「はい、薬」


 袋に布と包帯も入れて注意事項を書いた紙と一緒に渡す。


「あ、おう、ありがとう。ホントにお金いいのか?」

「うん。今までずっと外用薬だけだったんだけど内服薬も始めたの」

「試してみたいってそれ? 別に金取ればいいのに」

「ちょっと独自のやり方も試してみたから」

「ふーん、お前やっぱすげぇんだな。なんか気付いたら全然痛くなくなってたわ。さっきまでずっとズキズキしてたのに」


 驚き半分感心半分といった様子で、足を前後に振って全然痛くないと言うアズールに、プラシーボ効果だろうかと、サクラは今度はちゃんと心の中でだけで思う。


「だからって普通に歩いたりしちゃ駄目だからね」


「なあこれ炎症治す内服薬はねぇの? なんか体の中からの方が治りそうだけど」

「あるけど……そういうわけでもないんだけど」

「どうせなら試せば?」

「……じゃあ」


 魔力を込めて薬を作ったというだけで薬自体をいじくったわけではないので正直悪影響は考えておらず手を出されるままにサクラは薬を渡す。


 石のような特別なものはわからないが、魔法の影響を受けたものには魔力が残留することがあるがそれを体内に入れたところで害はない……とサクラは本で読んだ。だから敢えて残留させて薬を作った。ロキいわくの治癒魔法が、どういったものかの検証の一環で。ちなみに本の挿絵では魔法でかき混ぜたコーヒーを飲んでいた。


「どうだったかまた報告するわ。それじゃあ、ありがと」


 テーブルに手をついて立ち上がると、片足を庇いながら家を出る。


「家まで肩貸そうか?」


 そう言ったら、アズールは少し考える。


「じゃあ手ぇ貸して」


 そう言われたので手を差し出して、それから荷物も預かる。


「そういえばあの菜の花もう時期過ぎてね?」

「あれは食用じゃなくて薬用」

「種じゃなかったっけ?」

「花もあるらしい」

「なんでも薬だな」


 菜の花の一種、カラシナの種子といえば、辛子の原料だが、芥子という生薬でもある。それはサクラも知っていたが、最近読んだ本に花のことも書いてあったので、今年は花も採取することにした。


「教えようか?」

「……いや」


 興味がない半分、難しいに決まってるだろうから半分というのを、表には二対八くらいで出して断る。


「簡単なのだよ。私も村でおばあちゃんたちから聞いたような知識。軽い切り傷や火傷や熱のときの対処法とか」

「お前がいるんだから別にいいよ」


「……私がいなくなったら困るじゃない」


「いなくなることなんてないだろ」


 それは推測ではなく肯定を求めるように言われた。


 サクラは言葉に困って結局そこで会話が止まったまま家まで送って帰る。


 もしロキが来なくても、もういつかはこの世界を色々見て回りたいという思いは強くなっていた。


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