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従者

「医者になる気には、本当になったんだな」


 洞窟までの山道を歩いていたとき、ふとロキがそんなことを言った。


「郷に入っては郷に従えと言いますしねと思って」

「それも一石二鳥フェイクだな」

「……本当に一石二鳥だけだった」

「どういう意味だ?」

「その土地土地でやり方や習慣とかって違ってくるじゃないですか。だからその土地でのやり方に合わせるべきだって意味です」

「なるほど」

「前世の薬剤師に見られたらあれもこれも全部あり得ないとか言われそうですが、そういうこと考え始めると何もできないですからね」

「異なる世界で考えるだけ無駄だ」

「ですね」


「しかし銀貨二枚は安すぎないか?」

「正直三枚にしたかったです」

「……変わってない」

「ままごとの延長なんですよ」

「お前この村を出るべきだ。一生小遣い価格で治療させられるぞ」

「……簡単な話じゃないですよ」

「お前もめんどくさいな。アマルテアに来ればいいだろ。親も一緒でいい」


 初対面のときのサクラのようにロキは言うと、そう続ける。


「だからそんな簡単な話じゃありませんよ」

「だから」


 不自然に言葉を止めたロキにサクラは不思議そうな顔でロキを見て、その手が腰の剣に伸びたのを見て表情に困惑が浮かぶ。腕を引かれ背に隠されるが、おとなしくされるがままになれば、なぜかロキは険しい表情が怪訝なものに変わった。


「……カイ?」


 木の後ろから人が出てきて、思った以上に近い距離だったことに驚いてサクラは思わずロキの腕を掴むが、ロキはホッとしたように柄から手を放した。


「ロキ様、ご無事で」


 ロキ以上にホッとした顔で、跪いて頭を垂れたその姿に、サクラもその人がどういう立場の人かわかる。


「従者」


 振り返って一言そう説明され、サクラがロキの背から顔を出してその人を見ると、ちょうど向こうも見ていて目が合った。


「敵には見えませんでしたがどのような立場の人かわからなかったので、少々警戒を……申し訳ありません。ロキ様が庇われたので敵ではないと」

「ああ、俺もそれで空気が緩んだから。彼女はこの山で倒れていたところを助けてくれた」

「ただの村娘です」


 そう言ったらおでこをコツンとされる。


「思ったんだがそこをあまりにも断言するやつは逆に、ということでは?」

「え、すごく素直にそう言っていたのに」

「親切で言ってやるが最初の俺と同じくらいめんどくさいぞ」

「そこ素直に認めるんですか」

「王子だろうと村娘だろうと固執はめんどくさいということだな」

「でもこの場合はただの村娘としか」

「医者だ」

「王子様!?」


 親し気なやり取りでまず、そして医者という紹介にも、更にはそう紹介された少女がベシッと王子の腕を叩いたところでもうカイはこれ以上ないくらいに目をまん丸くさせた。


「……医者が患者を叩くなんて」


 ロキは傷が痛むというようなジェスチャーをする。


「いつそんな場所怪我されたんですか」


 サクラは冷めた視線を送る。


「俺の優秀なお医者様のおかげで体調は万全だ」

「誰があなたのですか」

「俺以外には並の医者だろう」

「並で結構」


「カイ、お前は?」

「あ、私は……ロキ様に庇っていただいたので」


 よく今ので体調を聞いているとわかったなとサクラはこの主従に感心する。


「王子様すごくいい主様ですね。私の中の王族の印象が崩れていきます」

「それはどうなのだろうな。自分が無事で従者の身も守れているのならそれはいい主なのだろうが、従者を守って自分が怪我をしていては王族としては失格だろう」

「でもそういう王子様だから、ヘルシリアまでこんなに急いで探しにきてくれたのでは?」

「それに関してはこいつは俺よりバカだ。国境で待つべきなのは明白だろうに」


「何をおっしゃっているんですか!? ティル様に命を狙われているんですよ!」


「「…………」」


 咄嗟にサクラの耳を手で塞いだロキは気まずげななんとも言えないような顔でサクラを見る。サクラも同じような顔でロキを見上げた。


「……すまない、間に合わなかった」

「ちなみに今の言葉も聞こえているので間に合っていても間に合わなかったです」

「……俺はそういう器用な魔法は使えないんだ」


 耳を手で抑えただけでは普通に聞こえるままだと言ったサクラに、手を放して、音を遮るような魔法は使えないと微妙な表情で言う。


「……すみません、空気を読み間違えました」


 どうでもいいような会話を続けていたところからそういう話はするなというのを察せず、親しげだったので事情も話しているのかと思ってしまった。


「お前は反省が重たい。自決しそうな顔をするな」


「色々お二人で話もあるかと思いますし、私は家に帰りますね」


 自分で耳を塞いで、サクラはそう言う。


「……それはつまり聞こえないようにという配慮ではなく話すなというジェスチャーだな?」


「出発は明日の朝ですか?」

「さっさと出ていけと」

「守ってくださる従者の方もいますし、この村にまだ何か?」

「この村に用はないがお前に」


「従者の方がとても困った顔をしていますよ」

「お前は困った顔をしていないから大丈夫だ」

「……それはまあ、そういう困った顔はしませんけど」

「俺は自分にだけ都合のいい話をしているとは思っていないんだがな」

「ロキ様が王子様でなければもう少し考えたんですけどね」


 頭を下げて、サクラは来た道を戻る。ロキは引き留めなかった。


「よろしいのですか?」

「お前がそれを聞くのか」


 サクラの姿が見えなくなってから、ロキは洞窟の方に歩き始める。カイは一度サクラが行った方を見た後、ロキの隣に並ぶ。


「そういう理由ではないのでしょう? お二人の先ほどのやり取りはそう受け取りましたが」

「……昨日会ったんだぞ、お前は自分の主のことを隣国の村娘に一目惚れして国に連れて帰りたいと言いだすほど愚かな王子だと思っていたのか。それは申し訳なかったな、さぞかし今までそんな者に仕えることに鬱憤が溜まっていたことだろう」

「……ご冗談を。しかし助けられれば情は湧くものでは?」

「そうだな、単純に助けられた恩以外でもどうでもいい人間だとは思っていない」

「それは、彼女への用が理由ですか?」


ロキは少し考えて、フッと笑みをこぼす。


「さあ?」


「……は?」


「特別な理由がたくさんあってどれがあいつをどうでもよくない人間にさせたのかなんてわからない」

「……その特別な理由は教えていただけないんですか?」

「ところでカイ、俺しかいないのにいつまでそんな行儀のいい喋り方をしているんだ?」

「普段からずっとこうですよ!」

「そうか、おかしいな、では俺の記憶の中にある口の悪いお前はなんなのだろう」

「……なんだか雰囲気が変わられましたね。先ほども、冗談をおっしゃられていた」

「お前たちには悪いが、何にも縛られない自由な時間を楽しんでいたのかもしれない。帰るまでには戻す」

「戻されなくても……」


「明日の朝出発する。魔力がほとんどないからお前が守ってくれよ」

「それはもちろん。しかしいいのですか? 残れる理由はあるのだから、もう数日」


 自分が来なければ魔力が戻るまでここにいるつもりだったのだろうとそう言う。


「出ていけと言われてしまっては仕方ない。それにお前がいるのだから残る理由はないだろう」

「医者なのでしょう? 怪我が治るまで」

「もう治った。いや、治してもらったと言うべきか」


 それには驚くのではなく怪訝な顔をされる。


「たいしたことはないとおっしゃられてはいましたが」

「そういうことではなく、もう傷痕すら残さず綺麗に治してもらった」

「……まさか」

「それがあいつを国に連れて帰りたい理由だ」


 カイはまだ話をちゃんと理解できていないという顔をする。


「そんなことが可能な者がただの村娘などしていられるはずがないと思いますが」

「自分でも驚いていたよ。どうやら俺だけ治せるらしい」

「……妖精の血は本当だったということでしょうか」

「……お前たちはすぐ妖精の血を理由にしたがるな。俺の方に理由があるなら今までに効果が出ているはずだろう」

「本当に彼女の力で治ったなら、国に、王宮に連れて帰るべきです」

「だからそう言ってる」

「なぜ引き留めなかったのですか!?」

「さらえと?」

「説得してください!」

「数日時間があるはずだったんだが、お前が来た」

「…………」

「だからお前はいちいちそんな重い顔をするな」


「今から片足折りますので治るまでの間に説得してください」


 本気の顔をしていてロキはさすがにちょっと引く。


「……どれだけこの村に滞在する気だ。さすがに国境で待ってる他のやつらが心配してヘルシリアまで来るぞ」


「他にも治せる者がいるのか、治せた唯一がたまたまあなただっただけなのか、そんなことはどうでもいい。あの方がいればロキ様の怪我は一晩で傷一つなく治るということでしょう?」

「そうだな」

「その価値はどれほどか!? 相当な好待遇で」

「王子でなければ考えたと言った人間が、そんなもので首を縦に振るか?」

「……それは」

「お前たちにとっては王子を治せる貴重な者、俺にとっては言うまでもなく、しかしあいつにとっては昨日会ったばかりの男を治せるだけの力だ。生涯治し続けてあげますと言ってやる義理もない。領主の息子ならまだいい仕事が見つかったとも思えるが、隣国の王宮が職場などと言われては断りもするだろ」

「ご自分で言って難しいなと納得しないでくださいよ」

「自分で言って納得してしまった」

「では、諦めるのですか?」

「そう簡単に諦められるわけがないだろう」


 はっきり言ったロキに、カイは笑う。


「これ以上私は口を出さないことにします。しかしロキ様、頑張ってくださいよ。我々の方が願っていますからね。頑張って口説き落としてくださいよ」

「……それは本当に口を出していないのか?」

「ロキ様のその綺麗なお顔はなんのためにあるのですか」

「医者を口説くためではないことだけは確かだ。お前今まで散々めんどくさいと言っていただろうが」

「今までの苦労はすべて水に流します」

「……なんだか納得いかないな」


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