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相性

「……憧れたのは魔導士じゃなくて魔女か?」


 渡された飾りも模様もない黒一色のマントに、ロキはそんなことを言う。


「それプレゼントしてもらったときに私も父に似たようなこと言いました」

「応援されていたのか?」

「いえ、ただのごっこ遊びの延長ですよ。なれるはずありませんし、言ったように私小さな魔法で十分楽しんでいるので。本を買ってくれたりしたのはすごく感謝していますが、どうにも父が変に喜んでしまって」

「まあただの村娘で魔法を使える者なんて滅多にいないだろうしな。親が自慢したくなるような気持ちになるのもわかる」

「……自慢されても恥ずかしくなるくらいの魔法しか使えないんですが」


 何度も往復するのは大変なので山の入り口のところまで一緒に降りてロキはそこに待機し、サクラが一人で家に戻ってマントを持ってきたのだが、話し声が近付いてきてサクラは慌てて早く着るように促す。


「剣見えないか?」

「大丈夫です」


 マントにちゃんと腰に下げた剣が隠れているのを確認して、フードを深く被る。


「そういえば肩の傷治った」

「……そうですか」

「反応薄いな」

「そんなついでのように言われても反応しづらいです」


 目線が下のサクラの方を見ていたロキの顔が上がってサクラの後ろを見たのでサクラはそれに釣られるように振り返る。


「サクラちゃん今日も薬草探しか?」

「言ってくれたらうちのやつ手伝いに行かせるのに」


 親と同世代の村の男性二人にそう声をかけられてサクラは自然と何かを誤魔化すような笑顔で対応する。


「いえ、そんな、ただの趣味なので」

「何言ってんだ、村中助かってるよ」

「ん? 後ろのは誰だ? 雨でもねぇのにフードまで被って」

「あ、この人は……」


「旅の者です。怪我をして彼女の世話になったのですが、礼になるようなものを何も持っていなかったので、しばらく彼女の手伝いをと思いまして。顔に火傷の痕があってあまり見られたくないもので、このような恰好で失礼します」


 そんな嘘を並べ立てるロキに、サクラはそうなんですというふうに笑顔を作る。


「それは大変だったな」

「でもあんたラッキーだよ、普通こんな小さな村に医者なんていないからな」

「そうだこの村を通ったのはラッキーだよ」

「サクラちゃんの薬はよく効くからなー、顔の火傷の痕も治っちまうかもしれないぞ?」


「ええ、本当に。しかしこの痕まで治してもらってしまっては数日の手伝いではなく一生をかけて礼をしなくてはいけなくなってしまいますから、やめておきます」


 そんなジョークに二人は笑っているが、サクラは笑顔が少し引き攣った。


「火傷って言やあ、息子が朝騒いでたな。サクラちゃんに診てもらうって言って母親にそのくらいで行ったら笑われるって言われてブーブー言ってたよ」

「アズールですか?」


 息子は二人いるが、サクラはよく診てもらいにくる方の名前を出す。


「いや末の方だよ。せっかく会ったんだし診にきてやってくれないか」

「いいですよ。今から行きますか?」

「ああ」


 もう一人の男性とはそこで別れ、少し距離を取ってから二人で後をついていく。

 

「王子様がどういう人か全然わからないです」


 小声でそう言ったらロキはちらっと向いたがフードに隠れて表情はわからなかった。


「俺もお前がわからないが」

「そうですか?」

「初対面の壁と込み入った話をした仲という両極端が印象をぐちゃぐちゃさせるんじゃないのか」

「なるほど、そう言われるとそうかもしれません」


「どういう人間だと思っていてそれが崩れたんだ」

「もっと融通の利かない人かと」

「……ああ」

「あとプライドが高そうだと思ってました。これは王子様への固定観念からかもしれませんが」

「高い方じゃないか?」

「全体の平均だとそうかもしれないですけど」

「確かに王族の中ではそうでもないかもしれない」


「会ってから一日も経ってないんだから当然といえば当然ですね」

「そうだったな。ずいぶん濃い時間を過ごした気がするが」

「私もそんな感覚です」


「そういえば、何か適当な偽名をつけてくれないか」

「あ、王子様と呼ぶわけにはいかないですしね」

「俺が考えるよりお前が考えた方が俺に関係ない名前が出てくるだろ」


「そうですねー……じゃあ、トールで」

「わかった」

「雷神です」

「……なるほど、そこに繋がりを見れるのはこの世界でお前だけだろうからな」

「トールはでもよくある名前ですよね?」

「ああ」


 偽名なんてものは平凡な名前の方がいいに決まっている。サクラもそこはちゃんと意識した。


 村の中を歩いていたときは特にきょろきょろとするようなこともなかったロキだったが、家に入ると興味深そうに室内を見渡す。


 サクラに笑顔で挨拶をしようとしてその後に入ってきたフードを被った長身に開きかけた口を閉じた母子は、父親から説明を受けて萎縮気味に会釈だけをした。それにロキも会釈を返す。

 そういえば前世では会釈は世界共通の文化ではなかった気がするけどこの世界ではこういうところは日本と変わらないな……とサクラは思わずそんな話をロキにしかけて、寸前で留まる。そのうちぽろぽろこぼすぞと言われたが確かにうっかりこぼしそうだ。


「サクラちゃんタイミングわるーい」


 赤くなっていた人差し指の先に薬を塗っていたら、なぜかそんなことを言われる。


「もう痛くない?」

「……そうじゃなくて」


 子どもに処置をすると、ロキに用意していた小さなケースに移し替えていた薬を母親に渡す。


「痛みが続くようでしたらお風呂に入った後にも塗ってあげてください。保管は直射日光の当たらない涼しい場所で、治ったとき余っていたらもう捨ててください」


 そう言ったら感激したような顔をされる。


「サクラちゃんもう本当にお医者さんみたいね」

「医者がいる街まで近くないから本当に有難いよ」


 それには苦笑を返す。


「銀貨二枚で」


「それに安い」


 笑顔で銀貨二枚を手に置いた父親にも苦笑をこぼす。


「それでは、これで」


「え、もう帰っちゃうの!?」

「他にもどこか痛いところあるの?」

「……そうじゃないけど」


 薬を出したときに下に置いていたリュックを取ろうとして、横からロキに先に取られて背負われ、サクラは驚いた顔でロキを見る。


「治療の礼に手伝うためにいると言っているのに持たせているのはおかしいだろ」

「それは、そうかもしれないですけど」


 王子に荷物を持たせるというのはなんだか少し恐ろしい気分になる。


 なんだか引き留められているような空気も感じたが、会釈をするともう一度礼を言われ手を振られたので家を出る。


「どうでしたか?」


 周りに人はいなかったがなんとなく小声になる。


「少なくとも子どもの火傷に変化はなかった」

「……それは当然そうですよ。言ったじゃないですか、ちょっと評判がよかった程度だって」

「俺の火傷の方が重かった気がする」

「そうですね」

「だが俺はすぐに治った」


「魔力はどうなんですか? 十段階で言うとどのくらいですか?」

「子どもは四、親はどちらも三、お前は五。三から五くらいまでが一番多いと思う。魔導士はだいたいが九か十だがたまに八程度の者もいたな」

「……やっぱり私は普通だった。ちなみに王子様は」

「十二」

「……十段階とは」


 突然振り返ったロキに、サクラも不思議そうに振り返る。


「あ、今家に入っていったのがアズールですよ」

「収穫はあったな」

「アズールがどうかしました?」

「あいつは七だ」

「え、魔力がですか?」


 もうアズールは中に入ってしまっているのにサクラはロキを見てもう一度家の方を見た。


「あいつの治療は?」

「何度か」

「他の村人と同じだった?」

「だったと、思います」


 山の方に向かうと、人影の見えないところで足を止める。


「一つ気になっていたことがあるんだが、俺は今も魔力が空だ」

「え、三日くらいでそれなりに溜まるって」

「朝、水桶の中の水を動かしてみた。魔法は使えた」


 サクラはホッとする。本当に何かあったのではないかと昨日の不安が蘇ったがやはりそんなことはなかったらしい。


「溜まったそばからまた使ってしまったら一向に溜まらないのでは……」

「治療に魔力が使われたのではないか?」

「……え」

「だからお前は昨日自分の治癒能力に気付かなった。俺はそのとき魔力がほとんどなかったから、手当てしたときすぐ傷が癒えるということはなかった。俺が起きるまでの数時間、小さな火を出す程度の魔力も溜まっていなかったのは、治療に魔力が使われてしまったからでは?」

「…………」

「しかし患者の魔力が使われるなら、村人の治癒速度に違いが出るはずだ。三と五の者では不自然に思うほどには差は出ないかもしれない。しかしアズールはおかしいと思うはずだ。親と自分では明らかに違うと」

「……じゃあ、その仮説は外れているのでは」


「一つ、仮説がある」


 ロキはペンダントを二つ出す。二つとも同じデザインの透明な石のシンプルなものだった。サクラはそれにハッとしてロキを見る。


「魔力が溜まる、石」


「稀に、魔力の相性がいい者がいる。俺は二組だけ知っている。一組は双子だったが一組は赤の他人だ」

「私たちが、そうだと?」

「自分の魔力が溜まった石は他人にとってはただのその者の瞳の色をしているだけの石だ。しかしその二組は、互いの石に溜まった魔力を使えた。身につけていても体の中に魔力が入ってくることはない。しかしその石の魔力を使って魔法を使うことは可能だった」


 渡されたペンダントを受け取るとそれはすぐにうっすらとピンクに色付いた。


「普段はお前の五程度の魔力が外側から働いているだけだから一律で村人は少し効果が高い程度の治療を受けている。俺に対しては俺の魔力に働きかけて内側から力が発揮されているからまるで治癒魔法かのごとく効果が出る。いや、もうこれは間違いなく治癒魔法だ」

「……つまり私は王子様にとっての特別でしかないと」

「もう少し喜べよ」

「そんな特別なんの役にも立たないじゃないですか」

「……俺の魔力が使えるということなんだから、他の者に対しての治療も俺ほどではなくてもその治癒魔法は使えるかもしれないじゃないか」

「王子様の魔力が溜まった石を一介の村娘にどうやって自由に使える権限が?」

「俺の薬師になってくれるならいくらでもやるが」

「……ちょっと評判のいい医者を目指すことにします」

「……なぜだ」


 石に魔力を込め、うっすら溜まったサクラのペンダントと交換する。魔法を使うことを促し、渋々火を灯したサクラの隣に、サクラの魔力で灯した火を並べる。


「おめでとう、アマルテア王家歴代でも指折りと称された俺の魔力をお前は使えることがわかった」

「……現状空っぽでは何も試せないんですが」


 弱々しく灯っていた火はすぐに消えた。石ももう透明だ。


「……王宮に帰ったらまた戻ってくる」

「いやいいです。私王子様の盾になって死ぬ人生なんて嫌ですから」

「誰が盾にすると言った!?」


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